⑤託すべき者
「そう………残念だわ」
フランカはグラスを机の上に静かに置くと、空いた窓へと向かった。
「さようなら、ロデリウス。もう会う事はないと思うわ」
窓枠に足を掛けた彼女の動きが一度止まる。
「これは独り言だけど………貴方に与えられる時間は半年らしいわ」
「ははは。それじゃぁ、退職金として大切に使わせてもらうよ」
ロデリウスが振り返ると、既に彼女の姿はなかった。
窓から入って来る風は、相変わらずカーテンを揺らし続けている。
「………ありがとうフランカ。そしてさようならだ」
ロデリウスは部屋を歩き、窓を静かに閉めた。
「残された時間は半年………もう一時たりとも無駄にはできない」
引き出しを開け、二重底の奥から再び本を取り出す。
そしてロデリウスは、自分の本に続きを書き写し始めた。
それはまだこの世界の知らない歴史、この世界とは異なる歴史。これから経験するであろう事件、社会問題。ロデリウスは友の残した異世界の本を何度も読み漁り、そこから見えてくる人としての不変の事象を、この世界に訳するように書き連ねた。
「いつか必ず、僕達が経験するであろう試練。知者が読めば、これは希望か恐怖の予言書となるだろう」
知をもつ者が読めば、いつしか起きる事象を防ぐ事も、利用する事も出来る。その者が、どちら側の存在か。それを今はかり知る術はないが、ロデリウスは未来に賭けた。
この戦争の真実を知り、知者であり、地位が高く、能力に長けた存在。針のような穴に糸を通すかのような確率の先に立つ者。そして何よりも、次の世代、次の次の世代へと本を引き継ぐ事が出来る者でなければならない。
ロデリウスは、既にこの本を渡す者を決めていた。




