④元勇者の葛藤
早朝。
足元を霧が撫でる。リコルは朝食を終えるまでに使っていた焚き火に向かって地面を蹴り、念入りに土を被せた。
「準備はできたか?」
元冒険者だったリコルは手際良く出立の準備を終え、女性陣の支度を待つ。コルティは既に馬車を降りて幌の中を時折覗いているが、未だ馬車の中の音が止む事はない。
コルティが苦笑しながら首を左右に振り、リコルにその意を送ってくる。
「支度に時間がかかる、か。仕方がない」
妹ながら支度に時間がかかる。実際に口にすれば怒られる事は目に見えているので、彼は溜息をつくだけに留めた。
リコルは今一度周囲を確認してくるとコルティに告げ、見回りに出た。
歩く事、数分。
霧の中で馬車の位置が分かる距離を保ちつつ、リコルは高い木をなぞるように上下に視線を送り、野営地を回るように、見えない円周に沿って歩き続ける。
「………それぞれの自由、か」
大魔王に送られた昨晩の言葉を思い出す。
―――あの晩。
大魔王が消えた後、コルティから事の顛末を聞かされたリコルは、木々の合間から見える星空を眺めながらずっと考えていた。
「元勇者の俺が、この世界に出来る事。一体何があるっていうんだ」
勇者と呼ばれていた頃は、その存在を穢さないよう行動してきた。そして、戦争が終わってからは、勇者だった事を忘れないよう、難民と化した旧カデリア王国の民達の為に行動してきた。ウィンフォス王国からは忌むべき侮蔑の称号だが、敗戦国のカデリアの民からすれば、残された希望の象徴であった。
だが、リコルは何を目標に行動すべきか。彼は目の前の靄以上に霞み、前さえ見い出せずにいた。
「………やはり俺は、誰かに用意された板の上で踊っていただけなのか」
今になって、あの男の言葉が靄の中をいくつも通り過ぎていく。彼女達が探してる男が、勇者と言う存在を否定に近い言葉で一蹴していたが、リコルは少しずつその意味を理解出来るようになり、それに比例して、誰にもぶつける事のできない純粋な悔しさが沸き始めていた。
「マキの事だ、あの娘の面倒を見ると自分から言うだろうな」
火炎龍の卵から生まれてきた不思議な少女。
竜種にまつわる資料も知識も少なく、何故人間の姿で生まれてきたのか分かっていない。
さらに、大魔王の言葉を真に受けるのであれば、少女にはあの男やその周囲にいた者達の影響を受けているのだから、その能力は計り知れない。




