③大魔王からの宿題
「戻りました」
マキと兄のリコル、そして彼の背中で寝息を立てているフォースィが戻って来た。
「全く………散々遊んで、疲れたから背負えと言われ、最後には勝手に寝てしまったぞ」
元勇者が子ども相手に嘆く。隣の妹は口元を隠しながら笑い、一番遊び相手として動いてくれていたと、全員で真相を共有する。
「ふむ………やはり、その道において、余はまだまだ貴様達に叶わぬようだ」
大魔王が肩を揺らして自嘲する。
そして深い瞳で、兄妹を直視した。
「勇者と呼ばれた男とその妹よ………余の代わりに、その娘を任せる。戦士か魔法使いとして育てるのか、それとも市井の一娘として人生を全うさせるのか………貴様達の好きにするがいい」
「………は?」
リコルとマキの顔が点になる。
大魔王は全員に背中を向け、そのまま立ち去ろうと一歩を進めた。
マキが声を上げて呼び止める。
「任せるって………あ、あなたは、それで良いのですか!? いくら大魔王という存在でも、この子とは三か月も一緒にいたのでしょう!?」
例え犬猫であっても、一度引き受けた命や人生をそう簡単に手放す事は許されない。ましてや人ならば、親として最後まで責任をもつべきだと彼女が訴える。
使い古された言葉だったが、彼女のそれは、大魔王の足を止めさせるに値するものだった。
大魔王が、僅かに表情が見える程度に振り返る。
「余にとっては、人間であっても、犬猫の類であっても、それ程大きな違いはない」
その部分のみ訂正を求めたが、大魔王は彼女の言葉の後半を否定しなかった。そして僅かに沈黙に時間を使い、口を開く。
「この返答が人間にとって正しいかは分からぬが………貴様達に預けた方が、その娘の人生にとって、より効率が良いだろうという答えに達したまでだ。別の理由を上げるのならば、余一人の方が何かと動きやすいからと言えるが、こちらは貴様達にとって不快な理由なのだろう?」
どちらの理由を主にしようと、互いの利になる事を実践しただけに過ぎない。大魔王の言葉は合理的でありつつも、マキの求める答えとは異なっていた。
「寂しくはないのですか?」
「………寂しい?」
まるで初めて聞き、初めて口にしたかのような言葉を、大魔王が繰り返す。
再び、数秒の時間を要した。
「それは孤独という意味か。知識としてはもっているが………余には、まだ人間共の感情は分からぬ」
だが、と続けた。
「今、余の中にあるにもかかわらず、自分自身で説明ができぬ要素がある………もしかしたらそれが、貴様達の言う『寂しい』という感情なのかもしれぬが、明言は出来んな」
再び大魔王が自嘲し、足が動き始める。
「貴様達は、貴様達の信ずる道を自由に進むが良い。世界の表層でこれまで通り生活を続けるか、それとも流れに逆らうか………好きにするがよい」
最期に、大魔王がコルティの名を呼ぶ。
「貴様は、余の友をどうしたいのか。よくよく考えておく事だ。そして、目的の為に余を必要とするならば………その時にはもう一度会う事になるだろう。それまで、精々足掻くがよい」
一度だけ北風が大きく流れると、声と共に大魔王の姿も、気配も既に消えていた。
残されたコルティ達は、互いに目を合わせる事なく、ただ闇の中の一点を見つめていた。




