⑥魔王の休日
壁の中心に置かれた大きな振り子時計が刻む、規則正しい音が部屋に響く。
相田は無意識に自分の左手首を見たが、そこには何もない。壊れては堪らないとウィンフォス王国に置いたままだった事を思い出し、小さな溜息と共に天井を見上げた。
紅茶が入ったポッドも新しい中身に変えられているが、既に暇潰しでカップに時折口をつける程度になっている。
「二時間………は経ったな」
カーテンの隙間から入ってくる木漏れ日の角度を確認し、相田は凡その時間を計算する。
そして、相田がベッドへと振り向くと、フォーネはいつの間にか羽毛布団に半身を吸収されていた。無害だと主張していた相田も、さすがに護衛が眠りこけている姿に呆れるしかなかった。
「まったく………」
仕方のない奴だと立ち上がり、相田はベッドの上で寝息を掻いているフォーネの体を持ち上げ、布団の中へと入れる。
その姿を見ていた扉前のメイドが、小さく微笑んでいた。
相田はその笑顔に気付かない振りをしつつ、咳払いとともに部屋の隅にあった本棚から適当な本の背表紙に指をかける。
「ちょっと、起きなさい!」
相田は甲高い声に、静かに目を開けた。
「………おう、クレアか。遅いぞ」
椅子の上で崩れかけていた姿勢を正すと、相田は両手で顔を擦り、固まっていた顔をほぐす。そして、手に持っていたはずの本が無い事に気付き、辺りを見渡した。
本は床の上に落ちていた。
「いかんな。久々にやる事がなさ過ぎて、流石に寝てしまったよ………っていうか、遅いぞ」
本を持ち上げ、相田は顎にしわを集めながら積まれた本の列に加える。
「寝てしまったか………じゃありませんわ。あなた、自分の立場を分かっているのかしら? 寝首を掻かれても知りませんわよ?」
「大丈夫さ。フォーネもいるしな」
相田は親指でベッドの中で寝ている兎を指す。
「………寝ているようにしか見えませんけど」
「そう見えるだけだ。実は起きているのさ」
「で、本当は?」
「がっつり寝てる」
冗談で笑いを狙った相田に呆れているクレアの目を、さらに細くさせた。
「だが、お前さんが来たって事は、ようやく話し合いの準備ができたって事でいいのか?」
これ以上馬鹿にされる前に、相田は本題へと切り替える。
「ええ、食堂でお父様が待っているわ」




