①決行の夜
「本当にいいんですのね」
相田の横でクレアが声をかけてくる。
「もう五回目だぞ………その言葉」
流石の相田も眉をひそめ、口を曲げた。
カデリア王国の王都ブレイダスの南に位置する最後の街、その東門の外で相田とクレアはかれこれ一時間程立っている。彼女はまるで遅刻する彼氏を待つように腕を組み、つま先で石畳を叩き続けていた。
先の会戦から北上を再開した魔王軍は、王都に最も近い南の街を数日で無血開城、占領に成功。その後の事務作業を含め、ようやくの決行となった。
「この街を出たら、もう責任を取れませんわよ」
「その言葉も、お前さん家に手紙を出した日からずーっと聞いてる」
相田は適当に隣の相手をしながら夜の星空を見上げる。冬の接近により、夜の寒さは一段と強まっていたが、代わりに空気は鋭く澄み渡っていた。相田の吐く白い息により夜空の赤白青、様々な色の星々を霞ませ、やがて霧消するとくすんでいた光が一気に増す。
「全く………心配性な奴らだ」
何気なく城壁へと視線を向ける度に、何かの影が潜み、尖った耳だけが輪郭を作っている。その正体の選択肢は限られ、相田にとっても想定の内である。
「に、にゃーん」「こけーこここ」
何かを誤魔化す擬音語が上から降ってきた。
「………何だ、猫と鶏か」
相田は笑いをこらえながら、定型文を返しておく。
ある意味、自分達の正体を名乗っているようなものだった。
無血開城したこの街も、例に漏れずにカデリア王国軍の焦土戦術によって物資の殆どが回収されていた。そして、相田達魔王軍が街まで辿り着いた頃には、街の人々に抵抗する気力も、戦えるだけの武器も食料も満足に残っておらず、それどころか物資を提供する事を条件に出すや、住民達は門を開ける事を躊躇わなかった程であった。
街の住民達で動ける者達は戦力として王都に運ばれており、残っていたのは女子どもと老人のみだった。彼らは既に食糧難等に陥っており、魔王軍は持っていた物資を放出せざるを得なかった。
そして、蛮族や亜人相手に住民達が涙ながらに頭を下げ、感謝を伝えていく姿を見た相田は、一つの結論に達する。
カデリア王国が戦争を継続する大義が失われつつある、と。
故に、今回の訪問には意味がある。相田は夜空を見上げながら覚悟した。
「そろそろだと思いますけど………一つ、お聞きしても良くて?」
「一つでも、二つでも」
相田の了承に、クレアが左手に腰を当てる。
「約束が違う事について、説明をしてもらっていいかしら?」
彼女が相田の横にいる白装束の兎を、もう一方の手で指さす。
「おおう! フォーネだぞ」
「………名前は知ってますわよ」
クレアが脱力し、上半身が折れ曲がる。
それでも視線を相田に向けて睨む彼女に、相田はきょとんと目を大きくさせた。
「説明も何も………俺は約束を破っていないが?」
「何て白々しいのかしら! 私はあなた一人だけと、はっきりと言いましたわ!」
フォーネに向けられていた指が跳ねるように相田へと転換する。
「ああ、だから一人」
相田は自分を指さす。
「この子は!?」
クレアが再度フォーネを指さす。
「と、一匹」
「おおぅ! フォーネは一匹だぞ!」
そして時が止まる。




