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Lost12 優しき青年は、冷酷な魔の王になれるのか  作者: JHST
第六章 勝者は何処に
459/601

③土と鉄の味

――――――――――


「ここは………いや、今俺は何を見ている?」

 視界の半分以上を占めている緑と黒の正体が分からない。

 相田は一瞬、自分がどこを、何を見ているのか分からなかった。微かに覚えていた事は、視界の半分がリコルの拳で奪われた事。そして晴れた空の蒼から反対側の森の碧。

 そこまで思い返した所で、ようやく今見ているものが草と土だと理解できるまで、意識がはっきりとしてきた。


 続いて、再認識を始める全身の五感。

 体の半身が朝露で湿ったままの草と土に触れ、冷たさを感じている。

 口の中に広がる二つの苦み、その後から生まれる痛み。

 一つは土、もう一つは鉄、血の味だった。相田は口の中で舌を動かし、痛みを感じた部分に舌が当たった所で動きを止める。


「拳が通った………?」

 相田の上から声が聞こえてきた。

 そもそも上という表現が正しいのかと相田は少し意識が淀み始める。そして自分が置かれた状況を整理し、相田の中で感じた十秒程度の間隔で、『自分が殴られて地面に倒れた』という解釈に至った。

 実際には殴られ、倒れ、意識が戻るまでの時間を含めても十秒に満たない出来事である。


―――痛い。

 相田の中で誰かが呟いた。

 気がした。

 頭が冷静に回るようになった所から、相田は顔の痛みと共に胸と腹部から沸々と何かが蠢き始める。


―――人に殴られた事など、いつ頃以来だろうか。


 ザイアス達との訓練で殴られる事は散々にあったが、それは訓練としての認識。今回のように、いきなり殴られた事は、小さい頃、我儘で傲慢だった級友(クラスメート)が、執拗に友人へ絡んでいた様子を注意した際に、逆上され殴られた時以来だった。相田は忘れかけていた昔を、徐々に思い出す。

 当時と同じ感情が、再現されるかのように腹の底から昇ってくる。

 あの時は余りの理不尽さもあったが、周囲の目を意識してか、喧嘩にまでは発展させなかった。だが、頭の中では超人となった自分が、乱暴者を何度も張り倒して圧倒していた事を一日中想像して、感情を発散させていた。

「………くっ」

 我ながら情けない時間の過ごし方だったと、記憶と共に負の感情までがフラッシュバックする。

 

 相田はゆっくりと立ち上がり、手で口元を拭った。

 手の甲が複数の赤い線で区切られる。


「分かったぞ。貴様の盾の弱点、この勇者リコルがついに見極めたっ!」

 リコルは相田を指さし、子供が見た事もない虫を見つけたかのように、高揚していた。

 相田は目の前の人間が一瞬誰だったかと考えたが、すぐに自称勇者だと思い出す。


「どうやら貴様の盾は拳や蹴りといった、格闘戦にはうまく働かないようだ」

「………そうか、バレちゃぁしょうがねぇな」

 自信に満ちた彼の答えに、相田もそれらしい声で付き合った。

 相田は安堵しつつ、首を軽く左右に回そうとするが、余りの痛みで動きを止める。筋肉痛と寝違えた痛みが手を繋ぎ、さらに地味な鈍痛が、背骨の神経を列車のように下っていく。

 リコルの勝ち誇ったかのような顔、全身の痛み、どちらも相田にとっては不快であった。

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