⑦三度目の戦い
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「きゃぁぁぁぁぁ!」
「クレア! くそっ」
クレアが炎に包まれて吹き飛ばされる。
リコルは地面に倒れたクレアが追撃されないよう、相田と彼女の間に分け入って白銀の剣を構えて突撃する。
しかしながら、振り下ろされた勇者の剣は、相田の前で止められる。
既にクレアも様々な属性魔法を幾度となく放っているが、その全てを相田の黒き盾『闇のアイギス』によって無力化されていた。
「信じたくはありませんが………やはり、魔法の原理が根本から狂っていますわ」
クレアは紅の魔導服の上から羽織っていた薄い生地をはぎ取った。相手の手の内を読んだ上で、炎に強い耐性をもつ特殊な生地で編んだ薄布を服の上から纏って挑んだものの、相田の魔法を一度受け止めただけで、透き通る程に薄い布が茶黒く焦げ、二度目で効果を失って燃え尽きる。
―――あの盾を破壊する事はできぬ。
彼女の脳裏に、捕虜とした魔法使いの老人が放った言葉が蘇る。そして彼が言っていた事は決して冗談でも誇張でもなかったのだと、今更ながらに思い知る。
「半端な魔法では………通じませんわ」
ならばとクレアは両手を構えて魔法の詠唱に入った。最初の一声と同時に、彼女の体を中心とした青白い魔法陣が周囲に展開され、ゆっくりと回転しながら彼女の詠唱に合わせて魔方陣が書き加えられていく。
リコルはクレアの行動に気付き、相田の視線を彼女に向けさせないよう立ち位置を変えながら剣撃の手数を増やし始めた。
彼女の詠唱は相田の視界にも入っていた。
相田は彼女の位置をリコルの剣撃の合間で確認し、自分の立ち位置を可能な限り調節する。相田にとって、威力に関わらず、魔法が発動し、自分に向かってきた事さえ確認出来れば良い。
だが、リコルもまたクレアからの注意を外そうと、相田の視線を遮り、何度も素早く小さな技を繰り返す。
「くそっ、面倒な」
「はっ、どこを見ている!」
視界を確保しようと左に跳んだ相田を追いかけようと、リコルが剣を横に薙ぐ。
だが、その攻撃も相田の側面に現れた黒い盾によって防がれる。
「本当に邪魔な盾だ!」
「………そう思うなら早く割ってしまえばいい。割れるなら、な」
相田が挑発をかける。
戦いの最中で相手を挑発する事は、相田の本意ではないが、少しでも自分が上位に立ち、不利だという認識を薄ませる為に必要であった。故に、魔王としての役回りに徹する事が求められる。
しかし、それは同時に人間に憎まれ、嫌われていく事と同義であった。
「言わせておけばっ!」
リコルが舌打ちで返す。それでも彼は何度も剣を振り続ける。
感情的になりやすい勇者が、単調な攻撃の連撃に固執し始めた。相田は詠唱に入ったクレアの様子を何度も確認し、相手の動きを窺う時間を稼ぎやすくなった。
彼女が何か大きな魔法を唱えようとしている事は間違いない。
しかしそれが分かっていても、相田はリコルの剣の動きを意識し続けなければ黒の盾を発動、維持できず、クレアへの対応は未だに後手に回っていた。
「どこかで詠唱を止めさせなければ」
「いくぞっ!」
リコルが声を張り上げ、大袈裟ともいえるほどに剣を下段へと構える。
構えを切り替えるリコルの剣に視線を落とす事は、相田にとって当然の反応だった。
だが、それはクレアの姿が視界から外れる事を意味する。




