⑩最後の一押し
ロデリウスが掲げた作戦は、相手が選択するであろう焦土作戦を、ウィンフォス王国がそのまま実行するという欺瞞作戦であった。
占領した街々の物資を悉く利用できなくなる策を、敵兵に扮したウィンフォス王国が実行する事により、物資を安全に強奪でき、かつ住民達にカデリア王国への不満の種を植え付ける事ができる。その上、強奪した物資を援助という名札に張り替えて現地に配付するのだから、自軍の物資が圧迫される事はない。
まさに詐欺。人を馬鹿にするにも極まれた作戦だった。
ロデリウスの迅速な人選とガーネットによる空中輸送により、謀や暗殺に長けた銀龍騎士団の騎士達を南部の大通り沿いに潜伏させ、本来憎まれ役を請け負うはずだったカデリア王国軍の兵士達を奇襲。見事に成り済ましたのである。
これにより、カデリア軍が焦土作戦を実行しようとしていた事が立証され、手に入れた公式の勅命文を堂々と掲げての物資強奪作戦が実行された。
「酷い作戦だ………酷い作戦だが、もう一蓮托生だからな」
相田自身、また騎士団の会議に参加していた周囲の反応も賛否が分かれる内容だったが、魔王演じる相田は反対するどころか賛成の意を一番に示し、王国が勝利する為にはこれしかないと言い切っている。
後世の歴史家達は、作戦を立案した者とそれを止めなかった者達を、表現できる最大の言葉で批判するだろうが、既に相田もロデリウスもその覚悟を済ませている。
相田は自分の感情を心の奥底にしまい込み、表情をつくり直す。
そして別の街から上がった赤い狼煙を追いかけるように見上げた。
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「………もう一本、赤い狼煙が上がったぞ!?」
「あれは、さらに隣街の方角じゃないか?」
「じゃぁ、後から上がった黒い煙は………まさか」
慌てふためく民衆の中、隊長格の男は目を細め、新たに上がった狼煙を見上げている。
どうやら自分が担当する街が最後となった。
彼は、今季の人事評価を覚悟する。
「早くしろ! 後はこの街だけなんだぞ!」
やり場のない感情をぶつけるように、隊長格の男が馬上で腕を大きく振るうと、部下の一人が空に向かって指をさして叫ぶ。
「………隊長! 空に黒い影が!?」
青い空にいくつも見える翼の生えた人影。さらには巨大な竜の影が街の上を大きく通過していった。彼らは戦う素振りを見せず、漆黒の軍旗をはためかせながら時計回りに曲がり始め、街の外周をなぞるように、ただゆっくりと旋回する。
「何も刻まれていない黒い旗印………魔王軍か」
隊長格の男がその言葉を舌にのせた。それを聞いた住民達は、その一言で持っていた荷物を地面に落とし、子どもを抱きかかえ、作業を放棄して家々へと飛び込んでいく。
カデリア王国でも、魔王の恐ろしさは小さい頃から本で読まれており、その恐怖は双子竜にも引けを取らない。




