第1話 おはよう、初めまして
初めまして、真狐誠と言います。
私の好きが皆さんの好きになって貰えたら幸いです。
激しく吹雪く夜、外に放り出されている一人の少女がいた。氷点下を下回る気温の中、部屋着だけで雪の積もった地面に倒れる姿は見るだけで凍えそうだ。体は悴み目の前が霞む。
(…………ああ、今度こそ死にそう……折角今まで生き延びてきたのに)
薄れる意識の中、少女は死期を悟っていた。極寒の中防寒着も何も無しに外に放り出されているのだから、当たり前の考えかもしれないが。
直ぐそこに死が迫っていると言うのに、いや、迫っているからこそなのか、少女は青白い顔色ながらも口元には微かに笑みが浮かんでいた。どうにもならない状況に、何だか笑えてきてしまったのだ。笑うしか無いといった所か。
(こんな吹雪の中放り出すなんて、あの人達馬鹿だなぁ……)
少女、織原星奈は自身を外に放り出した元凶を思い出していた。
星奈は言葉を濁さずに言えば、望まれて生まれてきた子供では無い。母親が一夜の過ちを犯して生まれた子供だ。母親はどんなに言い繕っても慈愛溢れる性格では無い。寧ろ自分が良ければそれで良いという自己中心的な人物だ。星奈の祖母も似た様な性格で褒められたものでは無い。
そんな母親が例え自分の子供とは言え可愛がる筈も無かった。そもそも堕胎を望んでいたが、世間体を異常に気にする母親は仕方無く星奈を生んだ。八つ当たりする様に虐待を受け、星奈は何時死んでも可笑しくない環境で生きてきた。
母親からの暴力を耐え、時には庭に生えている雑草を食べて飢えを凌ぎ、肉親と縁を切って一人で生きていける様に図書館に通い知識を蓄えて、そうやって星奈は十四歳になるまで生きてきた。
行政や学校に頼る事は出来なかった。頼っても何の役にも立たず、逆に外部に助けを求めた星奈に母親が更に辛く当たったから。母親の実家が地元では権力のある家であり、そんな家に敵対するのは嫌だったのだろうと星奈は考えていた。もしくは星奈の現状に気が付かない程目が節穴なのか。
(まあ、もうこんな事を考えても意味が無いんだけどね……)
これから自分は死ぬのだ。極寒の中凍死せずにいられるとは流石に思っていない。
しかし、死ぬと分かっていても星奈の内心は暗くは無かった。いやある意味暗いと言えるかもしれないが。
母親と祖母のこれからの人生が大変なものになると理解しているからである。子供を極寒の中部屋着のまま外に放り出して、死なせてしまうのだから。見て見ぬ振りをしていた近所の人々も、学校関係者も、流石に動かざるを得ないだろう。逮捕されたりニュースで報道されたりと、これまで通りの生活は絶対に送れない。
子供を死なす程頭が悪い、あるいはイカれているとは思っていなかったけれど。
見て見ぬ振りを続けていた周りの人々も今まで通りとはいかないだろう。遠巻きにしてきたり見当違いの言葉を吐いた同級生達も、ちっぽけな罪悪感くらいは抱くだろう。
(ふふ、ざまぁ見ろ)
そう思っても仕方無い程の境遇に星奈はあった。寧ろもっと恨んでいても可笑しくない程に。
(あー……でも、本当はもっと生きたかったなぁ……)
肉親と縁を切って生活しようとする位には、その為に図書館で知識を蓄える位には、星奈には生きたいと思う欲求があった。
(あ……そろそろ本当に限界……)
薄れていく意識に従う様に、星奈はゆっくりと目蓋を閉じていく。
「……もっと……生きたかった……な……」
掠れた小さな声でそう呟いた。その直後、十四歳の冬に織原星奈の命は絶えた。
意識が消え去った瞬間、温かい何かに包まれた様な、抱き上げられる様な、そんな感覚に襲われるのだった。
刺すような痛みを感じる程の寒さの環境にいたというのに、今星奈がいる場所は心地好い温かさで満ちていた。ふわふわと浮かんでいる様な、重力を感じさせない場所だった。眩しすぎない優しい光が辺りに満ちている。
(どこ……?)
見覚えの無い場所で意識が覚醒した星奈は内心困惑する。
自分は死んだ筈である。そう確信しているからこそ、余計に現状を受け入れるのが難しかった。
ぷかぷかと辺りを漂っていると、急に目の前に何かが現れた。詳細は分からないが、辺りに広がる光とはまた違う光が人の形で存在している。形状的に、髪の長い男性だろうか。
急に現れた光に星奈が驚いていると、その光はずい、と星奈に近寄り……
「君、私の娘になってくれないか!?」
と、そう伝えるのだった。
少しして光の興奮も治まり、その光は自身の事をカエルム・ミュステリウムと名乗った。そして娘になってくれという言葉の意味を説明し始めた。
彼はディヴェリスという、星奈が存在していた世界とは異なる世界の魔導師だった。魔導師と言う言葉通り、ディヴェリスは魔術があるファンタジーな世界であった。
そのファンタジーな世界の住人が何故星奈と邂逅しているかというと、最初に言った通り娘になってくれないかと願っているからだ。あるいは相性の良い魂を探していると表現しても良い。
カエルムは子供、正確には血の繋がった家族が欲しかった。自身が孤児というのもあって、余計に憧れていた。しかし、カエルムには子供を作る機能が備わっていなかった。
一時は落ち込んだカエルムであるが、それなら自分の子供を一から作ろうという発想に至った。魔導師としての実力を合わせれば、決して不可能では無いと判断したからだ。
実験を繰り返しながら、生まれてくる種と胎児が育つ卵は完成した。だが、何時まで経っても生まれない。カエルムが作った生命体には、魂、精神と呼ばれるものが備わっていなかったのだ。魂が宿っていないのだから、生まれるものも生まれない。
そして今度は自分の子供として生まれる魂を見つける為に、世界の狭間にカエルム自身が魂だけでやって来たのだ。当然デメリットもある。生者が死後の世界とも言える場所に来ているのだ。いくらカエルム程の実力者でも、寿命やら生命力やら、生物として必要なものが擦り切れてしまい、肉体に魂を戻しても長く生きられないだろう。そんな危険を犯してでも家族が欲しかったのだ。
そんな中、とうとうカエルムと相性の良い魂を見つけたのだ。それが星奈である。
「情報が多い……!」
話を聞いて最初に思った事がこれである。
これであるが、カエルムの話に惹かれている自分がいるのも星奈は自覚していた。生前の酷い環境でも生きたいと願う程度には前向きであった。人間不信に近いし、新しい人生を歩むのも少し怖いが、それでも生きてみたいと。
あとは、カエルムの視線とでも言おうか。顔の造形なんて分からないのに、星奈を見つめる雰囲気がとても優しくて、本当に自らの子供を愛おしそうに見る雰囲気で、この人なら信用出来ると思ったのだ。
ちょろいと言うなかれ。星奈は愛に飢えているのだ。そんな状態で愛を注がれたらコロッと落ちるのは当然とも言える。自分に害は無いと判断出来たからではあるが。
「話は分かりました。貴方の提案を受け入れても良いです」
「おお! 本当かい?」
「はい。ただし、私が生まれ変わるとして、どんな姿になりますか? 私はちゃんとディヴェリスで生きていけますか? 異世界に転生? するにあたっての注意点が知りたいです」
「そうだね、まず君の転生する肉体について説明しようか」
星奈が生まれてくる身体は、正確に言うとまだ完成していない。胎児にすらなっていない胎芽のままだ。魂が宿っていないから成長もしない。
そこに星奈の魂を宿らせることで成長し始め、人間の赤子と同じ様に十ヶ月程卵で育った後生まれてくる。赤子の姿では無く、ある程度成長した姿で。
星奈が転生する肉体は、カエルムの子供として生まれるのだから人型ではある。人型であるし血も繋がっているが、カエルムの凝り性が発揮され、他の貴重で強力な生物の遺伝子も混ざっているので純粋な人間とは言えない。混ざっているものは例を挙げると龍、聖獣、魔族、精霊など様々である。まだまだ沢山あるが。
その為、視覚や聴覚の五感、身体能力など、人間の域を遥かに超えたものになったり、人間が持ち得ない能力を持つ可能性もあるだろう。これには星奈も少し安心した。自分の身を守る術を習得しやすいだろうから。
ただ、人外の遺伝子を混ぜた事で有り得ない程の寿命の長さになるか、そもそも寿命自体が無く不老になる可能性が高い事と、カエルムと世界を渡る影響で価値観が少し変わるかも知れないと聞かされて、星奈は少し難しい顔になった。記憶が消える訳ではなく、カエルムの価値観が新たに増える様なものだろう。享年十四歳の少女が寿命の事を考えるのは些か難しい。だが結局寿命の事を星奈は受け入れた。それと価値観が変わる事も、カエルムに影響を受けるのでグロ耐性が付いたり、敵対した者の殺害のハードルが下がったりと決して甘くは無い世界を生きていく上でプラスになる事だ。なのでこちらも星奈は受け入れた。
生まれ変わるので年齢も若返りカエルムの元である程度は育つ事になるので、最低限生きる術は学ぶ事が出来るだろう。いや、魔導師と呼ばれるカエルムに習うのだから、最高の環境と言った方が良いか。
外見は魂が同じなので有り得ない程変わる事は無いだろうとの事。
ディヴェリスは魔術が使えるファンタジーな世界だが、魔物やモンスターと呼ばれる存在、日本と比べて命の価値が軽い事など、決して甘い世界では無いとカエルムは伝えた。それでも最大限知識や力を学ばせるし、カエルムが生きている限り守り続けると誓った。
「……うん、ありがとうございます。貴方の説明を聞いても、転生する意思は変わりません。貴方の子供になりたいです」
「……ありがとう……! とても嬉しいよ、私の子供になる決心をしてくれて」
カエルムがほっと息を吐きながら笑みを浮かべたのが分かった。その様子に星奈はなんだか心が温かくなった。こんなに人から求められたのは初めてで、何処かくすぐったいが嬉しい、そんな気分になったのは初めてだった。
そんな初めての気分を味わっていると、カエルムが感心する様な雰囲気で話し始めた。
「それにしても、こんなにも上質な魂は初めて見たよ」
「魂?」
「ああ、魂。通常は見れるものでは無いけれど、ここは死後の世界だからね」
カエルム自身が男の形をした優しい光の様に、星奈も肉体から解放され知っている形状では無くなっている。
「私の魂はどんな形をしているんですか?」
「少女の形をした淡い虹色の光かな」
「……派手ですね」
「とても美しいよ」
どう考えても派手な色合いだった。淡い色なのが幸いだろうか。
魂は上質になるにつれ美しくなる性質を持つと知っているカエルムは、初めて見た美しさに思わず笑顔になる。上質な魂は転生すれば高確率で魔力の質や量が桁外れに良くなると知っているから。自分の娘になる存在がその魂の持ち主と知って喜ばない筈が無い。
カエルムが造った人型の生命体は魂に合わせて肉体も成長していく筈なので、星奈程の上質な魂の持ち主ならば予想よりも遥かに高い能力を持った子供が生まれてくるだろう。それがカエルムは嬉しい。生きていく事で起こる他者からの干渉を制すのが容易になるから。
「さてと、そろそろ始めようか」
カエルムがそう告げると、星奈の額に指を当てる。すると突然二人を中心に突風が吹いた様に星奈は感じた。
「君はこれから生まれ直す。違う者になるのだから織原星奈と言う名前は合わないだろう。どんな名前が良いかのリクエストはあるかい?」
その質問に星奈は少し考えた後口を開いた。
「今まで生きてきた場所はお世辞にも良い環境とは言えなかったけど、名前だけは気に入ってるの。辛い日々を癒してくれたのは夜空に浮かぶ星達だったから。織原星奈という人物はもう死んだけれど、転生するに当たって違う人物になるとしても、織原星奈の続きではあるから。
だから、星に関係する名前が良い、かな」
星奈の意見を聞いてカエルムは暫し考え込む。名付けは娘にする最初の贈り物であるから、真剣すぎる程に。
「……スティエラ、なんてどうだろう。愛称でステラ。ステラは私の世界の古代語で“星”と言う意味なんだ。私の姓と合わせてスティエラ・ミュステリウム」
「……スティエラ、ステラ、うん、私の名前はスティエラ・ミュステリウム! ありがとう、素敵な名前をくれて」
「気に入ってくれて良かった。さて、そろそろ生まれ直そうか」
「うん、お願いします」
次の瞬間星奈……否、スティエラの意識がフッと途切れた。
木々が生い茂る鬱蒼とした大森林の中、薄いカーテンの様な物がキラキラと光り、カーテンの内側を幻想的に照らしている空間があった。半透明なので内部がどの様な状態なのか良く見えた。
そこには直径十メートル程の泉と、その中心にある水に根差した水晶の様に透き通った形状をしている水晶樹と呼ばれる木、そして泉の畔にある木製のこじんまりとした家があった。カーテンのお陰か、木が密集して太陽光が届かず薄暗い筈の大森林の中でも内部は昼間の様に明るく、幻想的な美しさが良く見えた。
水晶樹を良く観察すると、水に浸かっている根と空気に触れている幹の間にある小さな空間、それこそ大人が入るには些か苦労しそうな空間に、淡く光る半透明の柔らかそうな卵があった。中に小さな子供が丸まっている様なシルエットが外からでも確認出来た。
この卵こそ、スティエラが転生するに当たって宿っている卵だ。
ピシ、とその卵に罅が入った。最初の罅割れに続く様にピシ、ピシ、と段々と罅が大きくなっていく。
一際大きな音が鳴り眩い光が卵から放たれると、卵の殻が細かく割れ中には幼い子供がいた。パシャリ、と軽い水音を立てながら、絡まり合い揺り篭の様な形状になっている根に身体を預ける。
物音が聞こえたのだろう、畔にある家からカエルムが慌てて飛び出し泉の中に入って子供の元へと向かう。水位も高くなく、カエルムの腰辺りまでだ。子供にとっては深い水位ではあるから、水晶樹の根に引っ掛かり水に落ちないと分かっていても急いでいるのだが。
カエルムが抱え上げ身体を布で巻いた振動故か、子供はゆっくりとその眼を開いた。
その瞳を見て、カエルムは安心した様な泣きそうな笑顔になる。幾ら研究結果に自信があるとはいえ、万が一を考えたら平常では居られなかったから。
「おはよう、ステラ。気分はどうだい?」
「……おはよぅ、父様。とってもすてきな気分」
愛情の滲むカエルムの瞳を見ながら、生まれたばかりでぼんやりとした頭のままスティエラはカエルムの問いに答えた。星奈の頃には見る事が出来なかった、本当に嬉しそうな笑みを浮かべて。
そんなスティエラの様子に、カエルムは目に涙を滲ませながら微笑んだ。




