表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/32

閑話 (1) 『麗華稀月の物語』

 トイレの個室に入り、壁を思い切り殴る。

 だんっ、と激しい音が一瞬響いたが、そんなのはすぐに掻き消えて、後には私の右手のじんじんとした痛みだけが残った。


 吐き出した息は震えていた。

 一体何をしているんだと自嘲気味に笑いながら、熱を持ち始めた右手の甲をゆっくりとさする。


 今私の中で渦巻く濁り濁った感情を一言で表すならば、やはり悔恨の念、だろうか。

 教室でカナタを見つけ、彼の異変に気付き、ようやくあの女の尻尾を掴むことができたと思った、その矢先の出来事だ。

 掴んだと思った尻尾は煙の様にふわりと立ち消えた。


「くそっ……」


 それだけじゃない、私は……私は負けた。

 完膚なきまでに負けてしまったのだ。


 カナタがスマートフォンで撮影したという写真を見て、私は分かってしまった。

 この事件の全容を理解してしまった。

 そして理解したからこそ、敗北を悟った。


 何故なら――――私は()()()()()()()()()


 真相を知ってしまったにも関わらず、真相を知ってしまったがゆえに、私は舞台から引き下ろされ、役を剥奪され、傍観者になることを余儀なくされた。


「くそっ……」


 がんっ、と。

 再度壁を殴る。さっきよりは少し控えめに。


 音はすぐさま静寂に飲まれ、壁は何事もなかったかのようにそこに鎮座し続ける。

 私の拳が痛むこと以外は何も残らない、無駄な行為だ。だけど、殴る。何度も何度も殴る。


「くそっ……くそっ……くそっ!」


 いくら汚く言葉を吐き出しても、いくら短絡的な感情表現をしようとも、胸の中でとぐろを巻く負の感情は消えることがなかった。

 ただそこにあり続けた。もったりと。


「すまない……カナタ……」


 本人には決していう事ができない懺悔の言葉は、私を嘲笑うようにどこかへ消えていく。


 どれくらいの時間そこにいただろうか。

 頭を切り替え、私は自分に言い聞かせる。

 何もできない私だけれど、それでも今は出来る限りのことをしよう。

 傍観者として、端役として、なんとか彼をサポートしよう。

 そろそろ時間だ。私は彼との約束を果たすため、行動を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ