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color of days  作者: 久吉
3/3

side yellow ~いつも見つめているから~

 学生時代の友人と会って、『今何やってんだ?』と訊かれたときには、いつも『自警関係』と濁している。

『原色のスーツを着てチンピラや強盗団と戦っている』などと言えば笑われるか正気を疑われるのがオチだから。



 自警法は年端のいかない子どもでさえ知っているが、HANABUSAのようにヒーローをもっているのは異例だ。

 その異例のヒーロー、HANABUSAレンジャーはブロマイドやポスターなどの自社グッズでは顔を晒しているが、テレビやラジオなどのメディアの取材は一切禁じている。戦闘場面なども撮影しないよう各報道機関に多額の寄付金と共に依頼しているらしい。

 社長曰く、『ヒーローの正体は出し惜しみしてこそ』なんだそうだ。


 そんな中でも人気のあるレッドやブラックは顔が大分割れているが、比較的目立たない俺は街に出ても気づかれるようなことはまずない。



 俺は、そんな風に人知れずヒーローをやっている。




 いつも笑顔を絶やさず、人当たりがよく、争い事を好まない博愛主義者。


 どこへいっても、大体俺の評価はそんな感じだ。

 俺からしてみれば、そんな人間はどこにもいない。腹を立てることもあるし、人間はたくさんいるから合わない奴もいるし、ときには何もかも破壊したくなることもある。


 ―――ただ、目的のためだけに、そんなあり得ない人間を演じているだけだ。





「うー…。もうちょっと…」


 ある日の午後、資料棚の前でグリーンが一生懸命腕を伸ばしてファイルを取ろうとしていた。

 欲しいのはきっと物品管理のファイルだろう。あの調子では例え手が届いたとしても、分厚いファイルが頭上に降ってくるだろう。


 何の気なしにそのまま見ていると、背後から腕がのびてファイルがグリーンの手元へ落とされる。


「……物臭しねぇで脚立使え」

「く、黒沢さん…すみません。ありがとうございます」


 落とさないようにか、分厚いファイルを抱えたグリーンは一瞬顔を強ばらせ、ぺこりと頭を下げた。


 ブラックはそれには鋭い一瞥を投げ、小さな舌打ちを落として立ち去った。


 俺が見ていることに気づいていないグリーンは深い深いため息をつき、しゃがみこむ。


「ぅあぁあ~…。もう、アレどうしたら…」


 アレ、というのはきっと、真っ赤になったブラックの耳や首筋のことだろう。



 事態が急に変わったのは、先月おこなわれた作戦会議の頃だろう。

 あの会議のあと、レッドとグリーンがデート先で強盗に遭遇する事件があった。


 そう、デート。


 レッドがグリーンに好意を持っているのではないかという気配は、その少し前から薄々感じてはいた。

 ただレッドの気質からして、異性にお節介を焼くのも無駄に笑顔で話しかけるのも珍しいことではないため、勘違いかもなと思う程度だったのだ。


 ところが、デート。



 ブルーは眥をつり上げ、ピンクはリュウちゃんやるわねぇ、と微笑んだ。

 そして、何も口にしなかったが、誰より衝撃を受けたのはブラックだったようだ。


 そこから、ブラックの求愛ダンスが始まった。

 先程のようにグリーンが困っていると手を貸す。塞ぎ込んでいれば励ます。どれも舌打ちつきだがあちこち赤くなっているのでバレバレだ。

 そしてもちろん、その間隙をぬってレッドの熱烈アタックもある。髪にゴミが、とか、襟が乱れて、とかそらぞらしい口ぶりで接触を狙っている。


 鈍い振りをしているグリーンは目をそらし耳を塞ぎ、反復横跳びの要領で避けているようだが、胃が痛むらしい。好んで飲んでいたコーヒーが番茶になり、胃液を止めるタイプの強い胃薬を持ち歩くようになった。


 人の機微に敏感なだけあって、メンタルは豆腐らしい。


 そして、とどめはグリーンがライバル会社のYAMABEに拐われたとき。

 レッドとブラックのブロマイド撮影の現場から誘拐されたグリーンを、単身ブラックが救出に向かったのだ。


 状況を考えれば、ブラックが一人で動くのはまずい。何せ相手は、うちの唯一無二のライバル会社であるYAMABE。そこへHANABUSAレンジャーが乗り込んだとあっては全面戦争になっても不思議ではない。


 だが、ブラックは行った。自分が動くことの危うさはよくわかっていただろう。脳筋のレッドでさえ二の足を踏んだのだ。気づかないわけがない。


 その後上がった報告では、YAMABEのナルシスト社長と小競り合いになり、恥ずかしい四字熟語でぶちのめして帰ってきたらしい。

 当然YAMABEからは訴訟も検討する、との強い抗議が即日きたが、うちとて黙ってはいない。


 訴訟は構わないですよ。

 だが、そうなった場合はYAMABEで見せていただいたデータは、こちらの好きにさせてもらおうかなと思います。


 英社長はそう笑ったらしい。


 データというのは、グリーンが拾って帰ってきた皮膚密着型の防護材のことだ。

 開発課が喜ぶかと思って、などと呑気なことを言っていたが、YAMABEの最新技術を詰め込んだ小さな欠片に、HANABUSAがひっくり返るほどの大騒ぎになった。

 その上、グリーンはあれでも後方支援。その確かな分析力でYAMABEの技術とうちの技術の弱点をしっかりと報告してきた。


 それを盾に英社長はYAMABEを黙らせた。


 今回の件を不問とする代わり、データは見なかったことにしよう。

 ただ、数ヵ月もしたら、たまたまHANABUSAも新しい開発をするだろうが、と。


 見た目は温厚そうな上品なおっさんだが、とんだ食わせものだと今回の件で再認識した。

 数ヵ月待っててやるから、今回の件は忘れろと言うのだ。

 うちとしては元々手に入るはずもなかったものなので、痛いところは何もない。

 本当に、敵にしたくないおっさんだ。



「滝川ぁ、聞いて喜べ。完売だよ!」

「それはそれは」


 広報課の野原がニコニコを通り越して、にまにましながら入ってきた。作業の手は止めずに、グリーンは答える。

 完売、とは今回の“絡み”のブロマイドだろう。何が面白くて筋肉だるまと細マッチョの半裸を見たいのか、と思うが、世の女どもは狂喜したらしい。

 発売と同時にサーバーがダウンするほどアクセスが集中、電話受付はしていないのに回線がパンクするほど鳴りっぱなしだった。


「それ、再販はしばらく待った方がいいですよ」

「え?どうしてよ。発売から三日でニ万枚売れたのに」


 パチン、と手元の書類に穴をあけ、とじ込みながらグリーンはにっこりした。


「再販が未定となれば、絶対にプレミアがつきます。ネットオークションで高値がついた頃を見計らって、特典をつけて再販すれば確実に飛びつきますよ」


 ブロマイドは一枚五百円。ニ万枚売ったとしてもたかが知れている。そこに高額の特典をつけてがっぽりいこうというわけだ。


「なるほど!希少性を持たせて、購買意欲をそそろうってわけ」

「たくさんある、となれば別にいらないけど、もうないと言われると欲しくなるのが人の常ですからね」


 なるほどぉ!と再度頷いた野原は、ばしばしと滝川の肩を叩いてから広報課へ戻っていった。

 グリーンの案を手に作戦会議でも開くのだろう。


「……なにか、言いたいのですか。黄田さん」


 野原の背をパソコンのかげから見送っていると、苦い表情のグリーンがこちらを見てきた。


「何かって?」


 観察モードを引っ込めて、お人好しの笑顔を装備する。

 だが、この女は俺の変わり身に気づく。

 ―――本当に、期待を裏切らないな。


「黄田さん、この間の必殺技“博愛主義”でしたけど、あんなに威力が出るとは思いませんでした」


 訳:お前、博愛じゃねぇだろ


「えー?そんなことないよ。僕は人類を愛してる」


 どいつもこいつも、面白いよ。俺の愛すべき観察対象だ。舞台の上でああでもない、こうでもないと踊る様はまさに俺の生きる楽しみなのだ。


「…………」


 苦虫を噛み締めたような顔でグリーンが押し黙る。


 ―――そう。そんな察しのいいお前がたまらない。巻き込まれる気はないのにどんどん地雷を踏んでるところがたまらない。


 自覚なしに地雷を踏んで、そんな気なかったのに!なんていう奴は腹一杯だ。

 お前は足の下に地雷があることを知っている。踏んだことも、その余波もすべて知っている。避けきれなかった自分の無力を嘆き、胃を痛めて悶える。


 そんなお前が、心底いとおしい。


「本当に、そんな君が大好きだよ」

「え?何ですか?」


 俺のつぶやきを確実に聞き取ったグリーンが、盛大に片頬をひきつらせながら、聞き返してきた。





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