第3話 探査に向けた会議
――同日 午後1時10分頃(現地時間) ワシントンD.C ホワイトハウス 会議室にて
「ええ…ではこれより、二回目となる緊急会議を開催いたします。この会議の内容については大統領や大臣らも既に分かっていらっしゃると思いますが、主にNASAから発表される例の地球外惑星についての内容がほとんどでございます。ではNASAの職員の皆さま方、ご説明のほどよろしくお願いいたします。」
進行役がそう言い終えると、NASA職員らは前回よりもはるかに素早い動きでスクリーン付近へ移動し、手際よく端末を操作して発表の準備を整えた。
薄暗くなった会議室に、ゆっくりと映し出されたのは、青く輝く大海と豊かな緑に覆われた大陸、そして縞状の地形が走る砂漠。現代の地球よりもむしろ地球らしい地球とも呼べそうな、生命の気配に満ちた惑星だった。その背後には、地球の月よりも小さい、うっすらとした光を放つ二つの衛星が斜めに軌道を描きながら周回している。
「こ、ここまで地球と似た惑星は、今まで観測されていないぞ……!」
「まるで昔読んだSF小説やファンタジーの舞台そのものではないか……現実とは思えない」
「そうなると、この惑星にも知的生命体が存在している可能性がある、というわけか……?」
想像以上の地球らしさに、大統領や各大臣の表情には驚愕と期待、そしてわずかな不安が入り混じっていった。会議室の空気は緊張というより、歴史の分岐点を目撃しているという興奮に近いものへと変わりつつあった。
「ではただいまより、我々NASAによる説明を開始します」
最初の職員が前へ進み、淡々とした口調で説明を始めた。
「まず大統領や大臣の皆様も既にお聞き及びかと思いますが、先週1日の緊急会議後に開始された多国間共同観測において、惑星の有無が不明だったこの星に、確実な惑星が存在することを確認いたしました。今映し出されているこの惑星こそが、我々が第2地球候補として分類しつつある天体です」
職員は一拍置き、部屋の反応を見てから言葉を続けた。
「解析の結果、この惑星は地球よりやや遠方の軌道を回っていますが、火星よりは僅かに近い位置です。また、画像分析により大気の存在がほぼ確実で、極域には微弱ながらオーロラとみられる現象も確認されました。さらに、月より小さい二つの衛星が安定した軌道で周回しています。総合的に判断して、この惑星は地球環境に極めて近く、生命存在の可能性も高いと我々は結論づけました」
すると次の瞬間、スクリーンが切り替わり、人工衛星が惑星周回軌道で観測を行うシミュレーション映像と、地上を走行する探査車のコンセプトアートが映し出された。
映像を見た大統領と大臣らは、NASAが何を求めているのか薄々察し始めた。だが正式には説明を聞いてから判断する姿勢を崩さなかった。
「ですが、地球と似ているとはいえ、詳細な生態系や有機物の有無、地表構造、水質などは、直接その地表に降りなければ分かりません。そこで我々NASAは、惑星の周回軌道から詳細な地表情報を送る探査機、そして地表に着陸して実際の環境を調査する探査車の両方を一度に送り込む、二段構えの探査計画を考案しています。もし大統領から許可をいただければ、我々は明日にでも計画準備を本格始動させるつもりです」
説明が終わると同時に、会議室はざわめきに包まれた。だが、その中で静かに挙手をした人物がいた。
第49代アメリカ合衆国大統領、イアン・J・ウェスリーである。
前政権の政策を引き継ぎつつ、中国・ロシア・インドに対してはより強硬な姿勢を取り続ける、いわば転移後の世界秩序の舵取り役として注目される人物だった。
「すまないが、一つ確認させてくれないか」
「はい、大統領閣下。どうぞ、ご質問を」
「君たちが提案している探査計画だが、探査機と探査車……これらは具体的にいつ頃完成する見通しなのかね?」
職員は少し身を正して答案を返した。
「幸いにも、火星周回軌道投入を目的とした探査機が現在試験中でして、それを転用することが可能です。探査車を載せるプラットフォームも既に一部完成しています。ただし新規探査車の開発には精密検査装置や観測機器の調整が必要で、どれだけ急いでも……早くて10ヶ月半ほどはかかる見込みです」
大統領はうなずきつつも、表情には思案の色が見えた。
「なるほど。しかし……今回の惑星発見はNASAと欧州主導で行われたものだ。だからこそ、我々アメリカはロシア、中国、インドよりも先に周回軌道へ到達し、探査車を降ろすことで、新たな宇宙探査の主導権を完全に確保したい。あの3ヶ国は転移の混乱で遅れているとはいえ、油断はできない。Star Reach社のロケットと民間協力も視野に入れているが……その場合でも難しいかね?」
「……大変申し上げにくいのですが、探査車は惑星の環境と地表データを精密に採取するため、どうしても慎重な設計と試験が必要です。詰め込み過ぎれば重量オーバーで打ち上げが失敗する可能性も高まります。よって、短期間での実現はどうしても……」
「……そうか。いや、責めているわけではない。ただ、冷戦時代のスプートニクショックのような屈辱を避けたいだけなのだ。我々が先んじる必要がある」
「理解しております、大統領閣下。ですが現状、他国もまだ周回軌道到達の技術的準備が整っているとは考えにくい状況です。開発を急ぐのは可能ですが、あくまで安全性を確保した上で……と我々は考えております」
会議室はしばし静まり返った。
大統領は深く息を吸い、前に置かれたコーヒーを一口含んでから、ゆっくりと口を開いた。
「……分かった。例の探査計画、明日より始動せよ。君たちの説明は十分納得できた。私も、この計画の成功を心から期待している」
「我々の計画に賛同していただき、本当に……ありがとうございます!」
「気にするな。私だけではない、ここにいる大臣全員が、この計画の成功を願っている。ただし無理だけはするな。技術者が倒れては本末転倒だ」
大統領の言葉に、会議室の空気は少し柔らいだ。
こうして、地球は転移後の新たな宇宙時代に向け、再び歩み始めた。
しかし同時に、アメリカのライバルであるロシア、中国、そしてインドも、混乱の中で着実に体勢を立て直しつつあった。
第2の地球をめぐる静かな宇宙競争が、すでに幕を開けていたのである。




