第2話 発見と興奮
――2036年 4月7日 午前8時40分頃(現地時間) アメリカ合衆国 ゴダード宇宙飛行センター
地球が見知らぬ星に大転移してから約1週間後の朝を迎えた地球。その光景は、かつて太陽系にいた頃と全く変わらないようにも見える。人々は地球と月ごと見知らぬ星に転移しているのにも関わらず、何事もなかったかのように日常を過ごしており、都市部では仕事に向かうべく大勢の人々が地下鉄やタクシー、バス等を使い、職場へと向かっていた。
通勤途中の人々の頭上には、どこか色の深さが変わったような空が広がっていた。新聞の見出しには《太陽系外でも安定、科学者ら安堵》と踊り、街角のディスプレイには転移後初の週明けを迎えるニュースキャスターのぎこちない笑顔が映っている。人々はまだ不安を抱えながらも、いつもの朝を取り戻そうと必死だった。
しかし、アメリカにあるゴダード宇宙飛行センター内では、そんな朝にも関わらずやけに落ち着いた雰囲気ではなく、センター内は平常時よりもだいぶ騒々しく、人の往来が激しかった。
電子音が鳴り響き、複数のモニターに未知の光点が並び、誰かが急ぎ足でレポートを抱えて駆け抜ける。コーヒーの香りと緊張の匂いが混じる中、職員たちは無言で画面を見つめていた。
何故なら先週の緊急会議終了後の約1時間半後に行われた、NASA、ESA、JAXA等の宇宙機関が協力して行った、共同観測による数多くの地上望遠鏡や宇宙望遠鏡の運用によって、先週時点ではっきりしていなかった惑星の有無が、偶然にもその惑星がアメリカの宇宙望遠鏡のレンズが向いていた場所を通りかかった事によって、地球以外の惑星の存在がしっかり画像に残されて、ここ、ゴダード宇宙飛行センターへと送信されたからである。
「……これ、本当にノイズじゃないのか?」
「違う。恒星背景との差分が明らかにある。これは……間違いない、惑星だ!」
小さな歓声があがり、誰かが息を呑んだ。別の職員は急いで他局のデータと照合し、別角度からの観測画像をスクリーンに並べる。そこには確かに、薄い雲のヴェールをまとい、青と緑が混ざり合った球体が映っていた。
センターに送信されて最初の数分は地球外の惑星の存在が確定したことに喜んでいた職員らも大勢いたが、送られてきた画像を地球外惑星専門の分野に解析してもらったところ、驚くべき事にこの惑星に大気はほぼ確実に存在しているとしており、更にその惑星では地球のように陸地や海が存在している可能性が非常に高く、もしかするとそこに生命が存在しており、そこで進化を遂げて独自の文明を築いているのもおかしくはないだろうと結論付けたのだ。
その報告書が読み上げられると、管制室の空気は一瞬で変わった。
「文明……ということは、我々以外の誰かがいる可能性が?」
誰かが呟き、沈黙が訪れる。コンソールの冷たい光が、職員たちの表情を青白く照らした。
この結果を聞いた職員らは更に興奮や感動が渦巻いてしまい、その影響かどうかは分からないが、一部の情報がゴダード宇宙飛行センター以外のNASAの施設等にまで漏れてしまってはいるものの、幸いにも民間人にその情報は行き届いてはいなかった。
だが、国外のいくつかの観測機関も同じデータを掴みつつあった。ヨーロッパではESAが臨時会見を準備し、日本ではJAXAが関連画像を《極秘資料》として保留した。世界はまだ静かだったが、その沈黙の裏で世界各国の宇宙機関は動き始めていた。
しかし、発見された惑星は地球の軌道よりも少し離れた位置を公転しており、現時点では火星に比べほんの僅かだけ地球との距離は近いものの、どういった軌道で公転をしているのかについてはまだはっきりしていない。
仮にもその惑星の軌道が地球みたいに円形に近い形ではなく、地球との距離や環境変化が激しい楕円形の軌道なのだとしたら、今後アメリカ含め各国の宇宙機関が行うであろう地球外への惑星探査が出来る時期が制限されてしまう。
そういった最悪の事態にならないために、NASAは念には念をという事で、惑星軌道を周回しては、地表や海面など撮影して地球に送信する探査機と、地上に着陸して惑星の環境や、惑星にいる生命や生物などの情報を送る探査車の両方を一緒に載せて打ち上げる計画が考案されており、アメリカ政府からの許可さえ出ればいつでも計画に着手出来る準備はしているのだ。
地球と月ごと転移して以来、意外にも宇宙開発の調子は復活したかのように見える状況を迎えたNASAなのだが、大転移という異常事態が起きる前までのような状態にはまだ仕上がっていない。
それでも、失われかけた希望を再び灯すには十分だった。長い停滞の中で宇宙という言葉が再び人々の口に上る。まるで地球そのものが、新たな航海の準備を始めたかのようだった。
これからNASAの一部の職員らとNASAの長官は今日、政府が昼頃に再度緊急会議を開くと宣言したためワシントンへと向かう予定になっている。会議の主な内容については宇宙関連の話がほとんどで、中国やロシアの動向確認は今回の会議ではおまけみたいなものになっている。だが、NASAが観測した地球外惑星の件については特に注目視されており、発表の内容によっては、その惑星が存在する事を全世界に公表することも検討するそうだ。
そしてこの時間から約4時間半後の午後1時10分。アメリカ含め地球は、ついに新たに発見された地球外惑星に向けての本格的な調査活動が始まろうとしていた……。
それは、転移後の混乱を経た人類にとって、初めて未来という言葉を再び口にできた瞬間でもあった。




