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第1話 地球と月の混乱

――2036年4月1日 午前9時30分(現地時間) アメリカ合衆国・ホワイトハウス 会議室


地球全体を襲った()()()()の発生から、すでに9時間半が経過していた。


日付が変わっておよそ1時間後に、アメリカ航空宇宙局(NASA)の観測により、夜空の星々がこれまでの星図と一致しないこと、また火星や金星といった近傍惑星の姿がどこにも見当たらないことが判明した。


このことから、地球と月だけが、銀河系の外、全く別の星系へと転移したのではないかという仮説が急浮上し、アメリカをはじめ各国は未曾有の混乱に陥っていた。


さらに、NASAがこれまで打ち上げてきた探査機との通信は、4月1日になった瞬間から一斉に途絶。地球と月以外に惑星や衛星が存在するのかすら、現時点では不明だった。


しかし幸いなことに、地球周回の人工衛星や、月周回ステーション、月面基地との通信は維持されており、NASA職員たちはかろうじて安堵の息をついた。

とはいえ、安堵だけで済む状況ではない。


観測結果が憶測の域を出ないとはいえ、地球と月の大転移は現実味を帯びつつあり、政府は今後の方針、さらには宇宙開発の指針を再定義せねばならなかった。


そのため、このホワイトハウスの会議室には大統領や閣僚のみならず、NASAの幹部職員までもが緊急招集されていた。


「ではこれより、緊急会議を開催いたします。本日の緊急会議の主な内容としましては、『NASA主導の天体観測による結果報告』や、『我が国以外の各国の状況について』、そして『アメリカ合衆国の今後の宇宙開発の指針』についてを今回の会議で決議する予定であります。」


会議の進行役が淡々と緊急会議の内容を説明し、会議に参加している者一同は、とても険しい表情で進行役が話す事に真剣に耳を立てる。


「ではまず最初に、『NASA主導による天体観測の結果』について、本日お越し頂いたNASAの職員らによる説明を行います。では職員の皆様、ご説明をよろしくお願い致します。」


NASAの職員らは声を控えめに「はい」と言った後、少し遅れて席から立ち上がり、スクリーンのある会議室の前部分へと移動する。すると一人の職員はノートパソコンを机に置いてセッティングをし、もう一人は説明の準備をし始める。


そして数十秒後、スクリーンにノートパソコンの画面が写し出された。その画面には、日付が変わる前、変わって数十分後、変わっておよそ1時間後の3枚の画像が横一列に並んでおり、その中でも真ん中の画像は誰が見ても分かるくらい他の画像に比べて真っ暗である。これを見た大統領や大臣達は一体どういうつもりでこの画像を持ってきたんだと思い、席に座ってる者全員がどよめいていた。


「それではただ今から、我々が行った天体観測の結果を報告します。まずこのスクリーンに映し出されている3枚の画像についてなのですが、見ての通り真ん中の画像は満天の星空が見える左右の画像に比べ、明らかに真っ暗なのが分かるかと思います。それと右の画像に注目を…こちらは日付が変わって1時間後くらいに撮影された画像ですが、一見すると左の画像と何ら変わりのないように見えます。ですが、実は右の画像に写っている星々は全部知らない未知の星でいっぱいで、一般人でも知っているベテルギウスやシリウスといった星ですら一切見当たらなかったのであります。」


NASAの職員が放ったこの言葉に、会議室にいる者一同は驚きを隠せず、理解が追い付いていけなかった。無理もないだろう。何しろ日付が変わった瞬間から唐突に夜空が真っ暗になっただけでもかなり異常なのに、さらに夜空に浮かぶ星々全部が我々の全く知らない星で埋め尽くされている事自体前例のない事だから尚更だ。


NASAの職員らを除いた会議室にいる人達は未だにどういう状況かを把握出来ていないように思える表情をしているが、そんな事お構いなしに職員らは説明を続ける。


「ちなみにこのスクリーンに映し出されている3枚の画像は全て同じ場所、同じ方角で撮影されたものです。にわかには信じがたいかと思われますが、3枚とも編集や加工した画像では全くありませんし、ちゃんと確認済ですのでどうか悪しからず。」


そう言うと今度はまた別の画像へと切り替えた。映し出されているのは月と火星と金星が見事に写っている画像である。だがその隣にある右の画像は何故か月だけしか画像に写っていない。この画像でもまた会議室が少し騒がしくなるが、場の空気を読んで一同はすぐに静まる。


「次にこの画像ですが…見て分かる通り、明らかに右の画像は月のみしか写っておらず、金星と火星が無くなっています。この2枚の画像も先程の画像と同様、同じ場所で撮影されたものです。さらに言うと、木星や土星といったガス惑星ですら一切見つからなかったので、これは恐らく我々が住む地球と月か、それとも地球と月以外の惑星全てに何かしら異常が生じているのではないかと推測しており、一部の天文学者は、『地球と月は我々の知らない別の銀河にある別の星に大転移したのではないだろうか?』といった説まで提唱されています。」


職員らは今話している事の説明に大統領や大臣は付いていけてるのか確認したが、大統領や大臣達はゆっくりだが頷いてはいたので少しだけ説明をする。


「次に人工衛星についてなんですが…地球を周回している人工衛星や、月を周回する宇宙ステーションとはやり取りが出来ます。これは日付が変わる前と何ら変化はありません。ですが、地球あるいは月を周回していない人工衛星、探査機や火星探査車等の通信は全て途絶えてしまっており、我々も通信を何度か試みたものの…全然入ってきませんでした。今説明したこれらの報告は現時点で分かっている事です。今後調査をし続ければ報告が変わるかもしれないですし、何かしらの謎が解明するかもしれません。NASAからの報告は以上です。」


数十秒後、NASAの職員らは説明を終えるとすぐに自分が元々座っていた席へと帰った。


「NASAの職員の皆様、ご報告ありがとうございました。では続いて『我が国以外の国の状況について』を…」


その後も大統領や大臣全員を集めた緊急会議は続き、アメリカ国務省の職員からの各国の状況報告が1時間ほど続いた。それを踏まえて会議からおよそ2時間後、アメリカ合衆国の指針や、今後の宇宙開発の具体的な方向性は、仮の状態ではあるがまとまり、次のような方向性へ定まった。


・アメリカ合衆国は今回の異常事態を受けて、同盟関係及び友好関係の国々との間で、出来る限り最大の支援を行うようにする。


・アメリカ合衆国は現在仮想敵国の中国や、宇宙開発において長年のライバルたるロシア連邦とは引き続き警戒姿勢を崩さずに維持する。ただしロシア連邦とは一部において宇宙開発の面で協力することを容認する。


・宇宙開発専門の民間企業Star Reach社主導の火星への有人探査は、周囲に惑星や衛星があるか否かが判明するまでは一時保留し、Crimson Origin社等が携わっている月面基地拡張計画は予定変更なしで続行とする。


・NASAはヨーロッパの欧州宇宙機関(ESA)や、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)等と協力し、地球と月以外に惑星や衛星があるかないかを出来る限り多くの望遠鏡を使って調査する。


・可能性は低いものの、仮に地球と月以外に惑星や衛星が見つかり、その星に水のような液体や、大きな大陸らしきものといった、地球となんらかの点で類似している惑星あるいは衛星が見つかった場合、該当する星の存在は生命の有無、あるいは人工物等がはっきりするまでは、公開する情報を必要最低限に留めるようにする。


といったものであった。


なお最後の部分については、会議中において発見次第すぐに情報を公開するべきか、公開は控えた方がいいのかで意見が対立したものの、最終的に拙速な発表による混乱を避ける必要があるという判断で合意した。


こうしてアメリカ含めた地球と月は、突然の出来事に今の状況が未だに未解明のまま、名も知らぬ星の周を回りながら、異星での最初の一日を迎えようとしていた。


だがその翌日には、早くも転機が訪れようとしていた。それは、NASAが運用する宇宙望遠鏡が、偶然にも地球より少し大きめな惑星を発見したからである。


それが、人類史上初の異星文明との初接触への幕開けとなるとは、このとき誰も知る由もなかった。

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