第三百二十六話:レンの市場支配
私たちのささやかな成功と進化を、次元商人レンが見逃すはずがなかった。彼は、【らーめん頑徹】の劇的な復活と、【慈悲ラーメン】が生み出す異世界での新たな価値――「癒やし」という市場――にもまた、巨大な「商品価値」を見出したのだ。彼のビジネスにとって、文化や思想の違いなど些細なこと。全ては、利益を生み出すための「素材」に過ぎなかった。
レンは、水面下で日本の大手食品企業数社と接触。莫大な資金力と、彼が異世界から持ち込んだ(あるいは解析して模倣した)技術情報を背景に、秘密裏の共同プロジェクトを立ち上げた。狙いは、【頑徹】と【聖女厨房】が生み出した「文化融合」というコンセプトそのものの乗っ取りだった。
数ヶ月後。日本のコンビニやスーパーの棚に、華々しいパッケージと共に、新しい商品が並び始めた。
【次元ヌードル ~異世界の恵み~】
それは、最新の食品加工技術と、異世界の希少食材(を化学的に合成・再現した模倣フレーバー)を使い、【頑徹】の持つ伝統的な深みと、【聖女厨房】の持つ革新的な香りを巧みに模倣した、高級インスタントラーメンだった。
「本物の奇跡を、ご家庭で、たったの3分」
そのキャッチコピーと、レンが仕掛けた大規模なメディアキャンペーン(人気タレントを起用したCM、SNSでのインフルエンサーマーケティングなど)は、効果てきめんだった。安価で手軽に「異世界風」の味を楽しめる【次元ヌードル】は、瞬く間に市場を席巻。多くの消費者は、本物の【頑徹】や、私が異世界で紡いできた物語など知る由もなく、ただ手軽な流行としてその「偽物」を受け入れた。レンの冷徹な市場戦略は、本物の価値を、数の論理と情報の洪水で巧みに希釈し、貶めようとしていたのだ。源さんの店の行列は、少しずつ短くなり始めていた。
異世界側でも、レンは攻勢を強めていた。彼は、より安価で、より魅力的な日本の工業製品――例えば、魔法を使わずに動く小型の脱穀機や、錆びない合金で作られた調理器具、さらには娯楽用の簡単な電子玩具など――を、代理人を通じて大量に持ち込み、ダンピング(不当廉売)を開始した。
街の市場は、物珍しさと安価さに惹かれた人々で賑わったが、その裏では、地元の職人たちが次々と仕事を失い、経済格差が静かに拡大し始めていた。ミーシャが必死に築き上げようとしていた「フィーリア・ブランド」と品質認証制度は、レンが持ち込む圧倒的な物量と、消費者の目先の利益への欲求の前に、その基盤を揺るがされ始めていた。ドルフさんは円卓会議で危機感を訴えるが、一度便利さを知ってしまった民衆の声は、必ずしも彼を支持しなかった。
レンは、二つの世界で、文化と経済の両面から、じわじわとその支配力を強めていた。彼の最終目的は、単なる利益ではない。二つの世界を自らの意のままに繋ぎ、コントロールする、神にも等しい力を手に入れることなのかもしれない。その野望の前で、私たちのささやかな抵抗は、あまりにも無力に思えた。




