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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第三百十四話:二つの世界の地図

異世界の厨房に、再び日常が戻ってきた。だが、それは以前とは明らかに質の違う、張り詰めた静けさを伴う日常だった。

物置の扉――今は二つの世界を繋ぐ危うい境界線――は、ジロによって何重もの封印術式と、彼が開発した最新の監視魔道具によって厳重に管理されていた。扉そのものは物理的に存在しているが、その向こう側へと繋がる次元の通路は、レンの介入以来、奇妙な安定を保ったまま沈黙している。


「エネルギーレベルは、依然として低いままだ」ジロは、監視モニターを睨みながら、作戦司令部と化したラボで報告した。「だが、これは嵐の前の静けさかもしれん。あの男…レンが、いつ、何を仕掛けてくるか、予測不能だ」

「日本の当局も、扉の存在とその異常性を確実に認識したはず」魁人かいとも、厳しい表情で付け加える。「彼らが、再び物理的な干渉を試みてくる可能性も否定できない」


私たちの短い聖地巡礼は、世界の崩壊という最悪の事態こそ回避したものの、代わりに二つの巨大な、そして未知なる脅威を白日の下に晒した。一つは、次元を超えて暗躍する謎の商人、レン。もう一つは、私たちが去った故郷、日本の国家権力。どちらも、剣や魔法だけでは到底太刀打ちできない、あまりにも巨大な存在だった。


だが、厨房には絶望の色はなかった。むしろ、新たな戦いへの静かな覚悟と、奇妙な高揚感さえ漂っていた。

その変化を象徴するように、厨房の壁には、新しい一枚の地図が貼られていた。

これまで貼られていた、ケイレブ様たちが命がけで描き上げた異世界の大陸地図。その隣に、ミーシャが日本の書店で手に入れ、大切に持ち帰ってきた、もう一つの世界――日本の詳細な地図が、並べて掲げられたのだ。


「不思議な気分ですね」

ミーシャは、二つの地図を見比べながら、感慨深げに呟いた。「私たちが生きる世界が、こんなにも広かったなんて」

ゴークもまた、初めて見る日本の地図に描かれた、海に囲まれた小さな島国の形を、興味深そうに眺めている。「親方の故郷は、思ったよりも小さいんでげすな。だが、あの鉄の百足むかでが走り回り、空飛ぶ鉄の鳥がいるとは…見かけによらねえもんだ」


私は、その二つの地図の前に立っていた。

左には、私が「聖女」として生き、仲間たちと出会い、数々の戦いを乗り越えてきた、ファンタジーの世界。

右には、私が「斎藤莉奈」として生まれ育ち、父と母が今も暮らす、科学と日常の世界。

どちらも、私の故郷。どちらも、私が守るべき場所。

次元商人レンは、この二つの世界を「遊び場」と呼び、自らの利益のために利用しようとしている。日本の当局は、異世界との繋がりを「脅威」と見なし、排除しようとするかもしれない。

どちらの思惑も、許すわけにはいかない。


「ケイレブ様」私は、傍らに立つ氷壁の騎士に向き直った。「私たちの騎士団は、これから二つの世界を守ることになります。可能でしょうか」

ケイレブ様は、静かに頷いた。その瞳には、迷いはなかった。

「道は、あなたが切り開いてくださった。我々は、その道を、ただ守るまでです。たとえ相手が、この世界の理の外にいようとも」


私は、厨房の中央に置かれたテーブルへと戻った。そこでは、弟子たちが、いつものように賄いのラーメンを囲んでいた。今日の一杯は、私が最後に創り上げた、二つの世界の食材が融合した、あの奇跡の醤油ラーメンの味を、弟子たちが再現しようと試みたものだった。

まだ、源さんの足元にも及ばない。だが、その不格好な一杯から立ち上る湯気には、確かに未来への希望の香りがしていた。


私は、仲間たちの輪に加わり、その温かいスープを、レンゲで一口すする。

しょっぱくて、甘くて、少しだけ苦くて、そして、どうしようもなく愛おしい味。

私の、二つの故郷の味がした。


レンが言った、「面白い商品ができたら声をかけてくれ」と。

上等じゃないか。

私たちがこれから創り出すのは、彼が値踏みするような「商品」なんかじゃない。

二つの世界の最高の知恵と、最高の心が融合した、まだ誰も知らない、最高の「文化」だ。


私の戦いは、終わってはいなかった。

それは、一つの街を守る戦いから、二つの世界を繋ぎ、守り、そして新しい未来を創造するための、これまでで最も壮大で、そして最も「美味しい」戦いへと、その舞台を移したのだ。

私は、仲間たちと囲む温かい賄いのラーメンをすすりながら、二つの世界の地図を交互に見つめ、新しい、そして果てしない物語の始まりを、静かに、しかし力強く、決意するのだった。

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