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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第三百六話:スープが繋ぐ親子

【らーめん頑徹】の厨房は、夜明け前の静寂の中、異様な熱気に満ちていた。カウンターの上には、たった一杯、しかし二つの世界の魂が溶け合った奇跡のラーメンが、神々しいまでの湯気を立てている。源さんは、自らが創り出した未知の味を前に、呆然としながらも、その瞳には料理人としての新たな炎が灯っていた。ジロとマヤは、その一杯が放つ複雑な「物語」の味を分析し、感嘆していた。


「……できた」私は、額の汗を拭い、呟いた。源さんの魂を救うために創り始めたはずの一杯は、いつしか、私自身の二つの故郷を結びつける、架け橋となっていた。


だが、感傷に浸る時間はなかった。私のポケットの中で熱を帯びる通信石が、魁人からの警告を伝えている。扉の向こう、日本の当局が動き出している。夜明けと共に、この奇跡の厨房は、冷たい現実に晒されるだろう。


「源さん」私は、意を決して言った。「この一杯を、食べてもらいたい人たちがいるんです。私の……本当の家族に」


源さんは、私の言葉に驚いた顔をしたが、すぐに全てを察したように、深く頷いた。彼は、厨房の裏口を指さす。

「……行け。ただし、夜明け前には戻ってこい。朝の仕込みの時間だ」

そのぶっきらぼうな言葉が、彼なりの最大の餞別だった。


私は、完成したばかりのラーメンを、ジロが用意した魔法の保温容器にそっと移した。そして、源さんに深く頭を下げると、夜の闇へと駆け出した。私の後を、心配そうなマヤと、護衛役のケイレブ様が静かに追う。


息を切らし、たどり着いたのは、見慣れた我が家だった。まだ街灯の光だけが頼りの薄闇の中、リビングの窓からは温かい光が漏れている。早朝にも関わらず、両親はすでに起きていた。


私は、震える手で、インターホンを押した。数秒の沈黙の後、ガチャリ、と鍵が開く音がして、エプロン姿の母が、眠そうな目をこすりながら顔を出した。

「……はい、どちら様……あら?」

母は、目の前に立つ見慣れない服装の娘(私)と、その後ろに控える異様な出で立ちの男女(マヤとケイレブ様)を見て、一瞬言葉を失った。


「……お母さん」

私の、十数年ぶりの、か細い呼びかけ。

その声に、母の目が、信じられないものを見るかのように、大きく見開かれた。

「……莉奈……?本当に、莉奈なの……?」

母の手から、持っていた新聞がはらりと落ちる。彼女は、震える手で私の頬に触れ、その温もりを確かめると、堰を切ったように泣き崩れた。

「ああ……!生きて、生きていたのね……!」


騒ぎを聞きつけ、寝間着姿の父もリビングから飛び出してきた。彼は、私の姿を認めると、その無骨な顔をくしゃくしゃにして、「馬鹿野郎……!」とだけ呟き、大きな手で私の頭をわしゃわしゃと撫でた。


涙の再会。だが、時間はなかった。

私は、涙を拭うと、持ってきた保温容器を開けた。ふわり、と立ち上る、懐かしくも新しい、二つの世界の香りが、斎藤家の小さな玄関を満たす。

「お父さん、お母さん。食べてほしいものがあるの」


リビングのテーブル。父と母は、まだ夢を見ているかのような顔で、目の前に置かれた一杯のラーメンを、ただ呆然と見つめていた。娘が生きていたこと、異世界から来たという奇妙な仲間、そして、この見たこともないラーメン。全てが、彼らの理解を超えていた。

「……これは、私が、向こうの世界で創ったラーメンなの。お父さんとお母さんに、どうしても食べてほしくて……」


父は、無言でレンゲを手に取った。母も、それに倣う。

そして、二人は同時に、そのスープを、一口、口に含んだ。


最初に訪れたのは、驚きだった。慣れ親しんだはずの醤油の味。だが、その奥から、これまで一度も味わったことのない、力強く、そしてどこか神秘的な未知の旨味が、波のように押し寄せてくる。

次に、麺をすする。しっかりとしたコシ、豊かな小麦の香り。だが、その喉越しの奥に、ほんのりと感じる、大地の力強さ。

それは、彼らが知るどのラーメンとも違う、しかし、心の最も深い場所にある「故郷の味」を、確かに呼び覚ます一杯だった。


食べ終えた時、母は、静かに涙を流していた。

彼女は、私の手を握りしめ、震える声で言った。

「……あの子が、昔よく台所で、見よう見まねで作ろうとして、いつも失敗していた、あの優しいスープの味がするわ……。でも、もっとずっと、力強くて……あなたが、向こうの世界で、たくさん頑張って、強くなった味がする……!」


父は、何も言わなかった。ただ、空になったどんぶりの底を、名残惜しそうに何度も見つめていた。そして、最後に一つだけ、深く、深く頷いた。それは、どんな賛辞の言葉よりも雄弁に、娘の成長と、その新しい世界を、受け入れたという証だった。


スープが、二つの世界を、そして親子の心を、確かに繋いだ瞬間だった。

だが、その温かい光景の外側では、夜明けの光と共に、冷たい現実が迫っていた。遠くから聞こえる、サイレンの音。そして、私のポケットの中で再び熱を帯び始めた、通信石の不吉な光。

感動の再会は、あまりにも短く、そして、残酷な選択の時が近づいていることを、私は悟らざるを得なかった。

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