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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第二百八十六話:街で一番温かい一杯

夜明けの光が、静まり返った美食都市を優しく照らし出す。

【ラーメン処 聖女の厨房】の扉が、ゆっくりと開かれた。そこに現れたのは、一番弟子のケンを先頭にした、私の弟子たちだった。ケンの手には、お盆に乗せられた、湯気の立つ一杯のラーメン。その湯気は、まるで夜明けの霧のように、穏やかで、そしてどこか神聖な光を帯びていた。


店の前で、夜通しその瞬間を待ちわびていた街の人々は、声援を送らなかった。ただ、モーゼの海割りのように静かに道を開け、弟子たちのその厳かな行進を、祈るように見守っていた。ドルフさんも、ケイレブ様も、ただ黙ってその列に加わる。

それは、聖女に奇跡を求める行列ではなかった。ただ、疲れた一人の友人に捧げる、街で一番温かい一杯のための、静かなる道行きだった。


店の二階、固く閉ざされた私の部屋の扉の前に、ケンは立った。

彼の背後には、アヤが、カリムが、エララが、そしてこの厨房で育った全ての弟子たちが、固唾をのんで佇んでいる。

コン、コン。

ケンは、震える手で、二度、扉をノックした。

「……誰?」

中から聞こえてきたのは、私がこれまで聞いたこともないほど、か細く、力のない声だった。

「……親方」ケンは、扉越しに、必死に言葉を紡いだ。「俺たち、作りました。親方に、食べてもらうために。……俺たちの、ラーメンを」


しばらくの沈黙の後、ガチャリ、と小さな音を立てて、扉がわずかに開いた。

そこに立っていたのは、光を失った瞳で、やつれ果てた私の姿だった。聖女でも、大師匠でもない。ただ、自分の殻に閉じこもり、世界を拒絶する、傷ついた一人の少女。

「……ありがとう。でも、私にはもう……」

私が、その一杯を拒絶しようとした、その時だった。

ケンは、何も言わずに、ただ黙って、私の前に膝をついた。そして、お盆を、私の目の高さまで、恭しく捧げ持った。アヤも、他の弟子たちも、同じように、私の前にひざまずいていた。


その、あまりにも真摯な光景。そして、鼻腔をくすぐる、懐かしくも、全く知らない温かい香り。

私は、言葉を失った。


部屋に運び込まれた一杯は、私のベッドの脇にある小さなテーブルに、そっと置かれた。弟子たちは、何も言わずに部屋を出ていき、扉の前で静かに待っている。部屋に残ったのは、ミーシャとマヤ、そして心配そうに佇むルークだけだった。


私は、ベッドに腰掛けたまま、動けなかった。

だが、その香りが。

ケンのスープが持つ、大地のような揺るぎない優しさ。アヤのタレが持つ、人生のような甘くしょっぱい物語。カリムとエララの香味油が奏でる、情熱と穏やかさの調和。

それは、私の魂に直接語りかけてくる、弟子たちの声そのものだった。


「……莉奈さん」

ミーシャが、私の手に、そっとレンゲを握らせてくれた。

私は、震える手で、そのレンゲをスープに沈めた。

そして、一口、口に運んだ。


―――その瞬間、私の、色を失っていた世界に、物語が溢れ出した。


最初に感じたのは、ケンの味。北の国で、彼が一人で格闘した、あの冬の夜の味がした。私の教えを守りながらも、自分だけの答えを見つけ出した、彼の不器用な感謝の味がした。

次に、アヤの味。南の港で、彼女が出会った、たくさんの文化と笑顔。それらを一つにしようとした、彼女の太陽のような優しさの味がした。

砂漠の熱風が吹き、エルフの森の木々が囁く。

それは、ケンのラーメンでも、アヤのラーメンでもなかった。

私が知らない、彼ら自身の物語の味がした。彼らが旅路の果てに見つけ出した、私への、それぞれの「ありがとう」の味がした。


空っぽだった器に、スープが注がれるように、私の心は、彼らの温もりで満たされていった。

私が与えたのではない。私が、与えられている。

その、あまりにも温かく、そして幸せな事実に、私の、乾ききっていたはずの瞳から、一筋、熱い涙がこぼれ落ちた。

それは、悲しみや、悔しさの涙ではなかった。


私は、もう一度、スープをすする。今度は、麺も一緒に。不揃いで、不格好な麺。だが、その一本一本に、弟子たちの、懸命な想いが練り込まれているのが分かった。

美味しい。

心の底から、そう思った。

少年アルマンに否定され、ゴークの優しささえも受け取れず、忘れてしまっていた、その根源的な感情が、私の魂に、確かに戻ってきた。


私は、顔を上げた。ミーシャも、マヤも、ルークも、泣きながら、笑っていた。

私は、彼らに向かって、そして扉の外で待つ弟子たちに届くように、震える声で、しかし、はっきりと、言った。


「……温かい」


厨房の長い夜が、明けた。

私の、そして私たちの新しい朝が、この一杯の温かいスープと共に、今、静かに始まろうとしていた。

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