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竜の如き異様  作者: 葉月
3章 愚かなる者たちの戦争
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第88話 やがて————


 まだ、邪龍が面倒事を起こして俺の故郷の地球に夜逃げしていなかった頃、彼(?)はこの世界でなんの気なしに、容易く地形を変えてしまうほどの力を存分に振るっていた。それこそ「意思ある災害」と後世の歴史に綴られるレベルで。

 そんな派手に強力過ぎる力を使っていれば、意図せぬところで世界に影響を与えていてもおかしくはない。今回のケースで言えばそれが魔昆虫の大量死、というわけだ。加害者にそんな気はなくとも、被害者からすれば恨んだり目の敵にするのは致し方ないことと言える。


 そしてその当事者である邪龍ミルはといえば、


『ん? 魔昆虫とはなんだ?』


 この有り様。


 ニオンによる邪龍と魔昆虫の因縁についての話があらかた終わると、俺はその部屋を訪ねた本題を切り出した。今回一緒に戦った4人で夕食にしようと誘うことだ。ニオンは断りはしなかったが、夕食に行く前に着替えるから準備ができるまで部屋の外の廊下で待っていてほしいと言われた。

 因縁について話している時もニオンは冒険者としての装備を着用したままだった。確かにあの格好は夕食を食べる格好ではないな。


『知らないのか……ニオンもああ見えて魔昆虫なんだぞ。そもそも、国1つを吹き飛ばすような魔法を試し打ちしたりなんかすれば、その周辺どころか世界中に影響が出るとか考えなかったのか?』


『その当時はまだ我、ミルが思うほど世界が頑丈ではなく、最中(もなか)のように脆いとは考えもしなかったのだ。フッ、それに結理を除いて人の命などミルにとっては塵芥よ』


 そしてニオンを待っている間、俺は久しぶりにミルと話していた。あの灰色の空間で、ではない。ちゃんと拠点で話している。しかし、この場に邪龍の姿はなく、俺を側からみれば誰もいないところをまるで誰かいるみたいに凝視しているようにしか見えない。

 しかし、久しぶりに話すせいか、ミルの声がかなりソワソワしているように聞こえる。一人称とかブレブレだし。


『無理に邪龍っぽい雰囲気出さなくていいんだが……で? 本音は?』


『実は偶然あの場所にムカつく奴がいたのでその時に発案した超必殺技、『星写し』でもってバラバラにしてやったのだ、ハハハハハハハ!!』


『うーん、この邪龍』


『しかし、結理よ、テレパシーで我、ミルと会話できるようになるとは、予想以上どころか想定外だ。さらに、まさか《竜変化(へんげ)》を《邪竜回帰》なる特性に昇華させるとは、さすがのミルも驚いたぞ。勇者も目を見張る凄まじい速度での成長ぶり、これはミルもうかうかしてはいられんな。凡人がやると言われている努力なるものに勤しんでみるのも悪くはないかもしれん……』


 無論独り言ではない。スキルによる新しい力ではないのが謎だが、ミルとの会話の方法はテレパシーだ。《心話》のようにリアルタイム以上の速度はないにしても、一々あの灰色空間に移動しないだけでも意味はある。

 なにせ、今はニオンが着替え終わるのを待っているのだ。今回のようなケースだと時間が経過しないことが必ずしもいいことには繋がらない。


『その言い方だと、まるで今まで努力したことないって言ってるように聞こえるんだが……?』


『そうだな。よくよく考えるとミルは最初から邪龍で最強無敵であったからな。そういうのに縁がなかったのだ。苦戦など一度としてなかった。実力が近い者を強いて挙げるのならば桃髪のヤツだな。人の身でミルと張り合える者など、800年経ってもヤツの他にはいるまいよ』


『桃髪の聖人って人間だったんだな。てっきり人間に似た別の種族かなにかだと思ってたぞ』


『ヤツは正真正銘人間だ。老化というものがないがな』


『老化がないってどういうことだ?』


 あの10代にしか見えないほど瑞々しい姿と、やけに落ち着いた雰囲気がミスマッチな桃髪の聖人。それが老化がないという能力によって実現しているとなると、見た目で年齢が測れないとなるのも頷ける。


『詳しいことはミルにも分からん。だが、なにかしらの能力、確か《完全身体》という特性による効果なのは確かだ』


『《完全身体》か……確かニオンも持ってたような……』


 そういえば《邪竜回帰》の効果も見ていなかった。使用感に大した変化はないが、もしかしたら俺の知らない機能が増えているかもしれない。《竜鬼の誓い》という特性も気になる。……竜鬼ってなんなんだろうな。


『そうか、ニオンがか……。まあ、ミルと結理に分かりやすい違いがあるとすれば種族の差というヤツよ。そもそも同じ生まれたばかりでも、邪龍たるミルとただの人間が同じであるはずがないだろう? 結理と燃香に筋力や魔力の差があるのも、結理とニオンに俊敏の差があるのも自然の摂理だな』


『才能の差じゃないよな?』


『常人と比べるのならそれもあるかもしれんな。しかし、才能なら結理も負けてはいないのだぞ? あとは血反吐だな』


『血反吐、か……』


 さすがに自分の倍以上のステータスを見せられると自信がなくなるし、種族の差と言われるとなんだかやるせない気分になる。

 しかし、俺は重要なことを忘れていた。2人が強いのは才能や種族の差だけではない。その強さは、俺が経験してきたものとは比較にならないほどの経験を、それも年単位の時間蓄積させてきたからだということを。


『うむ、血反吐だ。吐きまくるのだ』


『いや、吐血しまくれとか無茶言うな。この前みたいな1日の大半を戦闘に費やさないといけないような日常は、自暴自棄じゃない今の俺は勘弁だぞ……。もしかして、ミルとまともに戦える桃髪の聖人は戦闘狂なのか……?』


『ヤツは戦いに対して悦楽を見出すタイプではないな。他人を揶揄うことになら見出すかもしれないが』


『……結構、桃髪の聖人のこと知ってるんだな。案外仲良かったとか?』


『それなりに長い因縁ではあるからな。そこいらの他人よりかはお互いのこともだいぶ詳しくなるものよ。……幾度となく殺し合い、奪い合ったものだ』


『そうか……なんか変なこと聞いて悪かったな』


 かなり殺伐とした過去を懐かしげに呟くミル。しかし、その声の様子からはミルと桃髪の聖人がただの敵同士であったようには思えなかった。喧嘩友達みたいなもの、なのだろうか?


『ハハハハハハハ! 気にするな! 結理よ。お詫びとして《邪竜回帰》と《竜鬼の誓い》の特性の内容を教えてくれるのなら不問としようではないか!』


『? ミルは内容は見れないのか?』


『ステータスだけならともかく、本人の許可なく特性の内容を知ることはかなり難しいのだぞ?』


『けど、前に《毒色》って特性の説明は見れたんだが……?』


 神聖国レインボーでアイリアルについて調べ回っていた時、《毒色》という特性を持つ騎士の襲撃に遭ったことがあった。

 あれの効果は確か、「毒」というものの種類や毒性などの情報を視覚的に捉えることができ、たとえそれが無味無臭無色透明なものであっても感知可能というものだった。さらにパーティメンバーにも毒耐性を付与するので、ヒュドラの毒が耐性持ちにどれくらい通用するかを試す絶好の相手だった。さすがに《毒色》の持ち主の耐性は高くてあの時のヒュドラでは毒状態にできなかったが。


『それは相手が《邪眼》を持っていなかったからだな。ミルも《邪眼》を持っているから、同じく《邪眼》を持つ結理の特性は見れないのだ』


『そうなのか……。前から気になってたんだが、《閲覧》と《邪眼》ってなにがどう違うんだ?』


『《邪眼》と《閲覧》は全くの別物、由来が異なる能力だ。どちらが上といった関係は存在していない。そもそも、《邪眼》はミル由来のもの、この世で持っているのはミルと結理だけだ』


『そうなのか……』


『つまりお揃いでペアルックよ。ところで、《邪竜回帰》と《竜鬼の誓い》の内容を————』


「ユウリ、お待たせしました」


「じゃあ皆んなのところに行くか」


「はい」


 特性の説明を求めるミルのテレパシーの声を自室から出てきたニオンの声が掻き消す。その服装は部屋着というよりはパジャマに近く、ニオンらしいシンプルなものだった。俺はやむを得ずミルとの会話を一旦切り上げて、ニオンと向かい合った。


『悪い、その話はあとでな』


『むう、まあ、あとで話してくれるならそれでも構わん。約束だぞ?』


『ああ、約束だ』


 俺はミルとのテレパシーを切り、ニオンとともに燃香と高沢の待つリビングへ向かった。






 俺とニオンがついた頃には既に夕食は冷めていてもおかしくはなかったのだが、燃香が魔術で保温してくれていたのか、作りたてのように温かく、当初の目的通り皆んなで美味しく食べることができた。

 その途中、俺はニオンと魔昆虫の仲間たちとの会話で気になっていたことがあったので、何気なく問いかけていた。ちなみに俺とニオンの契約云々は、その時ニオンが考えた方便だと分かった。邪竜ならそれくらいできるかもしれないという世間の認識を逆手に取った作戦とのこと。


「もう私があの林に行くことはありません。なにせ出入り禁止になったので」


「出入り禁止? どういうことだ?」


「ユウリには私の部屋を訪ねた時、2人にはさっき話したので3人は邪龍が魔昆虫にとって不吉な存在なのは知っていますよね?」


「うん、聞いたよ」


「けど、なぜそれがニオンがカントリ林の出入り禁止に繋がるのかな?」


 開口一番に聞いた言葉はそれだった。なぜそうなったのか、当人たちにしか分からない理屈が働いていなければ、いや仮にそうだとしても聞かなければならないと思った。ニオンの悲しみや苦しみを聞くことができるのはこの場にいる俺たちだけなのだから。


「今はもうありませんが、ユウリは邪龍の寵愛を受けていましたね」


「……そうだな。でもそれとこれがどう繋がってるんだ?」


「今までも何度かその兆候はありましたが、ユウリの種族名の表記に変化が生じたのを見て確信しました。ユウリの体は寵愛を受けたことをきっかけに段々と邪龍に近いものになっているんです。そしていつかは邪龍と等しくなる」


「邪龍と、等しく……?」


 いつかミルが言っていた『格』というものが上がりきったらどうなるのか、あの邪龍が、ミルがなにを企んでいるのか、なんとなく分かったような気がした。ミルは仲間を増やそうとしているのか、あるいは……。


「ええ、そしていつか邪龍となるユウリと親しくする私は彼らにとって裏切り者なのですよ。だからこそ争いに発展する前に私からあの場所を去りました。……少し寂しいですが」


「そうか……でもニオンは1人きりじゃない。俺たちがいる」


「ありがとう、ユウリ……」


「『俺たち』って、もしかしなくても私も含まれてるって考えてもいいのかな?」


 無駄な争いを起こさないために自ら故郷を去り、2度と帰らない。それはきっと誰にでもできることじゃない。それにカントリ林にニオンの友人が帰って来てもニオンはそこにはいけないし、会いにもいけない。それはその友人がニオンの元に会いに行こうとしても同じだろう。それまで過ごしてきた大切な生まれ故郷を失うのがどれほど辛いのか、俺は経験したことがないから想像もつかないが、ニオンのその切なげな表情を見て、それは自分の一部を無理矢理引き裂かれたような気持ちに違いない。

 そこに割り込む高沢、そのなにかを期待するような眼差しに少し疑問を覚える。現時点でも高沢は大変な立場のはずなのに、なぜわざわざ自分から苦労を背負い込もうとするのか、と。


「いや、含まれてはないな。だって高沢だし」


「えっ、それはそれで酷くない!? 私だけハブるの!?」


「別にハブってはないぞ。迷惑かと思っただけだ。もしかしたら命の危険があるかもしれないんだ。勝手に含めるわけにもいかないだろう?」


「……大丈夫。私の切り札、《光剣術》を使えば勇者1人くらいならなんとかなるから」


「そうか? 高沢がそれでいいなら構わないんだが……」


 高沢のその言葉には自分に言い聞かせるような、なにかに対しての覚悟めいたものがあった。


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