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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第60話 栄光讃歌のグローリー


 私はあの日、紛れもなく運命に出会った。いや、死神と出会ったと言い換えた方が正しいかもしれない。いやいや、やり口からするとやっぱり邪神の方がしっくりくるか。

 そんな彼が私の人生に与えた影響は計り知れない。出会った時は恐怖しかなかったが、今では感謝しかないし、実はいいヤツなのだと思っている。だが、本人は嫌がるだろうな。よって彼の不興を買わないために、ここは敢えて悪魔みたいな所業を平気でやる外道と呼ぶべきだろう。






 その外道は突如として現れ、1つの国を焼き払った。その国が支配していた領土は大陸のほとんどを手中に収めていたため、結果的に大陸1つを滅ぼした。


 私も当時はその国にいた。自分の手を汚してでも、叶えたい理想があったからだ。そのためにその国で軍資金を稼いでいた。なお、私には商才があったらしく、そこまで時間はかからなかった。

 その日、やっと一定の額が貯まったので、この物騒な国をお暇しようと思いながら家に帰って荷物を纏めて、さあ、出発と腰を上げた瞬間に街、というか国のあちこちで火災が起こった。

 私は荷物をしっかり持って火の回っていない場所へ場所へと逃げ出した。逃げる中で見た街の中は地獄絵図だった。人が生きたまま焼かれ、死体が折り重なり、井戸にある残り僅かな水を巡って殺し合いが起こり、火事場泥棒として民家に押し入る者、暗がりで女を襲う男。

 この火災の最中にも、人々の下衆な欲望が嫌というほど目についた。けれども私はそれを止めることはできなかった。ひとえに私が弱かったからだ。1人の人間としても、ある理想を謳おうとしている自分としても。


 そんな私ではあったが、無事この地獄から生還できた。いつ欲望で目を濁らせた外道に家が襲撃されてもいいように、私は常に最短で街を、国を脱出し、他大陸に逃げるルートを確保していたからだ。

 だが今は国中が火災で危機的な状況なのだ。普段通りには、想定していたようには事は進まなかった。用意していたルートや手段はほとんどが使えず、ここで死ぬのかもしれないと覚悟した。

 お金以外の数少ない荷物の中から脱出プランがメモされた手帳を取り出して、必死になにか手はないかと探すと、最後のページに1つの光明を見出した。

 最初考えた時は「これ絶対使わないわ」と自分で一笑に付したのだが、まさか実際に使うことになるとは思わなかった。


 下水道の壁に穴を開けて作った隠し通路から外へ出ると、まだ火や煙がきていない山の中腹に辿り着いていた。

 ある時、酷く酒に酔っていた私は、とんでもなくいい案を思いついたと、地下に張り巡らされた下水道の壁の一部を壊して近くの(一般的な人が徒歩で1時間かかる距離の)山までの地下通路を掘った。

 当初、酔っていた時は時代を変える革命のような名案だと思っていたのだが、今、考えるとなにをもってして名案だと思っていたのかさっぱり分からない。しかし、その悪酔いのテンションのお陰で助かったのだ。

 暗い通路を出ると、そこからは目が眩むほど眩しく燃えていく国の光景が一望できた。私が犯人なら、ここで自分の行いで1つの国が滅んでいく様をぼんやりと眺めてるなー。なんて考えながら歩みを進ませると、そこに既に先客がいたことに気づいた。


 年は若い。多分、私と同じくらいで成人していない。全身は白尽くめで、着ている服の袖などの衣服の縁には目玉が連なったような赤い二重螺旋模様が描かれており、同じ模様のマフラーを首に巻いていた。コートを羽織っているが、ボタンは留めていない。そのコートにはフードがついているがその人物は被っておらず、その横顔が露わになっていた。黒髪で瞳は混じり気のない黄金、色白の肌に中性的な顔立ちの少年だ。

 これが国中が火災になるような異常事態でなければその容姿がもたらすであろう利益目当てに声をかける輩は大勢いただろう。


 その背後には人間1人分のサイズもある、とある兵器の頭部があった。この国の技術の粋を集めて作られた、魔王を殺す兵器。それがいとも容易く屠られていた。辺りを見渡すと、その兵器の残骸と思しき物が散乱していた。

 だが妙だ。私は他人よりも耳がいい方で、今日、この火災が発生するまであの兵器の戦闘で起こるような轟音どころか、度々起こるゴロツキ同士のイザコザの騒音も聞こえなかった。


 魔王は無数の魔物たちを率いる王だ。その戦闘能力は比較的弱い個体でも1つの国の軍事力の全てを動員しなければ太刀打ちできないと言われるほど。

 あの兵器は魔王を殺せる。ならばその兵器の戦闘は凄まじいものになる。だというのに、その力を遺憾なく発揮して戦ったはずの兵器は、無音でその戦いを終えていた。

 つまり彼は魔王を殺せる兵器を一瞬で、しかも大きな音を立てずに破壊できる存在だということだ。これほどまでに圧倒的な実力差、両者の間に起こったことは果たして戦闘と言えるのだろうか?


 そしてその外道は無傷。しかもあちこちで火の手が上がっているにもかかわらず、その一点の曇りのない純白のコートに煤などによる汚れはなかった。

 その人物は私を見つけても、燃えていく国を見るのと同じように興味なさげな眼差しを向けるだけだった。


 ————フレン・カタリシスの手記より一部を抜粋。






「お嬢様! フィリアお嬢様!」


「……なに?」


 私が無駄に広い廊下を、庭を駆けるかのような気兼ねのなさで走っていると、突如として後ろから声がかけられた。その声の大きさに思わず身を縮めて振り返ると、そこにはメイド服の女性がいた。彼女は格好だけの存在ではなく、正真正銘のメイドだ。そんな彼女が私を追っている。理由は単純、


「なに? ではありません! あなたはいずれこの家を背負って立つお方。将来のために今は学問や剣術、マナーや様々な教養を修めていただかなければならないのです!」


「えーっ。メンドいからヤダ」


 私が雇い主の娘でお嬢様だからだ。


「……フィリア」


「げ! お、お母様」


 そこにいた、というかさっきまでは姿はおろか気配すらなかったのだ。どちらかと言えば現れたと言った方が正しい。

 そんな彼女は私の母親で、獲物を射竦める肉食獣のようなきつめのまなじりは今、私に向けられており、結構居心地が悪い。

 もっともその力は目つきだけでない。レベルは80を越しており、事実、かなりの猛者だ。


「あなたの今の姿をご先祖様方が、初代様がご覧になったら、どれだけお嘆きになるか。彼らが脈々と継いできた誉れある役目をいずれあなたが受け継ぐのです。そしてそのために常に精進せねばなりません。『常に成長することこそカタリシス家の人生』。それが我々の家訓だということを忘れてはいませんよね?」


「……忘れられるわけないじゃん、だってそれ言ったのは……」


「ええ、かのフレン・カタリシス様。私たちの祖先であり、そして我々カタリシス家の人間の永遠の目標であるお方。分かったら部屋に戻りなさい。まだ今日の授業は終わっていませんよ」


「うぅ、分かりました、お母様……」






「あー!! なんでこんなことにィィィィィ!!」


 その日、私はサボった分を上乗せされて長くなった、家庭教師による授業をみっちり受けさせられた。自由時間が潰れたせいでゆっくり休めたのが寝る前の僅かな時間だけ。その時間を使って自分の置かれている現状を大声で嘆いていた。


 ことの発端は16年前、つまり私が生まれた年だ。私は一時の気の迷いでなぜかもう1度人生を送ることになった。それもこれもあのグローリーと名乗る外道のせいだ。






 燃える大陸から逃れて数十年、私がなんの未練も残さずに家族に看取られて大往生を果たすと、いつのまにか私は年老いた老婆の姿から瑞々しい少女の姿に若返っていた。

 しかもそれだけではない。私は確かに死んだはずなのだ。目を閉じればもう2度と自力では瞼を開閉させることはできないとそう確信して目を閉じたはず。

 それなのにこの状況は一体? そう思うも、思考を巡らす段階に至ることはなかった。その疑問は次の瞬間に氷解したからだ。


『ふむ、どうやら意外に長生きできたようだな』


 そこにいたのは、オシャレな飲食店のテラスで本を読む、かつてグローリーと名乗り、燃える国を眺めていた少年。そして私を私たらしめてくれた恩人。彼は以前会った時と変わらぬ様子でそこにいた。白い服装も中性的な容姿も、左目を覆う黒い眼帯も。



『ここはどこ? 私は死んだはずよね? もしかしてここは地獄?』


『いや、違う。ここは俺の世界だ。用があってお前の魂をここに呼んだ。とりあえず座れ』


 私は彼に促されるままに彼の向かいの席に座る。丁寧なことに私の分の飲み物が既に用意されていた。ティーカップに入れられた琥珀色のそれは、私の最も好きな飲み物。全くもって準備のいい人だ。


『……それで? 馬鹿げた理想には近づいたか?』


『正義の味方になりたい。生憎、その理想は私の一生全てで届くようなものじゃなかったみたい。けど、グローリー、なんで私を呼んだの? まさかこんなことを聞くために呼んだわけじゃないよね?』


『ああ。要点だけ言おう。このままいけば数百年後、カタリシスの血は、理想は、信念は途絶える』


 彼の黄金の瞳はこちらを真っ直ぐ見据えて、まるで見てきたように、確定事項であるかのように言い切った。


『!? どういうこと?』


『一族の長の証を継承できるものがいなくなるからだ。そして没落していき、その理念は過去のものになる』


『どうして私にそれを教えるの? なにか魂胆があるんでしょ?』


『ああ。話が早くて助かる。その時代はいろいろと荒れる。だからお前がその時代に生まれ変わって、手ずから対処にあたってもらいたい』


『なんでそんなことをあなたが————』


『悪いが時間がない。「はい」か「いいえ」で答えろ』


 見ると、空間のあちこちに亀裂が走っている。今までは街ほどに広かったグローリーの世界は、この飲食店以外が白い光の中に消えていた。あと1、2分が限界なのだろう。


『分かった。あなたの真意がどこにあるかは分からないけど、受けてあげる。それに末裔にまで私の理想に付き合わせてるんだから、当の本人の私が頑張らないとね!』


『それでいい。付け加えると、お前が生まれ変わるのは、それがなければ本来なら流産して死ぬはずの命だ。くれぐれも死なないようにしろよ』


『え゛!?』






 生まれ変わった直後に死にかけるという事態に見舞われたが、なんとか命を拾って、その後はこれといったトラブルに見舞われることなく健康に育ち、今に至る。

 800年前に1つの国が焼き尽くされた日にグローリーと出会い、問答の末に一応、という形だが認められたお陰で、悪人であるという有罪判決を受けて燃やされずに済んだ。

 グローリーが言っていた一族の長の証とは、私が「ここから生き延びて他の大陸に移り住んだら正義の味方になりたいから、なんかすごい力をください(要約)」とグローリーにごねにごねて、その対応に疲れ果てて渋々といった様子の彼から譲り受けた武器のことで、正当な持ち主が持てば、そのイメージに応じて形を変える万能兵装だ。


 生前の容姿と瓜二つだったのには驚いたが、多分グローリーの配慮だろう。

 それ以外で生まれ変わって驚いたことは、ステータスと勇者、冒険者の存在。いずれも私の生きていた800年前にはなかったもので、しかも人々はそれを当たり前のように受け入れていることにさらに驚いた。

 しかし、1番驚いたのは私の力が全盛期の状態のままだったことだ。もしこれでただの小娘からリスタートだったらぶん殴りに行ってた。ちなみにレベルで測るなら450。高いのか低いのかイマイチ分からない。仮にも後世で世界3大有名人の一角に挙げられるのだ。これは多分かなり高い部類に入るのだろう。


 私がフィリア・カタリシスに生まれ変わる前の名はフレン・カタリシス。そう、かの有名な正義の味方であり、その一族の始祖だ。



Q.なんで生まれ変わったのに勉強で結構苦労してるんですか?


A.理想と商才はあったけど学はなかったから。

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