第58話 勇者、再登場
受け付け職員とのちょっとした会話を済ませてギルドを出ると、特にこれといったあてもないので賑わっている昼間の街を歩く。用事はあったのだが、店に行ってポーションなどの消耗品を補充するだけだったのですぐに済んだ。
本来なら、すぐに拠点に戻るために人目につかない路地を目指すはずだったが、2人との思い出の光景が現在の街の光景に重なり、過去には戻れないことを痛感して感傷的になった俺は、2人の姿を幻視しながら街を見て回る。
「……」
あの通りを一緒に歩いた。あの店で3人で食べた昼食は美味しかった。くだらない理由で喧嘩もした。燃香主催の女子会に巻き込まれた。道に迷った時は屋根の上を3人で移動した。あの店でそれぞれが選んだ服の感想を言い合ったりした。あの高台から見る夜景は綺麗だった。拠点にある各々の自室で使う家具を3人で買いに行った。依頼を達成した帰りに買い食いをした。それぞれの誕生日がきたら皆んなで祝おうと約束した。
一緒に過ごした時間は2ヶ月ほどしかないが、俺にとって2人はいつのまにかかけがえのない存在になっていた。それにこの日々がいつまでも続くと無条件に信じていた。
「(もっと強くなる。この世界で安心安全を選びとるには、何者にも傷つけられることがないほどの強者にならなきゃだめなんだ。もう俺の平穏な人生を誰にも脅かさせはしない。2度も同じことは繰り返さない)」
1時間ほど街を見て回り、キャドン山の頂上に行っても無事帰れるほどの強さになるためにそろそろこの日も依頼をこなしに行くつもりだったのだが、聞き馴染みのある声に呼び止められた。
「葉桜君? うわー、久しぶりだね。元気だった?」
「高沢か。……別に普通だ。いつも通り」
「本当? ならなんで1人?」
気づくと目の前に仁王立ちするラフな格好の高沢がおり、久しぶりに会ったことを感慨深げに呟く。しかし、彼女と話しているような余力は今の俺にはないので避けて通り過ぎようとすると、高沢は駆け寄ってきてしかも速度を合わせて横に並んで歩き始める。
「ちょっと用事があってな。お前こそ勇者してなくていいのか?」
「私にも休みくらいあるよ。それより聞いて、この前、不法入国した他国の勇者を捕まえたんだけどさ!」
遠回しについてくるなと言ったつもりだったのだが、高沢に効果はないらしく、遠慮なく距離を詰めてくる。
「不法入国?」
「うん。勇者は強力な存在だから、基本的に国外には出さないっていう取り決めがあるんだよ。……そういえば、ちょっと前に葉桜君は神聖国レインボーに行ってたけど、なんで勇者なのに外国にいけたのかな?」
「いや、だったら高沢はどうなんだよ? 勇者は国外に出れないんだとしたら、高沢は勇者じゃないってことにならないか?」
「その時の私は転移してきたばかり。だからまだ私が勇者だっていうのは世間にはバレてなかったからなんの問題もないんだよ。……って今の理屈だと葉桜君も問題ないのかな。最近転移してきたわけだし」
「……そうだな」
「あれ? 認めるんだ。前は勇者じゃないって言ってたのに……」
初対面の時から今日に至るまで、高沢は「転移してきたんだよね?」と事あるごとに聞いてきていたが、俺は常に否定してきた。もっとも、ミスリードさせたり、嘘はついていないが本当のことも言わない、という手段で誤魔化してきたわけなのだが、今日は違った。
2人と一緒に戦えなかった、なにもできなかった、もっと強くならなければならない。といった心労のせいか、今の俺に隠す気力はなかった。それに端から高沢に隠す意味なんてなかっただろうし、2人がいなくなった今、もうこの世界に気にかけるべき存在はいないのだ。慎重さもいらないし、後悔云々を考える必要もない。気を配ることもない。
「転移してきたのは認めるが、勇者じゃないのは本当だ」
「?? 転移して来たのに勇者じゃないってどういうこと?」
「ざっくり言うと、召喚じゃなくて送還って感じだ。この世界の人の意思が関わってるものじゃない」
「へー……なんかワケアリなんだね。あ! そうそう不法入国の話だけど」
「逮捕してなにか問題でも起こったのか?」
被害者ヅラしてこのような問題が起こるなんて大変遺憾だ、とでも言われたのだろうか?
「そこなんだよ。捕まえたのはいいんだけど、議長はなにを考えたのかその勇者を丁寧にその国に送り帰しちゃったんだよね……」
「……で?」
「で? ってなに?」
「いや、今の話のオチは?」
「オチなんてないけど……議長が他国に貸しを作って、悪巧みするために犯罪が揉み消されるのはどうなんだろう? って思って……」
「それはその国のトップの方針次第だな。それに、政治に関わる人は身綺麗じゃいられないんだろう」
まあ、評議会議長は身綺麗云々の例には当てはまらないけどな。なんというか、積極的に悪事に手を染めている節があるように思える。勇者である高沢を秘密裏に外国に出国させ、俺たちに刺客を差し向けたり、評議会を私有物化したりと、やってることが悪党のソレだ。いつか高沢辺りの正義感が強い人に潰されそう。
「納得いかない……」
「俺はそれでいいと思う。そんな考え、理解できない方がいいに決まってる」
「……なんか、葉桜君暗いね? やっぱりなにかあった? ほら、顔とか、死人みたいだよ?」
彼女は顔を顰めて上司の悪性を嘆く。血管が浮き出るほど握りしめられた拳は震えており、自分ではどうしようもない、やりばのない怒りと無力感を抑え込もうとしているようだった。
高沢への俺の本心から出た相槌に、彼女はまるで未確認生物でも見たかのような反応をする。
そんなに意外か? 確かに、高沢に俺への好感度が上がるような行動なんて、今まで1度としてとったことはないが、それでなんで俺が元気がないってことになる? いつもと全く同じはずだ。顔色だっていい、はずだ。……そのはず。
「……別に、なにもない」
「やっぱり暗いよね? いつもだったら、なんで他国の勇者が不法侵入なんてしたんだ? とか遠慮なしで聞くはずだけど?」
「いつもって、そもそも俺たちそんなに長い付き合いじゃないだろ。……はぁ。で、なんでか知ってるのか?」
……やっぱり調子が狂う。高沢と話していると、いつもある程度会話を成立させないといけないのでは? 帰してくれないのでは? というような気がしてくる。
早くキャドン山の頂上に行けるくらいになりたい。ゆえに脇目を振ってる時間はないのだ。そんな今の余裕のない俺からすると彼女との会話は溜め息が出るほど面倒だが、まともに会話するまで帰してくれないような気がしたので会話に応じることにした。なにもしていないとたった1人になってしまったことを強く意識してしまうという理由もある。
今、この世界でたった1人だけでいるのは自分だけなのではないかと馬鹿げた妄想まで浮かんでくる有り様なのだ。少しは休むべきか。
「そうでなくっちゃ。なんていうか、最近、勇者が変なんだよね」
「……」
「なんで私を見て沈黙するのかな? あれかな? 『お前、元から変だろ? 変なヤツが他人を変って、新手の自虐なのか?』とでも言いたいのかな?」
「……いや、さすがにそこまでではない。ってか、変ってなんかふわっとした言い方だよな。ステータスの伸びが悪いとか?」
なんで分かった? さては超能力者か。いや、スキルや特性なんて異能があるんだ。心が読めても不思議なことはないか。
「そこまでではないって……。はぁ、別にそういう実害があるわけじゃないんだけどね。私の聞いた話だと、各国の勇者の行動や言動が不穏なんだって。突然強くなったり、思考が過激になったりいろいろだけど、総じて険悪なムードなんだよね……」
「勇者って言ったって、大半はついこの前までは学生やってたような子どもだろ? 異世界に来てすごい力を得たら自分に酔って調子乗るのは割と普通のことなんじゃないのか?」
「すごい偏見だね。まあ、確かに勇者は若い人が圧倒的に多いよ? わざわざ年取った人を呼ぶよりも、若い人を呼ぶ方が戦力的に有利だから必然的に年齢層が低くなるのは当然なんだけどさ。でもここ最近の勇者の不穏ぶりを見聞きすると人々を守るって本業を忘れてるとしか思えなくてね。戦争に対しての抑止力にならなくなるんじゃないか不安だし、いつかこの世界の人同士の争いに駆り出されるかもしれないって思っちゃうんだよね……」
「戦争、か……世知辛いな」
この前、隣国(引いては世界)が未知の侵略者によって滅亡の危機に瀕していたというのに、次は人間同士の争いかよ。というか、そもそも子どもに抑止力なんてさせるなよ。勘違いして調子に乗ってしまうとは思わないのか……いや、勇者を召喚すれば手っ取り早くSランク冒険者と同等かそれ以上の戦力を確保し、自国の軍事力を拡充できるんだ。呼び出される人間の人格に多少の問題があったとしても、デメリットよりもメリットが勝り、かつ戦力になればそれでいいと考えているのだろう。あるいはどこも問題にはしないのか、問題が起こって邪魔になったとしても、複数の勇者で包囲殲滅して殺せばいいというのが常識なのかもしれない。
「そうだ! 今度、異世界転移した人で会わない? この国には私を含めて3人の勇者がいるんだけど、どう?」
「そうだな、それもいいかもしれない」
「そっか、ダメ……じゃないの!? もしかして葉桜君、余命幾許もない重病人だったりする!?」
「いや、それはない」
この話の流れでなぜそうなったのかは分からないが、以前ならともかく今の俺に断る理由はない。しかし、承諾したらしたで重病人扱い。彼女が俺に抱く印象とは一体?
「それは、ってことはそれ以外になにかあるってことだよね?」
「そんなものはない」
「ぁ……ごめん、聞いちゃいけない話題だったんだね」
俺の速すぎる返事と声のトーンで、高沢は2人の身になにが起こったのかを全て察したのか、その表情が一瞬にして曇り、その端正な顔が悲しみに彩られる。しかも、今にも涙しそうな雰囲気すらある。というか既にその瞳からは大粒の涙が溢れていた。
高沢は、たとえ顔見知りレベルの相手の身に起こった悲劇にも、涙すらできるほど優しい人間なのだと、俺は理解した。それと同時に、最初に知り合った勇者が高沢でよかったと心から思った。
「……別に気にするな。それでいつ集まるんだ?」
「え? ……ああ、そうだね、いつにしようか……じゃ、じゃあ、今からにしない?」
「今から?」
「うん、今から。さあ! 行こう!」
「お、おう……」
間違いなく気を使われている。それが分かるからこそ、目元を赤くした彼女を無碍に扱うことはできず、結果、高沢の勢いに負けて承諾することになった。
場所を街の大通りから高級ホテルみたいな外観の建物に移して、その一室で高沢の紹介の下、俺は彼女を含めた3人のこの国の勇者たちと対面していた。
「高沢、こいつも俺たちと同じ世界の出身ってマジかよ?」
「そうだよ。紹介するね、彼は葉桜結理君。苗字の葉桜は分かるだろうから置いといて、名前は髪を結うの結に、倫理の理で結理君」
「初めまして、僕は青葉立花。よろしくね、結理」
「こちらこそよろしく」
そう名乗った彼は中々整ったルックスで、眼鏡をかけた好青年然としていた。黒髪で身長が高く、引き締まった体からは勇者として日夜鍛錬に励んでいることが見て取れる。しかも、どこも馬の骨とも知れぬ、さらには愛想もクソもない態度の俺に対してもフレンドリーに接する姿勢は、アイアスを思い出すほどの爽やかさだ。
「ハイ、次は久喜君ね」
「あぁ? なんで俺が自己紹介なんてやらなきゃならないんだよ。やりたい奴だけでやってろ」
「彼は久喜正輝。結理君、よろしくしてあげてね」
「なんでお前が言うんだよ」
高沢の「自己紹介は?」という視線と言葉に抗議するようにガンを飛ばす少年は、頭髪を不自然なくらいの金色に染め、整った容姿の部類には入るがどこか陰険さ感じる容姿をしている。
言っちゃ悪いが公共の場にたむろして他の人に迷惑をかけるタイプの不良にしかみえない。
「だって同じ世界の人同士だよ? 仲良くしないとダメだと私は思う」
「知るか。俺はもう自分の部屋に帰る」
そんな久喜正輝は無愛想どころか、こちらに嫌悪の感情すらこめているかのような眼差しを向け、乱暴にドアを開閉して退室した。
俺、なにかしたか? 全く心当たりないんだが。
「……全く、協調性のカケラもないんだから」
自分と同じ勇者の痴態に、呆れた様子の高沢の声が部屋に響き、一方の青葉立花は「またですか」と言いたげな微妙な表情をする。
……勇者って、大変なんだな。




