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第91話 孤児院での日々

 無事「鑑定の儀」は何事もなく終えることができた。普通の5歳児よりも多少ステータスの値が高い程度だった結果に、孤児院の院長を始めとした職員は首を傾げていた。


『(やっぱり怪しんでいたんだ……昨日のうちに目覚めて良かった……)』


 少々寝不足がつらかったが、昨日見た自分のステータス画面のことを思えば大したことはなかった。

 この5年間はこの世界のすべてを理解するには時間が足りなかったが「異能者(ミュータント)」に対する人々の認識は多少なりとも分かっていた。

 というのも、子どもに聞かせる寝物語や教訓話の中には異能者に関する話もあるのだ。そして、その大半が「異能者には近づくべからず」と言っており、要は「化け物扱い」だ。その特徴も他の子どもたちが職員に質問をするので、職員たちは切々と語って聞かせていた。

 記憶が戻る前、異能者に関する話をしていると時々職員たちが優梨を一瞥することがあった。それまではその視線の意味が分からなかったが、今なら分かる。


『(つまりは“お前もそうじゃないだろうな?”ってことだよね……怖っ!)』


 もしも昨日の時点で記憶が戻らなければ、戻っても何もしないでいたら。その先に待ち受けていたであろうことに優梨は身震いした。


『(でも、ステータス値はあくまで“表面上”書き換えただけ。実際はあの通りなんだから、何か対策はした方がいいよね……)』


 優梨は他の子どもたちが鑑定を受けているのを横目に、すぐ側の窓から空を見上げた。


『(……神様は私以外にも同じような子がいるって言ってた……他の子は大丈夫なのかな)』


 正直、自分がこうして今度のことを考えて対策を打てたのは「18歳の記憶」があるからだ。しかも普通の18歳の少女なら経験しないようなことも経験している。だからこそ考えられている。


『(でも、他の子は普通の5歳児……意外と《鑑定》が色々と教えてくれているけれど他もそうとは限らないし……)』


 優梨は無意識に自分の胸元に手を当てる。


『(私と融合した魂……あれは何度も傷つけられて弱った魂だって言っていた。魂が傷つくほど酷い扱いを受けるってことだもんね。……無事、いつか出会えればいいな……)』


 それまでは自分も無事にここで過ごさなければいけない。基本的に孤児院にいられるのは18歳までだ。少なくともそれまでは何としてでも隠し通さなければいけない。そのために自分がするべきことをしようと優梨は心に決めた。




 優梨がいる孤児院では7歳になると色々とスキルに応じた仕事を手伝うようになる。それまでは基本的に自由に過ごし、年上の子は下の子の相手をするのが常だ。

 しかし、優梨は職員から怪しまれていたせいか年下の子の相手はせず、1人で過ごすのが日常だった。記憶が戻る前はその事を寂しく思ったり、他の子を羨ましく感じたりしていたが、今となっては逆に好都合だ。

 5歳になると孤児院では勉強の時間があった。簡単な文字や計算の勉強だが、それ以外の時間は基本的にやる事は決まっていない。そんな時、優梨はいつも1人で絵本の部屋で本を読んだり、それなりに広さのある庭の隅で遊んだりしていた。


 鑑定の儀の後、優梨はいつものあまり人が来ない庭の隅に向かった。そこは離れていながらも建物の周りで遊ぶ子どもの様子や外壁にかかる時計が見える。


『えっと、まずは人が来難くて、こっちの音が聞こえなくて……。念のためこっちの魔力が漏れない結界を張る。……できたかな?』


 無意識に鑑定をかけると、無事に結界が張られていた。想定していたより一回り程広いが問題はなさそうだ。


『まずは自分のステータスを見たいけど、スマホとかタブレットみたいなスライドタイプで《ステータス》!』


 スマホやタブレットの操作の様子を想像しながら唱えると、大きめのタブレットサイズでステータス画面が現れた。タブレットを操作するように手を動かすと、ステータス画面をスライドさせたり、拡大・縮小させたりできた。おまけに気になる言葉に触れると、注釈画面が現れるようになった。


『うん。うまく調整できるまではこれでいいかも。そういえばこれって他の人にも見えるのかな……。あっ、解説出てきた』


 優梨はステータス画面の横に現れた解説画面を読む。




【ステータスの開示について】

 《ステータス》を含めた《鑑定》による結果は、使用者のみが知ることができる。

 他者に共有する場合は《鑑定》関連の魔道具を使用する、または自分のステータスのみ《ステータスオープン》で見せることができる。

 ただし、魔道具でも《ステータスオープン》でも本人が《ステータス隠蔽》を使用していた場合、隠蔽した結果で表示される。




『……問題なさそうだね』


 優梨はホッと安心すると解説画面は消えた。改めて自分のステータスに向き合う。


『んー。まずは“今の私がレベル上げとか練習をした方がいいスキル”はどれかな? 優先順位で……』


 ステータス画面に向かってそう言うと、見ていた画面が横に移動して目の前に新しい画面が現れた。そこにはズラッと名前が並んでいる。


『思ったより多いけど、最優先はこの上にある赤いのかな?』


 優梨は画面の一番上に並び、赤く光っている3つのスキル名に触れる。




【魔力探知 レベル1】

 潜在スキルの1つ。

 人間や魔物を含めありとあらゆる魔力を探知する、または自分の魔力を感じ取るスキル。

 レベル41以上になるとスキル発動時に魔力を可視化して探知することができる。

 他のスキルとの併用も可能。

 レベル31でステータス表示する。


【魔力操作 レベル2】

 潜在スキルの1つ。

 自分の魔力をコントロールするスキル。

 レベルが高ければ高いほど、細やかで洗練された魔法の発動ができるようになる。

 また同じレベル・同じ魔力量で、威力を増して発動することも可能になる。

 レベル31でステータス表示する。


【魔力制御 レベル1】

 潜在スキルの1つ。

 魔力量1000から使用可能。

 通常、体外へ放出している魔力の量を抑える。

 また常時の魔力暴走を防ぐことができる(非常時はレベル数や使用制御装置の有無などでできないこともある)。

 レベル31でステータス表示する。


【潜在スキル】

 ステータスに表示されないスキル。

 適正はあるがまだ会得していないスキル、またはステータス表示に条件があるスキルも含む。

 《鑑定》スキルがレベル81になると見ることができる。




『……体外に放出している魔力? それに魔力暴走って……』


 震える指で恐る恐る画面に触れた。




【体外に放出している魔力】

 通常人間や魔物だけでなく動物や植物、ただの石に至るまで魔力を持つモノは外へと魔力を放出している。

 《魔力探知》はこの放出されている魔力を基に探知を行っている。

 放出量は持っている魔力量に比例して多くなる。

 放出量が多いほど《魔力探知》で探知されやすく、魔力を好むモノをおびき寄せやすくする。

 また対峙した相手に魔力による「威圧」をかけたり「状態異常:恐慌」を起こさせやすくなってしまう。

 人間の場合、魔力量1000を超えたら「魔力制御」を覚えることを推奨されている。


【魔力暴走】

 魔力操作および魔力制御ができなくなり、暴発・爆発すること。

 その威力や周りに与える被害は、魔力量に比例する。

 心身が未熟、情緒不安定など暴走に至る理由は多岐に渡るが、具体的な原因解明は未だにできていない。


 魔力暴走を防ぐには2つ方法がある。

 ①《魔力操作》《魔力制御》のレベルを上げる。必要なレベル数は魔力量による。

 ②魔力制御と魔力吸収に特化した魔道具を身に付ける。


 一度魔力暴走を起こすとその後も同じ理由で暴走する可能性が極めて高くなる。

 魔力暴走は一定の時間がたてば収まるが、途中で止める方法は起こす理由と同じく多岐に渡り、人それぞれである。




『――“なお優梨()の場合、魔力暴走を起こす可能性がほぼ無くなるのは、魔力制御装置の使用状態で《魔力制御》レベル500、制御装置無しではレベル800が必要である”。……前途多難過ぎない?』


 優梨は自分の《魔力制御》のレベルを見て絶句する。


『……とにかく最初は気休めでしかないだろうけど、この3つのレベル上げを頑張ろう。《魔力探知》は自分のだけでもいいみたいだし、《魔力操作》は少しずつ魔法を使っていれば良さそう……《魔力制御》は短い時間から始めて、最終的に無意識でもずっと使える状態になればいいかな……』


 レベルは基本的に高くなればなるほど揚げるのが困難になる。ステータス画面に載っていたレベルに到達するには何年もかかるだろうが、やらないよりはいいだろうと考えた。




 それから優梨の秘密の訓練の日々が始まった。孤児院での基本的な生活や勉強の時間以外の自由時間は、全て訓練にあてた。

 初めは失敗ばかりで中々レベルも上がらずにじれったい思いもした。ある時、ゲームなどで見かけるように経験値が分かるようになったらどうかと考え、レベル以外に経験値もステータス画面で表示されるようにした。すると、目標が分かりやすくなっただけでなく数値が上がる様子も見られるようになり、モチベーションが上がるようになった。コツコツと経験値を溜め、ついにレベルが上がった時は嬉しかった。

 《魔力操作》の方は攻撃系の魔法以外で訓練することにした。主に《治癒属性魔法》か《無属性魔法》の支援魔法や生活魔法を使っている。《植物属性魔法》も攻撃以外に使える魔法だったが、あまり植物に使いすぎると枯れたり魔物化したりと弊害が大きいため止めた。他にも本当なら訓練できそうな魔法がいくつあったが、これだけに絞って訓練している。

 また、練習に使用しているわけじゃないが《鑑定》・《結界》・《時空属性魔法》もよく使っていた。《鑑定》と《結界》は訓練時に他の人にバレないようにするために結界を張り、訓練の成果を見るために鑑定している。それ以外にも《鑑定》は優梨の疑問に答えてくれるのに最適だからだ。《時空属性魔法》は収納系で最上級の魔法にあたる《無限収納(インベントリ)》が使えることを知ったからだ。

 孤児院では私物の紛失や横取りが日常茶飯事だ。それで使ってみると思いの外うまくいき、それからは失くしたくないモノはすべて《無限収納(インベントリ)》にしまうようになった。子ども一人一人に配られている鞄にしまうふりをして《無限収納(インベントリ)》にしまい、実際に鞄の中には盗られても構わないような物だけを入れるようにしている。その中身を確かめるのにも《時空属性魔法》だけじゃなく、《鑑定》で使えることも知った。




 優梨が前世の記憶を思い出してから2年後、7歳になると孤児院の手伝いが始まった。優梨は《無属性魔法》の生活魔法を使用しての手伝いが主だった。仕事の内容は端的に言えば家事と雑用だ。

 この頃にはだいぶ魔力操作のレベルが上がり、同年代の子どもたちと同じように見えるように使えていた。それでもやはり優梨の方が格段に仕事のスピードも仕上がりも上だったため、よく職員に褒められ、時にはご褒美をもらうこともあった。

 ただ、そのことに他の子どもが嫉妬し、どんどん他の子どもの担当分を押し付けられるようになった。ついには年上の子の分までやらされるようになり、極めつけはやる気のない職員の仕事を丸ごと押し付けられたりもした。これにはさすがの優梨も唖然としたが、前世での経験もあってかさほど気にせず受け入れてしまい、魔法が使える分楽だと思いながら淡々と仕事をこなしていた。それが気に食わなかったのか、日に日に仕事量が増えていることにはさすがに辟易もした。


『(大の大人が仕事としてやっているのにそれでいいのか……)』


 大量に積まれた洗濯籠を《身体強化》で運びながら優梨は考えていた。これでも前世ではアルバイトでバリバリと働いていた優梨からすると、モヤモヤとしかしない行動だ。

 不意に籠の山の半分が消えた。驚いて顔をあげると、そこには優梨より2つ年上の孤児院の子どもがいた。


『大丈夫か? 優梨』

曜輔(ようすけ)お兄ちゃん……』

『またずいぶんと押し付けられたなぁ』

『別に平気……』


 この曜輔という子どもは孤児院にいる子どもの中でも優梨に対して比較的に親切にしてくれる子だった。時々こうして雑用を押し付けられている優梨を手助けしている。

 しかし、優梨は前世での経験からあまり心から信用できなかった。そのためどうしてもつっけんどんな受け答えになってしまっていた。それでも曜輔は気にしないといった様子で声をかけてくる。もっとも、訳ありの子どもが多い孤児院では、優梨のような態度をとる子どもはあまり珍しくなかった。


『これ全部洗濯か?』

『うん……でも《清浄(クリーン)》ですぐ綺麗になる』

『洗濯機とか洗濯板を使わないのか? そりゃ押し付けられて当然だわな』

『……もう良いから返して。麥田(あおた)先生に見つかったらお兄ちゃんが怒られるでしょ』

『いや押し付けた奴がまず怒られるだろうよ』

『押し付けたの、麥田先生』

『…………』


 優梨の言葉に、さすがに曜輔も子どもながらに絶句していた。


『マジか……院長先生は知らないのか?』

『知らないんじゃない? 麥田先生、他の先生よりやる気ないけど要領は良いから』


 淡々と答えていると、何か言いたげだった曜輔はため息をついてそのまま優梨と一緒に廊下を進んだ。


『お兄ちゃん』

『良いから。洗濯場までは持っていくんだろう? そこまで付き合う』

『……そう』


 これ以上言っても聞かないだろうなぁと達観して考えられるのは、精神年齢は20歳前後だからだろうか。優梨は諦めてそのまま曜輔に運んでもらうことにした。

 洗濯場に着くと曜輔から洗濯籠を受け取る。曜輔は何か言いたげだったが、優梨は構わず作業を進めた。しばらくすると曜輔は肩を落として洗濯場を離れた。


『(ごめんね。でも……また誰かを信用して、それで傷つきたくないの……)』


 優梨の脳裏に名前も忘れた従兄が浮かんだ。幻としか言いようがない僅かな幸せな日々も……

 そのことを振り払うかのように優梨は頭を振り、目の前の作業に集中することにした。



ここまで読んで下さりありがとうございました!




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