第90話 記憶が目覚めた日
重い話が続いたので、小休止を兼ねた話です。
ありとあらゆる世界と時空の狭間で神と対話した優梨は望み通りの形で転生した。孤児院で育てられた優梨は、他の能力者の子どもと同じように育てられていた。
前世と神との対話の記憶は優梨が5歳になり、最初の「鑑定の儀」と呼ばれる儀式に出る前日に蘇った。記憶が戻った瞬間は色々と混乱を起こしたが、数時間もすればそれも落ち着いた。その日の夜、優梨は自分の記憶と自分の能力に関して整理をすることにした。
布団の中で他の子どもや職員が寝静まるのを待つ間、目を閉じながらまずは記憶の整理をする。
『(こっちに転生してからの記憶も一応ちゃんとある……でも、今一番ハッキリしているのは、やっぱり神様との会話だな……)』
その次が両親の記憶だ。思い出すととても懐かしい気持ちになる。同時にこれまでの間、何も知らない自分が信じていた両親の存在が一切ないのだと分かり、少なからず傷ついた。一方でもう両親の迎えを待つ必要もないのだとすっきりした気持ちもあった。
そして最後が、両親が亡くなってからの日々の記憶だ。ただ、この記憶は元々優梨の中でも断片的な部分もあったためか忘れていることも多く、さらには意図的に失くしたであろう記憶もあった。その最たるものが叔母家族の名前だ。家を出るまで優梨は確かに名前を呼んでいたはずが、今はどんなに思い出そうとしてもすっぽりと抜け落ちてしまったかのように思い出せない。他にも今思い出せる記憶以外に色々とあったはずなのに、やっぱり抜け落ちたかのように思い出せなかった。
『(でも、忘れたいと思っていた記憶ほど残っているから厄介だな……)』
仕方ないとはいえ、ほんの数時間前まで年相応の5歳児だった精神には少々重いと感じる。
『(……とはいえ、今は中身が18歳だし何とかなるかな……)』
そう結論付けていると、やっと他の気配が無くなった。優梨は一度辺りを見回した後、頭まですっぽりと布団を被った。
『(少しスペース狭いけど……えっ?)』
狭いと思った瞬間、布団の中が少しだけ広くなった。
『(えっ、なにこれ。これって戻る……戻った)』
戻ってほしいと思うとまた同じように全身に纏わりつくような狭さになった。
『(えー、私なんか無意識に使っている? 神様が言うには魔法がある世界だって言っていたけど……。とにかく調べなきゃいけないかな……)』
折角だからと、優梨は立っても余裕があるくらいの広さになって欲しいと考える。すると、布団の中がテントのように膨らみ、立てるだけの余裕ができる。試しに顔だけ布団の外に出すと、そこは優梨の体の分だけ膨らんでいるだけだった。
『(……魔法ってすごい。できたら、動いたり声を出してもバレない状態とかになれないかな……あっ、なったみたい?)』
うっすらと布団の面に沿って虹色の幕が張っているのが見える。
『……本当に魔法の世界に来たんだ』
思わずと言った風に呟く。とっさに口を塞ぎ、もう一度布団の外を見るが誰かが起きている気配はない。布団の中に戻り、大きく息をついた。
『こんなに思ったように使えるけれど、気を付けないと際限なく発動しそう……確かにコントロールができるようにならないと危ないな……』
ひとまずは自分の現状を知ることから始める。
『えーっと神様が言うには“鑑定”があるんだっけ……《鑑定》』
試しに唱えてみると、ゲームなどで見るような半透明の画面の様なものが次々と現れた。ただし数が尋常じゃない。
『待って待って。数が多いし、後ろの色が透けてなんか見にくい……あっ、青くなった。……じゃなくて、何でこんなに出るの! あっ、人避けと音遮断の結界が張られているんだ。……それもすごいけど、1回ストップ!』
叫ぶように言うと、現れていた画面は一瞬で消えた。優梨は膝をつき、肩で息をする。
『ハァハァ……こ、これは危ないどころじゃなくて頭と身が持たない……5歳児の脳みそにはキャパオーバー過ぎる……コントロールできるようになったら目的のモノだけ見えたりするのかな……』
同じ部屋で寝ている子どもの情報、他の部屋で寝ている子供や職員の情報、布団の素材、壁や床の素材、部屋に置いてある小物の情報、他の部屋の情報などありとあらゆるモノが現れた。優梨に自覚はないが、魔力が及ぶ範囲のありとあらゆるものを鑑定していた。そして、あまりにも情報過多だった。
『なんか、見えちゃいけない情報があった気がするけど忘れよう……』
呼吸が落ち着くのを待ちながら一度頭を整理させる。
『……そういえば、さっきの画面の中に自分の情報の見方があったような……確か《ステータス》』
今度こそ優梨自身の情報が見えた。ただ、先程よりも数は少ないが優梨が思うよりも現れた画面の数が多かった。
『ヒィッ、こっちもコントロールできてない……身長体重はともかく何で5歳児の情報にスリーサイズがあるの……筋肉量とか骨密度とかはギリ分かるけど、腸の長さって何!? 標準を知らな過ぎて長いのか短いのか分からん! 成長記録とかあるけど量が多すぎて読む気になれない!』
やけくそのように叫ぶとがっくりと項垂れ、鑑定の画面を一度すべて消した。
『ん~……何も考えずに使うと、とにかく使いすぎちゃうのか……慣れるまではよく考えてから使わないとだめなのかも。じゃないと色々疲れる……』
大きなため息をつき、もう一度鑑定をしてみることにする。
『えっと……とりあえずカテゴリとかジャンルとか分けて見易くして……内容は一般的な《鑑定》で見る部分……特に明日の“鑑定の儀”で見る部分だけに絞って……《ステータス》!』
何を鑑定したいかよく考えてから唱えると、さっきよりもだいぶ鑑定量が減っていた。
『うまくいった! えっと鑑定内容は名前、年齢、種族、職業、基本的なステータス値、スキル、称号に加護か……』
最初よりだいぶ絞り込めたとはいえ、その内容はまだまだ多い。
『孤児院の先生の話だと、スキルはかなりの数が存在して正確な総数は未だに不明……今でも新しいスキルが発見されるし、一個人にしか現れない固有スキルまで存在するみたいだけど……』
優梨は自分のステータス画面に並ぶスキルの数に呆然とする。
『……数えるのすら億劫になる。おまけにレベルが5歳児にしてはおかしすぎる……これが“災害級”かぁ』
頭が痛くなる思いだが、朝まであまり時間もない。明日の「鑑定の儀」に備えて《ステータス隠蔽》をすることにする。
『とはいえ、どう書き替えたらいいのか分からない……あっ、注釈が出てきた』
優梨のステータス画面上に小さな吹き出しの画面が現れた。そこには優梨が知りたいと思う情報の注釈が記されている。
『まずは名前と年齢は問題なし。職業は5歳児だから当然なしで大丈夫……何で種族が“一応人間”なの?』
疑問に思った瞬間、また注釈画面が現れる。
『なになに――現状人間の姿をしているが、もう1つの姿が存在するため――もう1つの姿?』
今度はステータス画面の「種族」の項目の下に「もう1つの姿:吸血鬼」と現れた。
『吸血鬼!? えぇ、なにそれ……』
頭が混乱し始めると、先に出ていた注釈画面が消え、新たな画面が現れる。
【もう1つの姿】
言わば“魂の種族”であり“汐崎優梨”とは別のもう1つの魂によるもの。
肉体は人間、魂は吸血鬼の種族という風に、2つの姿を持つため“一応人間”と表示される。
なお、この「もう1つの姿」は見た目や体質、スキルなどにも影響している。
画面の内容を読み、優梨は神との対話を思い出す。
神は、種族やスキルなどあらゆるものは生まれ変わる時点で通常はリセットされると言っていた。しかし“汐崎優梨”の魂と融合した魂は、一部を除いてスキルやレベル、種族や魔力までもが次に受け継がれる。聞いていた時は意味がいまいち分からなかったが、この「もう1つの姿」がそうなのだと優梨は理解した。
『はぁ……じゃあ、この基本ステータス値が異常なのもそのせいか』
優梨はチラッと職業の乱の下に並ぶ基本ステータス値を見る。そこには注釈にある一般5歳児の平均数値と比べると異常な数字が並んでいる。何なら参考に載っている一般成人の数値と比べても明らかにおかしい。優梨の数値は一般成人平均値と比べると、数十倍も数百倍も高い数が並んでいる。
『……と言うか、もう1つの姿が体質に影響って、吸血鬼だけど太陽とか平気なような……』
首を傾げていると、目の前に画面が現れた。
【吸血鬼】
魔族の一種族。居住は主に魔界だが、人間界でも欧米を中心に暮らす。
夜に活動し、人の生き血を糧とする。
日光・銀・聖水・十字架・ニンニクなどが弱点である。
かなり簡略化されている解説だったが、おおむね優梨が認識しているものと相違なかった。ただ、やっぱり弱点の部分が優梨には影響がないように感じた。
『……ん? “なお、優梨は肉体が人間であり純粋な吸血鬼と異なるため、いずれの弱点も当てはまらない。ただし純粋な人間とも異なるので、多少は他の人間より苦手ではある”。……なるほど』
何だかんだと自分の疑問に答えてくれる《鑑定》は便利なものだなと優梨は思った。
『とりあえず時間もないし進めよう。まず一般的な5歳児が持っていたらおかしいスキルは……赤く光ったね。この感じだと半分以上はあるなぁ。レベルを書き換えればおかしくないのは……点滅し始めたのが、そうかな』
ステータス画面は優梨が分かりやすいよう様々に変化する。それを基に書き換えを始めることにした。
『じゃあ、点滅していない赤いスキルを見えなくさせるように《ステータス隠蔽》!』
唱えると、赤く光っていた画面の文字が薄まった。同時に元々のステータス画面の隣に、他から見えるステータスの状態を表したパネルが現れた。
『なるほど。他の人はこう見えるわけね。この調子でどんどん書き換えよう。せっかくだから、問題ない部分は緑に、多少の修正が必要なのは黄色、問題ありで修正必須な部分が赤く光るようにして……終わるまでずっと書き換えできる状態で《ステータス隠蔽》!』
再びステータス画面の文字の色が変わる。その隣の画面は特に変化はない。
『うわぁ、ほとんど赤か黄色だな。とりあえず種族の“一応人間”を“人間”に直して……あっ、緑色に変わった』
思っていたよりも簡単に変えられることにほっと一息ついた。
『総合レベルが600越え……注釈だと5歳児の平均は5から10、多めの子でも20前後か……ここの院長先生、今までの記憶の感じだと私が普通の子どもじゃないって気付いているよね……。んー、レベル15くらいにしておこう』
総合レベルの項目も赤から緑色に変化する。
『次は基本ステータス値ね。えーっとHPに攻撃力、防御力に……どれもこれも1万越えって……これは平均値程度にしておこう。でも実際は他の子と大幅に違うのには変わりないから、本当に気を付けないと……』
ある意味こうしてじっくりとステータスを確認していると、他との違いも認識できるのでこの作業をして正解だと思えてきた。
『さてと……問題はこの魔力だけどぱっと見いくつか分からないな……。一、十、百、千……よ、40万越え……』
さすがに絶句した。すぐ横の注釈には一般的な魔力量に関して書かれている。
【魔力量について(人間)】
・出生時:~100前後
・5歳児:110前後
・一般人(成人):200~300
・一般的な魔術師など:500~800
・ベテランの魔術師など:1000~8000
・Sランクの魔術師など:1万前後
・賢者:5万前後
賢者に関して、優梨は孤児院で聞く物語でよく耳にした。魔術師の最高峰と呼ばれ、国家魔術師や宮廷魔術師よりもその実力は遥かに上を行く存在らしい。その賢者ですら魔力量は5万前後であることに優梨は愕然とした。
『……レベルも桁違いだけど、魔力はその比じゃない……これは、全力で隠さないと……』
しばらく悩んだが、一般の5歳児より少し多めで書き換えることにした。
『さてと、スキルの方は大半が非表示扱いなんだよね。……非表示にしたスキルと書き換え必須のレベルは、多分前世から引き継いだんだろうな。逆にレベルがかなり低めなのは引き継がないで現世で得たもの、黄色い半端な数字のは一部だけ引き継いだって感じかな……』
緑で表示されているスキルはレベルも一桁であり、5歳児ならば会得していそうなスキルばかりだった。黄色表示のモノは通常ならプロでや熟練と言われるレベル数だ。
『鑑定や結界、無詠唱は当然非表示だし……この辺の魔法系のスキルも念のため表示を変えて……ん? 全属性魔法って確かかなり珍しいのに黄色表示だ。何でだろう?』
首を傾げていると全属性魔法の表記が変わり、各属性魔法の名前が現れた。
『なるほど。全属性じゃおかしいけど、それぞれの属性なら問題ないのか。無属性魔法だけ緑表示だからそのまま残して、後はどうしよう……どっちにしろレベルが400越えはおかしいから、5ぐらいに直そう』
レベルを書き換えながらどの属性魔法のスキルを持っていることにするか考える。しばらく悩んだ末に水属性魔法を残すことにした。
そうやって順調に書き換えをしていき、全ての項目が緑に光ったのは窓から見える空が白み始めた時だ。
『――これでよし。これで明日の鑑定の儀は大丈夫……』
優梨はあくびを噛み殺しながら《ステータス隠蔽》を終了し、ステータス画面を閉じた。
『まだ気になることはいっぱいあるけど、それは追々調べることにして……今は、寝よう……』
結界や布団の拡大も解除して全てを戻すと、優梨は体勢を整えて目を閉じる。気絶するかのように一瞬にして肩を上下させながら寝息を立てて眠り始めた。
そんな“昔の優梨”の様子を優梨は側で見つめていた。
「(そう……すべてはこの日から始まったんだよね)」
この記憶が蘇った日、夜中に初めての魔法を使い、ステータス画面を見ながらの書き換えをしたことを優梨は今でもはっきり覚えている。
この世界に転生して約17年、前世の記憶が蘇って12年ほど経つが、すべての始まりと言えるこの日のことが、今までの中でも特によく覚えていた。
「(多分、転生してから皆に出会うまでで、この日が一番楽しかったんだろうな……)」
何もかもが新鮮で未知に溢れていて、これから起こる事なんて露ほども想像しなかったであろうこの日。懐かしく思いつつも、これからのことを思うと優梨は胸が痛くてたまらなかったのであった。
ここまで読んで下さりありがとうございました!
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