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第86話 バレンタインに向けて


 2月になった。3期の中間テストを半ば過ぎに控えているある日曜日のこと。この日の午後、優梨たち女子は早々にテスト勉強を終えて葵の部屋に集まっていた。


「じゃあ、そろそろ始めようか」

「「「うん」」」


 エプロン姿の葵が号令をし、同じくエプロン姿の優梨たちが応えた。テストだけでなく、数日後にはバレンタインが控えている。優梨たちは今日、葵を中心にバレンタインのお菓子を作る予定だ。葵の部屋なのは、4人の中で一番大きなオーブンを2台持っているからだ。


 毎年バレンタインは皆で一緒にお菓子を作り、慶人たちそれぞれと俊哉さんに渡していた。他に大きなチョコレート菓子の詰め合わせを購入してそれぞれのファンクラブに渡していた。ファンクラブ会長にはそれとは別でお菓子を渡している。

 いつもならそれで終わりだが、今年は相談の結果少し変えることにした。慶人たちに渡す分は変わらず作るが、さらにそれぞれ自分の好きな人に別のお菓子を渡すことにした。

 皆で渡す分はブラウニーを作り、優梨はチョコチップマフィン、葵は生チョコ、咲緒理はミニガトーショコラ、紗奈はココアクッキーを作っている。

 うまくオーブンを回しながら優梨たちは作り上げていき、2時間もすればほとんどでき上がった。渡す分はラッピングするために台所でよく冷まし、残りは休憩と味見を兼ねて食べることにした。


「お疲れー」

「お疲れ様」

「紅茶淹れるねー」

「アオちゃん、手伝うよ」

「ありがとう、紗奈ちゃん」


 テーブルにそれぞれ作ったお菓子を並べ、葵と紗奈で入れた紅茶が揃うとホッと一息をついた。


「いっぱい作ったね」

「ねー」

「早速食べてみようか」

「うん」


 まずは皆で渡すブラウニーに手を伸ばした。


「ブラウニー、ナッツを入れて正解だね。食感と味がよく合う」

「そうだね。レーズンでもいいみたいだけど、今回はナッツで正解かも」

「お酒が飲めるようになったら、ラムレーズンとか合うかな?」

「美味しそう。いつか作りたいね」


 今度は優梨が作ったチョコチップマフィンだ。


「うん! 美味しいね」

「良かったぁ。チョコチップの量とか多すぎない?」

「丁度いいと思うよ」

「甘さもいい具合だと思うよ」


 次は葵の生チョコを食べる。


「あぁ~、美味しい~」

「本当? 中のガナッシュとまぶしているココアのバランスはどう?」

「丁度いいんじゃないかな」

「口溶けもまろやかで美味しいよ」


 続いて咲緒理のミニガトーショコラだ。


「わぁ、すごく大人っぽい味だ」

「ねっ。甘いけど、カカオの苦みもしっかり感じるね」

「入れるチョコレートを2種類にしてみたの。うまくできて良かった」

「すごく美味しいよ」


 最後に紗奈のココアクッキーだ。


「うん、甘さ控えめだけど美味しいね」

「本当? 少し控えすぎたかなって思ったんだけど」

「そんなことないよ。ちゃんと甘さも感じるし、いい感じだと思うよ」

「食感もサクサクしてて、それが美味しい~」


 一通り食べて感想を述べ、後は思い思いに食べ進めた。そして、こういう時に盛り上がるのは恋の話だ。


「――皆はどんな感じなの? 相手の人と」


 そう聞いたのは葵だ。それぞれお菓子を片手に考え始める。最初に口を開いたのは咲緒理だ。


「私は何度か休みの日に一緒に出掛けているかな?」

「デートかぁ、いいね! 最近はどこ行ったの?」

「この間の休みに午前中は一緒にテスト勉強をして、お昼の後に舞台を見に行ったよ。私の好きな小説の続編が今舞台化しているんだ」


 どこか照れたように咲緒理は話す。


「紗奈ちゃんは?」

「んー。これといって特別なことはしていないけど……でも、お休みの日によく一緒に買い物に行っているかな? 駅ビルのお店で買い物して、そのままご飯食べたりスイーツのお店に行ったり」

「雅樹くんってスイーツのお店行くんだ」

「うん。でも、甘いのは苦手みたいで、いつも紅茶とかコーヒー飲んでるだけだよ」

「……紗奈ちゃんのために連れて行ってるんだねぇ」


 くすぐったいような微笑ましい気持ちになった優梨たちは、思わず笑みがこぼれた。


「アオは?」

「相変わらずかなぁ。一緒にテスト勉強して、ご褒美に一緒にカフェ行ったり買い物行ったり……」

「アオちゃんと誠史くん、前からいっぱいデートしていたもんね」

「でも、なんだか最近行くお店がどれもカップル向けのところが多い気がするかも……」


 何でだろう、と言う葵に優梨たちは顔を見合わせた。


「【アオちゃんって、誠史くんの気持ちにまだ気付いていないの?】」


 紗奈が《念話(テレパシー)》で優梨と咲緒理に話しかける。


「【ん~、なんて言うか……誠史からの好意をアオは全部『家族愛』として受け取っているって言うか……『兄妹愛』と思っているというか……】」

「【誠史君、あんなにアピールしているんだけどね……】」


 明らかな言動しているのに恋愛対象に見られていると全く気付かない葵に優梨たちは少々憐みの気持ちを抱いた。ただ、その状況を楽しんであえて教えていない自分たちも大概だなと優梨は思った。

 すると、今度は優梨の方を葵は見た。


「それで、優はどうなの?」


 期待を込められた眼差しに優梨は言葉を詰まらせた。


「えーっと……特に何も……」

「えっ、そうなの?」


 葵は意外そうに目を丸くした。


「うん……相変わらず一緒にテスト勉強はしているんだけど、それ以外は特に……」

「でも、前はよく出かけていたよね?」

「それほどじゃないけどね……というか最近の匡利、なんか変なんだよね……」

「「「変?」」」


 声を揃えて聞き返され、驚いた優梨は思わず身を引いた。


「う、うん」

「変って、どんな風に?」

「んー……どこか思い詰めているって言うか、考え事している時が多い気がする」

「……気付いた?」

「ううん」


 紗奈と咲緒理のやり取りに優梨は肩を竦めた。


「極僅かな違いだし、それに多分他の皆には気付けないよ。皆といる時はいつも通りだもん」

「そうなの?」

「うん。変に感じるのって、私と2人だけの時なの。だから、余計にどうしたのかなって……」


 葵たちはたまに優梨と一緒にいる匡利を見かけることがある。ただ、その様子は葵たちの目には変わらないように見えていた。その僅かな変化に気付けるのはさすがだと思う一方で頭を捻った。


「それっていつから?」

「んーっと……お正月、いや……思えばダンパの後からかも……」

「結構前だね。……優と匡利くんって、宮岸さんのことで仲直りしたんだよね?」

「あー、うん。一応……そういえば、ダンパの日の夜にそのことを話したんだけど、匡利って宮岸さんの気持ちに気付いていたらしいよ」

「「「えっ!?」」」


 葵たちは驚きに声を上げ、目を見開いた。思った通りの反応に優梨は苦笑する。


「あからさま過ぎてさすがに気付いたらしいよ。でも、ずっと知らないふりしてたみたい」

「あの匡利くんが気付いたことも素知らぬふりをしていたのにも驚き……」

「そうだね……」

「……匡利くん、優の気持ちにも気付いたとか?」


 ポツリと紗奈が呟いた。優梨は目を丸くして首を横に振る。


「えー、それはないと思うけど……いや、さすがに今回これ渡したら気付くかな……」


 優梨は手元のチョコチップマフィンを見つめた。


「でも、気付いたとして何で様子が変になるの?」

「んー、それはさっぱり……」


 優梨は首を傾げ、一抹の不安を抱いた。


「……ねぇ、今回これ渡して大丈夫だと思う?」

「それは大丈夫じゃない?」

「いやでも、明らかに本命っぽくない?」

「いつもお世話になっているお礼として渡すとか?」

「皆で義理チョコ渡すのに変じゃない?」

「でも、せっかく作ったのに渡さなかったらもったいないよね?」

「そうなんだよね……」


 腕を組み、優梨は悩み始めてしまった。葵たちも首を傾げて考える。


「……そもそも、優だけじゃなくて皆もだけど、バレンタインでそのまま告白しないの?」


 葵が聞くと、皆は首を横に振る。


「まだその勇気はないよ」

「私も……」

「渡すことしか考えていなかった……アオちゃんは?」

「……聞いておいてなんだけど、私もそのつもりはないかな……?」

「……仮に相手が本命だって気付いたら、皆はどうするの?」


 優梨が聞き、葵たちは考えた。


「私はそのまま勢いで言っちゃうかも……誠史くんに気付かれたらさすがに誤魔化せないと思うし……」

「誠史君、本当の事言うまで聞きそうだね……私はとりあえず誤魔化しちゃうかも……でも、最後には言っちゃうかも……」

「沖田君も何だかんだで教えるまで聞きそうだね。私は……誤魔化すかな? そのまま言わないかも」

「そうなの? 確かに雅樹くんだったらそのまま聞かないでいてくれそうだけど……」

「そんな気はするかも。……それで、優は?」


 皆の視線が集まり、優梨は少しだけ落ち着かない気持ちが湧いた。


「んー……匡利が気付いてそれを言う時って、ほぼ確信がある時だと思うんだよね」

「匡利くんの性格的にそうだね」

「そのまま誤魔化して言わなかったら、多分匡利はそれ以上何も言ってこないとは思う。でも、気付かれていることには変わりないし、状況的に同じならそのまま言っちゃうかなぁ……」


 優梨は自分の作ったマフィンを見つめながらそう言うが、どこか釈然としなかった。優梨の様子に葵たちも気付いた。


「何か気になる?」

「……もしも……もしもだよ? 匡利が今気付いているんだとしたら、何でそれを言わないのかなって……」

「確かに……」


 優梨は紅茶のカップを手に取り、一口だけ飲んだ。すぐに話を続ける。


「宮岸さんのことはさ、生徒会とか部活のこともあるし変に波風を立てたくなかったんだろうなぁとか、そもそも知ったところで何とも思わなかったんだろうなぁとか、何も言わなかった理由は思い浮かぶの」

「うん」

「でも、私の気持ちに気付いたのなら、知らないふりをする理由は何かなって……正直、悪い理由しか思い浮かばないんだよね……」

「でも匡利くん、相変わらず優とテスト勉強しているんだよね?」

「うん。相変わらずスパルタだけど、できたら褒めてくれるよ」

「……匡利くんがどう褒めるのか気になるところだけど、それなら悪い理由なんてないんじゃない?」

「ん……そう思いたいんだけどね……」


 これが葵や咲緒理、紗奈の話だったら前向きな意見が言えただろう。しかし、自分の話となるとどうしても不安の方が勝ってしまう。

 不安になる原因は、学園祭の時の「水晶玉のお告げ」だ。あのお告げの内容がまだ終わっていないかもしれないことを、優梨は葵に話していない。


「(ダンパの時も十分『悲しく辛いこと』だった。でもそれじゃないなら、あの時以上のことがこれから起こるんじゃ……)」


 無意識のうちに優梨は自分の腕を強く掴んでいた。その様子を葵たちが心配そうに見ている。


「優……大丈夫?」


 紗奈に声をかけられ、優梨はハッと我に返った。


「うん、大丈夫だよ」


 取り繕うように笑みを浮かべるが、葵たちは心配そうに見つめる。その視線に気付いていたが、優梨はそれ以上何も言わなかった。




 その後、優梨たちは十分に冷めたお菓子をそれぞれラッピングした。個々で渡す分はそれぞれの《無限収納(インベントリ)》にしまい、皆で渡す分は代表で葵の《無限収納(インベントリ)》にしまった。

 作業が終わると片付けをしてそれぞれの部屋へと戻っていった。




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