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第78話 クリスマス・ダンス・パーティー 後編

 時は少しだけ遡り、エリカと志芭が梨香子と話している時のこと。優梨は匡利に手を引かれて、ホールの様子が見える場所まで来ていた。ホールでは何組かが踊っていて、曲がもうすぐ終わりそうだった。


「(志芭君たち置いてきちゃったけど、本当に大丈夫かな……)」


 角の向こうから現れた時の梨香子を優梨は思い出した。これまで色々な視線を向けられてきたが、あそこまでの怒りと憎しみのこもった眼は数えるほどしかない。思い出しただけでも身震いするくらいの恐ろしさがあった。こっちに来る前は幾分か戦意喪失していたが、何だかあの2人が相手にしたら再熱しそうで優梨は少し心配だった。ただ、エリカならばそうなったとしても簡単にあしらってしまうような気もしていた。


 色々と考えていると、曲が止んだことに気付いた。


『――さて、フリータイムも残り数曲です。次の曲が終了後、投票の方は締め切らせていただきます。投票がまだの方は、次の曲のうちにお願いします。では、次に踊る方はホール中央へどうぞ』


 流れるアナウンスに気を取られていると、優梨は手を引かれた。驚いて視線を前に向ければ、匡利がこちらを振り向いていた。


「……踊らないのか?」


 そう聞かれると、優梨は咄嗟に首を横に振った。すると、匡利は優しい力で優梨の手を引いた。その手に引かれるまま、優梨はゆっくりとホールに出た。

 優梨と匡利が一緒にホールに出た途端、会場のあちこちから声が上がるのが聞こえた。そのどれもが驚きと羨望が入り混じっていた。

 優梨が軽く辺りを見回すと、葵と咲緒理、紗奈のペアもホールに出ていた。3組とも驚いたように優梨たちを見ていたが、優梨の視線に気付くと嬉しそうに微笑んでいた。

 曲が流れ始め、一斉に踊り出す。匡利とペアを組んでのダンスは初めてだったが、とても踊りやすいと優梨は感じた。


「(やっぱり上手なんだなぁ……)」


 久しぶりの急接近に少し緊張して胸がドキドキと鳴った。妙に照れてしまって匡利の顔を見られずにいると、やけに視線を感じた。顔を上げれば、匡利がジッと優梨を見つめている事に気付いた。匡利と目が合うと、優梨は頬を赤くして視線を落としてしまった。


「……どうした」


 妙に挙動不審な優梨を不思議に思った匡利が聞いてきた。咄嗟の事で何も考えていなかった優梨は少し焦っていた。


「えっと……れ、練習の時も思ったけど匡利、踊るの上手だね」

「…………」


 何を言っているのかと自分でも思ったが、これ以外の言葉を優梨は見つけられなかった。そんな優梨をよそに、匡利は小さく息を吐いた。それから周りには聞こえないが、お互いには十分聞こえるくらいの声で話し始めた。


「……昔、慶人に教わったんだ」

「慶人に?」


 初めて聞く話題に、優梨は緊張して照れていた事も忘れて聞き入った。


「慶人と会って今の家に住み始めた頃に、趣味がなかった俺に慶人が『何事も経験だ』と言って教えてくれた。さすがに趣味とまではならなかったが、慶人から及第点を貰えるくらいには踊れるようになった」

「へぇ。慶人ってスパルタだけど教えるは上手だよね。私と志芭君も結構上達したし」

「そうだな。他にも色々と教わったが、大半がそれなりに身に着いたな」


 当時の事を思い出しているのか、声に少し懐かしむような雰囲気があった。それが分かった優梨は思わず笑みを浮かべた。その笑顔を、匡利はどこか複雑そうな眼差しで見つめた。その視線に気付いた優梨は首を傾げた。


「どうしたの?」

「……いや、何でもない」


 そう言われ、少し気になったが優梨はそれ以上聞くのを止めた。そのまま匡利も無言になってしまったが、今はこの時間をゆっくりと楽しもうと優梨は思っていた。何よりも念願の匡利とのダンスができたのだから、しっかりこの時間を味わいたいと考えた。


 しばらくして曲が止み、投票終了のアナウンスが流れた。匡利はこれから生徒会で集まると言い、優梨も室内に戻っている志芭に気付いて向かうことにした。名残惜しく感じつつも、取り合っていた手を離そうとした。しかし、匡利が引き留めるように手を握ってきた。驚いて振り向くと、匡利は真剣な眼差しで優梨を見つめていた。


「優梨」

「なに……?」

「……帰ったら、話がしたい」


 滅多にない申し出に優梨は驚き、無意識に頷いた。それを見て匡利は優梨の手を離し、生徒会メンバーが集まる場所へと向かって行った。その背を優梨は呆然と見送った。


「(何だろう、改まって……)」


 気にはなったが、あと数時間もしないうちに分かることだと思い、今は気にしないことにした。


「楽しめたか?」


 志芭のもとに向かうと、笑顔でそう聞かれた。優梨は少し照れたように笑って頷いた。


「ありがとう。志芭君。……ところで、あの後大丈夫だった……?」


 不安げに聞くと、志芭は苦笑して頷いた。


「俺がっていうより、白鳥ちゃんが結構ね……彼女、スゲエな。あの宮岸が反論の余地もなかったぜ」

「あぁ、なるほど……ちょっと見たかったかも……」


 普段の葵とのやり取りを考えると、梨香子がどれほどやられたのかは安易に想像できた。一手二手先のことまで考えてこちらが何も言えないようにするのは、エリカのお決まりだ。


「本当、エリカにはお世話になりっぱなしだなぁ。後でちゃんとお礼言わないと」

「そうだな。……俺も色々と気付かされたしな」


 とても小さく呟かれた最後の言葉は優梨に聞こえず、優梨は不思議そうに首を傾げた。志芭は笑って「何でもねぇよ」と言った。


 その後、ラスト・ダンスの時間になり、3曲連続で音楽が流れた。優梨と志芭は折角だからと、もう一度一緒に踊ることにした。ラスト・ダンスとなると、たくさんの人がフロア中で踊っていた。ペアの入れ替わりも頻繁になり、みんな曲の途中でペアを変わって色んな人と踊っている。優梨も志芭の後に葵、咲緒理、紗奈と順番に踊った。女の子同士だったが、それはそれで楽しく踊れた。

 驚くことに優梨と葵が踊っている時、誠史とエリカが一緒に踊っていた。聞けば、葵が誠史にお願いしたそうだ。


「エリカにはいっぱいお世話になったからね。これくらいのお礼はしないと……ちょっと複雑だけど」


 そう言いつつも何とも嬉しそうな表情のエリカを見て、葵は微笑んでいた。なんだかんだ争いつつもお互いに嫌いじゃないんだなぁと、優梨は葵を見て感じた。同じライバル関係でも、こんな風にライバル相手を行動させることができるエリカは、やっぱり梨香子とは大違いだと思った。


 全ての曲が終えると、パーティー終了の式が始まった。今度は藤永学園の生徒会が取り仕切るようで、マイクを持つのは副会長である匡利だった。その後ろにはそれぞれの生徒会メンバーが、始まりの時と同じように並んでいる。その中にはさすがに梨香子もいたが、その表情はとても暗い。


「(さすがに、色々と応えたのかな……)」


 そう思いつつも、やられていたことを思うと同情はできなかった。これで色々と落ち着いてくれたらと、優梨は願った。

 終了の挨拶が終わると、遂に賞の発表となった。まずはダンサー賞からだ。ダンサー賞は男女2名ずつの計4人が選ばれる。


『――藤永学園3年、西園寺雅貴』


 会場中から拍手が沸き起こった。雅貴は拍手の中前に出て、城徳学院の生徒会長から賞状と賞品を受け取った。雅貴が振り返ると、また一段と大きく拍手が送られた。

 雅貴の次に呼ばれたのは城徳学院の3年生の男子だった。やっぱり同じように大きな拍手が送られた。その後は城徳学院の2年生の女子、藤永学園の3年生の女子が名前を呼ばれていた。呼ばれた人は皆嬉しそうに顔を綻ばせている。


 次はカップル賞の発表で、この章には4組が選ばれる。


『――藤永学園2年加村誠史、同じく藤永学園2年大野葵』


 名前が呼ばれた途端、優梨は驚いて葵と誠史の方を振り返った。2人とも驚いたように目を見開き、葵にいたっては涙で瞳を潤ませていた。誠史のエスコートで2人は前に出ると、それぞれ賞状と賞品を受け取っている。


「スゲェな。大野ちゃんたち」


 拍手をしながら横の志芭がそう言うのが聞こえてきた。


「そうだね。息もピッタリでダンスも上手だったけど、まさか賞まで取っちゃうなんてね」

「賞品ってテーマパークのチケットだっけ?」

「うん。賞ごとにタイプは変わるらしいけど、基本はそれらしいね」

「豪華だよなぁ……って、会長たちも呼ばれてる」

「えっ?」


 前を見ると、智壽とひかるのペアが前に出ていた。優梨と目が合い、ひかるはニコッと笑いながら手を振ってきた。優梨は手を振る代わりに大きな拍手を2人に送った。その様子をひかると智壽は嬉しそうに見ていた。

 その後のカップル賞は、城徳学院3年生と藤永学園2年生のペアと城徳学院2年生のペアが選ばれていた。どのペアも賞品のペアチケットに目を輝かせ、小声で何かを話している。きっとそのチケットを使ってデートでもしようと相談しているのだろうと優梨は思った。


 そして、注目のキング賞・クィーン賞・ベストカップル賞の発表となった。


『――キング賞、藤永学園2年、天宮慶人』


 慶人の名が呼ばれると、会場中から歓声と拍手が沸き起こった。慶人は匡利の後ろから前に出ると、笑顔で歓声に応えた。途端、そこら中から黄色い声が上がった。


「スゲェな、天宮の人気っぷり……」

「もう色んな意味でさすがとしか言いようがないね」


 様々な声に目を白黒とさせながら優梨と志芭は話した。知っていた事ではあったけれど、こうして改めて目の当たりにすると、ただただ感心するばかりだった。

 ある程度声がおさまると、クィーン賞の発表に移った。


『クィーン賞、藤永学園2年、白鳥エリカ』


 名前が発表されると、優梨と志芭は思わず顔を見合った。互いに何か言おうとしていると、いつの間にかエリカが前に出ていた。

 エリカは一度フロアを見渡すと、両手でドレスの裾を持って綺麗にお辞儀をした。その精練された優雅な動作に優梨は思わず見惚れた。エリカが顔を上げると、会場中から拍手が沸いた。


「(さすがエリカだな……何もかも完璧だ)」


 普段、葵と誠史を取り合う姿を見ていると忘れがちだが、こういう姿を見るとやっぱり生粋のお嬢様なのだと気付かされた。

 エリカが慶人の隣に立つと、最後のベストカップル賞の発表となった。


『ベストカップル賞、藤永学園2年アレックス・ブラウン、同じく藤永学園2年アンジュ・ブラウン』


 会場中から称賛の声と拍手が上がった。優梨は目を丸くし、思わず前に出ている葵たちの方に目を向けた。葵も誠史も笑いをこらえるような表情をしている。前に出てきたアレックスとアンジュは笑顔を浮かべているが、口元が僅かに引きつっている。


「(キングとクィーンを狙うはずがベストカップル賞って……そううまくはいかないか)」


 優梨は苦笑を浮かべながらそう考えた。その後に特別賞の発表が行われたが、その間もずっとアレックスとアンジュは何とも言えない笑顔を浮かべ続けていた。




 全ての発表を終えると両校の生徒会長のあいさつが行われ、それが終わるのと同時にパーティーは終了した。こうして、波乱万丈とも言える長いクリスマス・ダンス・パーティーの期間は幕を閉じた……




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 パーティー終了後、全員が着替えを済ませてそれぞれの家へと帰っていった。優梨たちも待ち合わせをして家へと向かった。

 家に着いて早々に入浴を済ませた優梨は、自室のリビング・エリアで寛いでいた。明日から冬休みも始まるし、少し夜更かしをしようかと考えていると、呼び鈴の音が響いた。


「……あっ、もしかして……」


 一瞬誰だろうかと思ったが、訪ねてくる人物にすぐに思い至った。急いで入り口に向かって扉を開けると、思った通り匡利が立っていた。


「……寝てたか?」


 今の時間と部屋着姿の優梨を見て考え、そう聞いてきた。優梨は無言で首を横に振った。


「中、良いか?」

「うん」


 優梨は返事と同時に扉を大きく開けて招き入れた。匡利は中に入ると、そのまま進んでリビング・エリアに向かった。匡利はソファに座り、優梨も少し離れた位置に座った。それからしばらく沈黙が続いた。


「……優梨」

「うん?」

「……すまなかった」


 匡利は優梨を見ずにそう口にした。突然の謝罪に優梨は目を丸くした。


「えっと……」

「お前を、危険な目に遭わせた」

「……匡利が悪いんじゃないよ」

「いや……もっと俺が気の利いた言動ができれば良かったんだ」


 それがパーティーの時の梨香子の事を言っているのか、これまでの様々なことを言っているのかは優梨には分からなかった。ただ、匡利が後悔しているのだという事だけは分かった。


「よくあそこまで調べられたね」


 匡利の気を逸らすように優梨は言った。


「……あの教科書を見た日に、お前のファンクラブ会長の所に行って聞いたんだ」

「ひかるさんに?」

「あぁ。お前があの人には話したと言っていたから、他に知っている事を聞いた。それを元に、朔夜と玲にも頼んで色々と調べてもらった」

「……本当にあの2人はすごいね」


 分かり切っている事ではあるが、感心せざるを得なかった。ここまで来ると将来は諜報員(スパイ)にでもなれそうだと優梨は思った。


「それでも確固たる証拠はなかったから、ダンパが終わった後にでもあいつに聞こうと思っていた。他の誰かが聞いても誤魔化すだろうが、俺が聞いたらもしかしたら尻尾を出すかもしれないと、朔夜たちにも言われて……。結局、お前も見た通りの結果になったが」


 匡利の話に優梨は少し納得した。朔夜たちなら確かに言いそうなことだった。一方で、そう言われて匡利が実行しようとしていたことは少し意外に感じていた。


「……元々あいつやあいつの周りがやっている事には気付いていた。その理由も薄々分かっている」


 優梨は驚きに目を見張った。つまり匡利は、梨香子の匡利へと気持ちを知っていたことになる。そういうことには疎いと思っていた匡利がどうして知っているのかと、優梨は内心ドキドキとしていた。


「何で分かったの……?」

「はっきりとは言われていないが、あそこまであからさまに好意を向けられれば気付く。優梨は知らないだろうが、生徒会室でも部活でもやっている事が露骨だったんだ」

「そ、そこまで……」


 それをずっと気付いていないかのように振舞える匡利もすごいなと優梨は思った。そして、自分の知らない所でそんなことをしていたのかと若干の怒りもあった。しかし、それもバルコニーでのことを思えばすぐに静まった。


「……お前にはあいつのことで色々と嫌な思いをさせたな」

「匡利のせいじゃないよ。元々、私とあの人は馬が合わないと言うか……根本的に嫌われているんだと思うんだよね。どうしようもなかったんじゃないかな? 私とあの人の関係って……確かに良い思いは全くしなかったけれど」

「…………」

「でも、匡利はずっとどうにかしようとしてくれていたんだって分かって、すごく嬉しかったよ。ありがとうね、匡利」


 優梨が笑顔で礼を言うと、ずっと硬いままだった匡利の表情が少し和らいだ。

 優梨はこの数週間ずっとあった匡利とのわだかまりが無くなったように感じた。喧嘩をしたわけじゃないが、やっと仲直りができたような気がした。

 それからすぐに匡利は優梨の部屋を出た。入口まで見送り、匡利が出て行くと優梨は顔を綻ばせていた。




 一方、優梨の部屋を出て自室に戻った匡利は表情を硬くさせていた。


「…………」


 その脳裏には、一緒にダンスを踊っていた時の優梨の表情が浮かんでいた。匡利の目に映る優梨の表情は本当に嬉しそうで、幸せに満ちていた。そして、これまでの様々な優梨の表情を思い出した。そのどれもが同じ表情をしていた。


「……何故、俺なんだ……何故、お前なんだ……優梨……」


 そう言って匡利は自分の胸元を握りしめた。その表情はとても苦しそうで、とても悲しげだった……



ここまで読んで下さりありがとうございました!


この話で長かったクリスマス・ダンス・パーティー編は終了です!

次の話では、久しぶりにもう少しほのぼのとした話が書ければいいなぁと思っています。


次回の更新ですが、今回で話のキリが良いので、1週お休みさせていただこうと思います。

次の更新は8月24日を予定しています。時間はいつもと同じ午前10時です。

どうか次回更新をお待ちくださいませ。


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