第74話 受難
翌日、加藤ありさ達が生徒会とファンクラブから下された処分の事は、瞬く間に学校中に広まっていた。色々な噂や憶測が飛び交ったが、主に友香や慶人、さらには侑哉の逆鱗に触れたのだと言われている。その事にこれまでにありさ達からひどい仕打ちを受けていた人たちは、歓喜の声を上げていた。
咲緒理は念のため3限目から出席した。前の週まで荒らされていた机には何事もなく、その他の嫌がらせも当然無くなっていた。本当に終わったのだと実感し、咲緒理は心からホッとした。
3限後の休み時間には侑哉がやって来て、元気な様子の咲緒理を見て安心したようだった。
「心配させてごめんね、沖田君」
「そんなん謝らんといて。姫さんのせいやないんやし……姫さんが元気なら、それでええよ」
「うん」
教室の隅でそう笑顔で話す2人の様子を離れた所から優梨と葵と紗奈は見つめていた。
「……なんだろう。2人の周りにハートとか花が飛んでるような気がする」
「そうだねぇ」
「意識してないんだろうけど、ラブラブだよね。お互い気付いていないのが本当に不思議……」
優梨は紗奈の言葉に苦笑いし、咲緒理と侑哉を見た。仲睦まじい雰囲気の2人に自然と笑みが零れた。
「ところで、さ……」
葵の声に振り向くと、葵も紗奈も神妙な様子で優梨を見ていた。
「優は、大丈夫なの……?」
「えっ、何が?」
「……私も紗奈ちゃんも、優への嫌がらせが酷くなっているの、知っているよ」
葵にそう言われ、優梨は驚愕した。2人の顔を交互に見つめ、すぐに観念したように肩を落とした。
「バレちゃったか……」
「どうして黙ってたの?」
「……まぁ、一番の理由はサオのことがあったからかな。正直、サオの方が深刻な気がしたし、結果的にあんな事が起こったわけだしね。あとは、あまり心配かけたくなくて……」
「やっぱり……」
もともと理由が予想できた葵は、肩を竦めて頬を膨らませた。
「今度はちゃんと言ってね?」
「うん。黙っててごめんね。アオ、紗奈ちゃん」
予鈴が鳴り、葵たちは自分の席へと戻った。すると、優梨はスッと表情を無くして机の中から周りに分からないようにそっと何枚もの紙を出した。そこには、優梨への暴言が書き殴られている。
「(サオのことが落ち着て見張りが減ったからかな……今日は一段と多かった……)」
書かれた内容が見えないように折りたたみ、素早く鞄の中にしまった。優梨の鞄の中にはすでに何枚もの誹謗中傷の書かれた紙がたまっている。
「(紗奈ちゃんへの嫌がらせは、前に話を聞いて以降は何もないらしいから、本当に突発的なのだったんだろうな……でも、私の方は収まる気配はない。今のところ実害はほとんどないけれど、ずっととは限らない……)」
今のところやられているのは、誹謗中傷や呼び出しの内容の手紙があること、たまに机の中にゴミを詰められる程度だ。呼び出しに関しては応じないか、ひかるに頼んで誰かに変わりに行ってもらうことで事なきを得ている。それ以外の手紙は特に目を通さず処分しているし、ゴミも今のところそのまま片付けている。
「(問題なのは、確実に複数犯な上に2年生だけじゃなくて1年にも3年にも協力者がいるらしいから、特定が難しいんだよね……本当に厄介だ……)」
無意識のうちにため息が零れた。
その優梨への嫌がらせに変化があったのは、6限の体育が終わった時だ。優梨たち特進クラスは月曜日と火曜日は7限まで授業があり、着替えを済ませて次の授業の用意をしようとした。
「あ、れ……」
使う教科書を出そうとして異変に気付いた。机にしまっていた教科書がビリビリに破かれ、落書きをされている。それに気付いた優梨はすぐに机の中に戻した。チラッとノートを取り出すと、それも落書きがされている。
「(やられた。5限目までは何もなかったから、さっきの体育の間か……)」
しばし考え、優梨はロッカーに向かった。ロッカーには万が一の時のために予備のノートをしまってある。教科書は仕方ないので、隣のアレックスに見せてもらうことにした。
「珍しいね、ユリが忘れ物をするなんて」
「入れたつもりで忘れてたみたいで……ごめんね、迷惑かけて」
「ユリの役に立てるなら問題ないさ」
アレックスに明るくそう言われ、優梨はホッとしたように笑った。その様子を、匡利が横目で見つめていたことに優梨は気付かなかった。
授業の後、優梨は机の中身をすべて鞄にしまって持ち帰った。家に帰ってから、改めて被害を確認した。
「えっと……教科書もノートも落書きもしくは破られているか、その両方……文房具は体育に持っていたから無事で、プリント類は……あぁ~これはまた見事にビリビリ……」
選別をしながら優梨は肩を竦めた。破かれた物はいずれも《修復》で直し、落書きは《清浄》で綺麗にした。
「(魔法が使えるから実害は少ないけど、これって使えないと本当に困るんだろうなぁ……)」
1つずつ元に戻しながら優梨はそう考えた。
「これからどうしようかなぁ。とりあえず教科書類は全部鞄に……いや、アイテム・バッグだな。アイテム・バッグなら防犯系の魔法付与されているし……机の中にダミーを入れて、ダミーは《複製》で作ればいいか」
そう決めた優梨は早速全部の教科書とノートに《複製》をかけた。瞬く間に同じものが1つずつできた。
「これで良し」
《複製》はその名の通り、生き物以外であれば何でも複製する魔法だ。ただ、複製してできた物は常に魔力を帯びているため、魔力感知のスキルや機械ですぐにバレてしまう。また、食料に関してはかなり味気なくなる上に食べ過ぎると「魔力酔い」を起こすため、緊急時以外は使わないことを推奨されている。
教科書の用意ができると、優梨は衣裳部屋に行って学生鞄に似たデザインのアイテム・バッグを探した。
「(前に面白がって俊哉さんがくれたけど、こんなところで役に立つなんて……)」
優梨は苦笑し、そのまま衣裳部屋でアイテム・バッグの中に荷物をどんどん仕舞った。鞄を閉じると、チャック部分に優梨以外には開けられなくなる鍵を取り付けた。
「あとはもしも鞄が傷つけられても問題ないように、遅延タイプの《修復》の陣を外ポケットの内側に描いて……」
外ポケットはそれらしく見せるための物なので、普通の鞄にあるのと同じだ。その内側に優梨はインクに魔力が込められた特製のペンで《修復》の魔法陣を書き込んだ。
全てが終わると、優梨は自分のスマホの写真アプリを見た。ひかる達に嫌がらせの証拠として渡すために、直す前の教科書類を撮影してある。
「……『佐塚匡利の前からいなくなれ』か……露骨だね」
落書きには優梨の容姿を貶す言葉や謂れのない暴言がほとんどだが、一部はこうして匡利に関しての事が書かれている。
「『佐塚くんには釣り合わない』『佐塚くんの特別だと勘違いするな』ね……」
優梨はスマホを閉じると、側にある丸い大型のスツールに突っ伏した。
「(……あーあ。嫌がらせなんて慣れているけれど、久しぶりにダメージが大きいかも……これ、ダンパが終わるまで続くのかな……それとも、ずっとこの調子かな……)」
モヤモヤと気持ちは晴れなかったが、悩んでも仕方がないと優梨はため息を吐きつつ寝る支度を始めた。
翌日、優梨は早速ひかるの所に行って昨日の嫌がらせの写真を見せた。
「……これは酷いね」
ひかるは顔をしかめ、優梨が撮った写真を見ていた。
「とりあえず、私の方に送ってもらえるかな? この写真」
「はい」
優梨はスマホを操作し、メッセージアプリを使ってひかるに写真をすべて送った。ひかるはそれを確認し、スマホを閉じた。
「ごめんね。さすがに私たちも授業とか部活があるから、ずっと見張るわけにもいかなくて……」
「そんな謝らないでください。すでにひかるさん達は、私のためにたくさん動いてくれています」
「そう言ってくれて、ありがとう……」
ひかるは苦笑し、優梨の頭をそっと撫でた。匡利や慶人たちとは違う女性らしい優しい撫で方に、優梨は顔が熱くなった。その様子にクスッと笑って手を放すと、ひかるは真剣な表情を浮かべた。
「さすがにね、目撃証言も集まってきたし、何なら何回か現場を押さえているんだ」
「えっ、そうだったんですか?」
「うん。ただ、問題が1つ。どれも大元には繋がらないってこと」
「大元……」
優梨の脳裏には梨香子の姿が浮かんだ。それはひかるも同じだった。
「実行犯は捕まえた。でも、決して大元の名前は言わなかったし、何なら自分の意思でやったことだと言う奴ばかりなんだ」
「…………」
「この前の加藤ありさの件、沖田侑哉くんのファンクラブ会長と咲緒理ちゃんのファンクラブ会長から話を聞いたんだけれど、協力者がいたらしいね」
「はい」
「その時の事と優梨ちゃんが今回被害に遭っている事の違い、分かる?」
そう聞かれ、優梨は思案した。加藤ありさに協力した高橋たちと今回ひかるが捕まえた実行犯の証言を改めて考える。
「……自分の意思かそうでないか……?」
「そう。加藤ありさの時は脅されもした。つまり、そこに自分の意思はない。だから、証言があっさり得られたんだ。でも、今回私たちが捕まえた奴は違う。命令されてもいなくても、最終的に自分の意思で行動している。彼女という、大義名分の元ね。だから、ハッキリとした大元に繋がる証言が得られていない」
「……本当に厄介ですね」
「うん。……おまけに今回捕まえた実行犯は、加藤ありさのような事をしたわけじゃない。学校側に伝えたけど、ほとんどお咎めなしだ」
それを聞き、さすがに優梨は落胆したように肩を落とした。
「(そもそも数人捕まえても、他に協力者がその何倍もいるんだろうな……)」
終わりの見えないことに優梨は思わずため息が出た。
「……ダンス・パーティーが終われば多少は落ち着くと思うけど、変わらないようだったら色々と考え直さないとね」
「はい……」
「とりあえず、また何かあったら私に教えて。それから、できれば単独行動は控えてね」
優梨が無言で頷くと、ひかるは心配げな顔で頭を撫でた。その後、ひかるは優梨を教室まで送った。
「(……一番手っ取り早いのは佐塚匡利くんが動くことだけど……それは難しいだろうし、逆に悪化するかもしれないな)」
優梨の隣の席に座る匡利を目にしてそう思ったが、何も言わずにひかるは自分の教室へ戻った。
優梨のダミー作戦はおおむね上手くいっていた。案の定ダミーで入れていた教科書やノートは昨日と同じように落書きや破かれたりしていたが、授業には支障なかっただけでも幸いだと優梨は思うことにした。
1日の授業が終わり、優梨は適当な理由を言って教室に最後まで残った。最後の1人が教室を出ると、優梨は帰り支度を始めた。
「(さすがにダミーとはいえ、こんな状態のは見せられないしね……帰ったら直さないとなぁ)」
ボロボロになったダミーの教科書を手にため息を吐き、鞄にしまっていた。すると、突如教室のドアが開く音が響いた。驚いて振り返ると、匡利が立っていた。
「匡利……」
声をかけるが、匡利は無言のまま優梨に近づいてきた。側まで来てジッと優梨を見つめたかと思うと、徐に手を伸ばした。匡利の手が掴んだのは、匡利の登場に驚いて教科書を握ったままだった優梨の手だ。
「あっ……」
しまったと優梨は思ったが、匡利の目にボロボロになった教科書が映った。それを目にした途端、匡利は顔をしかめた。手を放してくれたが、今さら隠しても遅いと優梨は諦めた。匡利は優梨が持っていた教科書を手に取った。
「優梨、これは?」
「えっと……」
ストレートに聞かれ、優梨は考えあぐねた。ジッと見つめられ、その視線に耐えられず俯いた。
「……様子がおかしいと思ったが、こういう事か」
なかなか答えない優梨に匡利はため息交じりにそう言った。どうしてか分からないが、優梨は顔が熱くなるのを感じた。
「これは……魔力を帯びているから《複製》でも使ったダミーなのか?」
「うん……そうすれば、授業とかに支障はないから。この鞄に本物を入れて、机の中は全部ダミーしか入れていない」
「……いつからだ」
「えっ?」
思わず顔を上げると、匡利と目が合った。瞬時に優梨は匡利が珍しく怒っている事に気付いた。それが、何に対してなのかまでは分からない。息を呑む優梨をよそに、匡利は再び問う。
「いつから、ここまでの事をされているんだ」
「ま、まだ昨日からだけど……」
「……咲緒理の事が落ち着いて見張りが減ったからか」
「多分……」
しどろもどろと返事をすると、匡利は優梨と教科書を交互に見た。
「他の皆は……慶人たちは知っているのか?」
「ここまでされている事はまだひかるさんにしか話していないけど……でも、皆いつの間にか知ってる事が多いから、正直分からない」
「……それもそうだな」
2人の脳裏には、いつも情報元が不明のあらゆるデータを保有する玲と朔夜のコンビの姿が浮かんでいた。
チラッと匡利は教科書の落書きに目を向けた。そこには匡利の名前がある。
「……優梨」
「ん?」
「俺が動くか?」
突然の申し出に、優梨は目を見張って驚いた。
「少なくとも、俺はこの原因の一端なんだろう?」
そう言って、匡利は落書きにある自分の名前を指した。優梨は困惑したようにその落書きを見つめ、しばらくして首を横に振った。
「いい……私は、匡利が原因だとは思ってないから」
「…………」
「何より匡利が動いてくれても収拾がつくとも思えないし、逆に悪化しないとも限らないから……」
「……そうだな」
「それに多分だけど、ダンパが終われば落ち着くと思う。ダンパまで1週間だし、それまでの辛抱と思えば平気だから……匡利は、今まで通り過ごして」
「……本当に、大丈夫なのか?」
「うん」
笑みを浮かべて返事をするが、その表情も声もどこか頼りなげに匡利は感じた。しかし、優梨本人からそう言われてしまっては仕方がないと、肩を落とした。
「……限界になる前に誰かを頼るんだぞ。俺じゃなくても、慶人たちでも志芭でも誰でも良いから」
軽く頭を撫でながらそう言われ、優梨は震えそうになる唇を噛み締めて頷いた。そんな優梨の様子に、匡利は気付かないフリをして手を離した。
その後、優梨は荷物をまとめて志芭とのペア練習に向かった。匡利はそれを見送ると、返しそびれた優梨の教科書を見つめながら思案した。しばらくしてから、その教科書を自分の鞄にしまうと匡利も教室を出て行った。
それから優梨への嫌がらせは少しずつエスカレートしていった。咲緒理の時のように外を歩いている時に頭上から水を浴びせられたり、植木鉢が落ちてくることもあった。そして、すぐに上を見ても逃げる人影が僅かに見えるだけで、誰の仕業なのかの特定はできなかった。
そこまでになると他の皆には隠すことはできず、咲緒理の時のように優梨も単独行動を慶人から完全に禁じられた。さらに万が一のことを考えて、朔夜と玲から《結界》が付与された魔道具を貰った。そのおかげで、一度階段から突き落とされかけた時は無傷で済んだ。さすがにその時の犯人はすぐに見つかり、学校側にも報告をした。ただ、犯人は故意にやったわけじゃないと言い張り、明確な証拠もなかったために加藤ありさの時のような重い処分までには至らなかった。
それでも時はあっという間に過ぎ、遂にダンス・パーティー直前の日曜日となった。
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