第65話 予感
ダンパの練習が本格的に始まって1週間が経過した。毎週火曜日から木曜日の5限目は城徳学院との合同練習となり、それぞれに練習場所が用意されている。藤永では第1体育館と大講堂、第1講堂と第2講堂が練習場所として用意されている。練習は基本的に自主練習で、それぞれの練習場所に先生が数人いて、聞きたいことがあれば聞きに行くことになっている。
他に水曜日から金曜日の放課後の時間帯、部活で使われていない体育館と大講堂が解放され、自由に練習ができるようになっている。優梨たちは時間を見つけては練習に励んでいた。
そして、咲緒理への嫌がらせは相変わらず続いている。
慶人たちとの話し合いの翌日、優梨は咲緒理に靴箱とロッカーにつける鍵を貸した。どちらも一見普通の鍵だが、本人以外には開けられないようになっている魔道具だった。元々、優梨が梨香子やそのシンパからの嫌がらせの対策で使っている物だ。
「開け閉めの時にちょっと手間だけど、これで靴箱の悪戯はされないし、教科書とか貴重品とかはロッカーにしまうようにすれば盗られたりもしなくなるよ。ちなみに、朔夜と玲が手を加えたから普通のよりさらに強力だよ」
そう言われながら渡されて、咲緒理は申し訳ないと思いつつもありがたく使う事にした。そのおかげで靴とロッカー内の被害はグッと減らすことができた。それでも机の引き出しの中の物を悪戯されたり、嫌がらせの手紙が入ったりしている。時には物が上から落ちてきて、少々危険を感じる事さえあった。
それでも、未だに犯人に繋がる証拠は見つかっていなかった。
水曜日の放課後、優梨たち4人は大講堂で練習をしていた。互いを見ながらステップを踏み、アドバイスをしあいながら踊った。
「大分できるようになったね」
休憩の時に紗奈がスポーツドリンクを飲みながらそう言った。
「一昨日の体育からエリカにホールドと合わせて練習していいって言われたし、中々順調だね」と優梨
「結構一生懸命教えてくれたよね」と咲緒理。
「なんだかんだ言って、エリカのおかげだよねぇ。……ちょっと悔しいけれど」と葵。
葵の方もなんだかんだ言って満更でもなさそうな表情をしていて、優梨たちはクスッと笑った。
「ペア練習の方はどう? アオ」
優梨が葵に聞いた。
「結構順調だよ。誠史くん、リードがすごく上手でね。これが躍りやすいんだ」
「へぇ、さすが誠史だね」
「うん。雅樹くんは?」
今度は葵が紗奈に視線を向けて聞いた。
「雅樹くんはあまり慣れていなかったみたいだけれど、すごく頑張って練習してくれたみたいでね。踊りやすいよ。リードもしてくれるし……沖田くんは?」
「沖田君も上手だよ。それに何かと気を使ってくれるし、練習もしやすいんだ」
「沖田くんらしいね」
咲緒理の話を聞き、ドリンクを片手に優梨が言うと、3人の視線が一斉に優梨に集まった。
「それで、志芭君はどうなの?」
葵が聞くと優梨は一瞬目を丸くし、少し考えこんだ。
「んー……最初はやっぱり慣れていないみたいで、ちょっとぎこちなかったかなぁ……先週の最初の合同練習の時、慶人が教えてくれたんだけれど、エリカ以上のスパルタでねぇ。ダメ出しが多くて、ちょっとへこんでいたかな」
「あ~……」
慶人がせっせと優梨と志芭のペアの面倒を見ているのを知っている葵たちは、その様子を想像できたのか苦笑していた。
「でもね、2日後にまたペア練習したんだけれど、その時はものすごく上達していたよ。相当頑張ってくれたみたい」
「志芭君ってサッカー部のレギュラーだっけ?」
「うん」
「じゃあ、元々運動神経も良いから呑み込みが早いんだろうね」
紗奈の言葉に笑顔で頷いた優梨は、次の瞬間には真剣な表情になった。
「ところで、サオの嫌がらせの方はどうかな?」
優梨が聞くと、3人は肩を竦めて首を横に振った。
「全然……ちらほらと目撃証言は出てきたけれど、顔まで見ていない人が殆どだし、決定的な証拠になる物は1つもない」
「そっか……前に部活で使っている実験室が荒らされたって言っていたけど、あれからどうしたの?」
「二之宮君に話して鍵の管理を徹底してもらったから、最初だけであれから被害はないよ。私物関係も優が鍵をくれたから被害はほとんどないよ」
「じゃあ、今のところ多いのは嫌がらせの手紙と僅かな悪戯か……」
全員が肩を落とし、ため息を吐く。多大な被害はまだないとはいえ、細々としたものが続いて僅かに応えてきてはいる。
「……あの人が犯人だとしたら、そろそろ実力行使に出そうなんだけどね」
「うん。基本的に呼び出しはスルーしているけれど……痺れを切らしたら何するか分からないのが怖いところなんだよね……」
ため息交じりの優梨と葵の言葉に、咲緒理は無意識に拳を握った。
「……どちらにしても、サオはできる限り1人にならないようにして、今まで通り呼び出しも受けないでね」
「うん……」
その会話を最後に優梨たちは休憩を切り上げ、練習を再開した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の5限目の合同練習の時間、優梨たち4人は一緒に大講堂でペア練習をしていた。
「なぁ、お前らは正装ってどうする予定なんだ?」
休憩時間、志芭が誠史たちにそう切り出した。
「俺と雅樹は去年の燕尾服が合えばそれを着る予定だよ」
志芭の問いに答えたのは誠史だ。誠史はそのまま侑哉に目を向けた。
「沖田は?」
「俺もその予定やけど、まだ試着してへんから合わんかったら、買わなアカンな」
「へぇ……。俺、レンタルの予定だけどやっぱり買った方が良いのか?」
「来年もあるからね。礼服には変わりないから、1着はあってもいいんじゃないかな」
志芭は少しの間誠史に言われたことを考えた。
「……一度母さんに聞いてみるか。優梨ちゃんたちは?」
少し離れた所に座っていた優梨たちの方を振り返り、志芭は聞いた。
「全員買う予定だよ。まだ探している最中だから決まっていないけれどね」
「へぇ……色とか決めているのか?」
興味深げに聞くと、優梨たちは頷いた。
「優は赤系か青系で悩んでいるんだよね」
「うん。アオは黒か青系だっけ? 紫とかピンクも似合いそうだけど」
「へぇ。大野ちゃんの黒って、なんかすごそう……」
「志芭、変な想像するなよ?」
ガシッと肩を掴み、ニッコリと笑う誠史を見て志芭は顔を青ざめさせ、首を大きく振って頷いた。その慌てぶりに他の皆は笑っていた。
「姫さんはどうするんや?」
「んー、今は青か緑で悩んでいるかな。紗奈ちゃんは?」
「水色か紫か赤系で悩んでいるよ」
「……女子のドレスは種類が多くて大変そうだな」
話を聞いていた雅樹はぽつりと呟いた。
「でも、その分選ぶ楽しさもあるからね」
「今度、皆でお店に見に行こうか?」
キャッキャッと楽しそうに話す優梨たちを志芭・誠史・雅樹は微笑ましそうに眺めていた。しかし、侑哉だけは笑みを浮かべつつも怪訝そうな目で4人の様子を見ていた。
「加村、須藤。ちょっとええか?」
練習が終わった後、侑哉は更衣室を出ようとする誠史と雅樹を呼び止めた。
「なんだい、沖田」
「姫さんの事なんやけど……」
咲緒理の名前が出ると、誠史は驚くことなくそのまま更衣室の隅の方へ移動した。雅樹も2人の側に立ち、人が来ないか見張った。
「ここなら良いよ。それで、咲緒理がどうかした?」
「何かあったんか? 様子が変な気するんやけど。姫さんだけやなくて、優梨ちゃんたちもやけど」
「……なかなか鋭いね。でも、咲緒理の口から何も聞かされていないのなら、俺から詳しく話すわけにいかない」
「どないしてもか? 俺になんかできる事あらへんのか?」
珍しく必死な様子の侑哉を誠史はしばらく見つめた。ほんの僅かな沈黙が流れると、誠史が小さく息を吐いた。
「……咲緒理は今、誰かに嫌がらせをされている」
誠史の声が静かに侑哉の耳に響いた。侑哉は驚いて目を見開いた。
「……っ、ホンマか?」
「うん。でも、犯人に繋がる決定的な証拠がない。だから、ただ手を拱いているんだ」
「さよか……まさか、俺が原因か?」
「…………それも分からない」
言葉では否定しているが、僅かな間が肯定しているようなものだった。それが分かった侑哉は苦々しげな表情を浮かべた。
「そんなん、どないしたらええんや……」
「証拠がない以上、俺たちもむやみに動けない。だから、最悪の事態にならないように対策するしか今はできないでいる」
「対策?」
「私物関係の対策は早々に優が教えたみたいだよ。優も長いこと細々とした嫌がらせを受けているからね」
「……宮岸のシンパやろ? それ、一部で有名やで」
梨香子と同じクラスである侑哉は呆れたようなため息が思わず出た。それにつられるようにして誠史も苦笑いを浮かべた。
「あと、実力行使に繋がらないように咲緒理の単独行動を控えている。普段は葵たちと一緒にいるから、もし何か用事がある時は3人の誰かといると思って」
「あぁ、分かった。……教えてくれて、おおきにな」
侑哉はそう言って誠史と雅樹に背を向け、更衣室を出て行った。
「沖田に話して良かったのか?」
侑哉がいなくなると、雅樹が誠史に声をかけた。誠史は視線を侑哉が行った方に向けたまま小さく頷いた。
「沖田もある意味当事者だ。いつまでも蚊帳の外に置くわけにいかない」
「それもそうだな……。そういえば、誠史」
「ん?」
呼ばれて視線を雅樹に向けると、雅樹は珍しく眉を潜めていた。
「優の事だけどな、嫌がらせが少し増しているらしい」
「……慶人と玲が話してくれた。元々、嫌がらせの手紙が度々届けられる程度だったのが、最近は泥やらゴミやらが机の中に入っている事があるらしいね」
「優は何でもないふりして片付けているけど、さすがに気付くよな」
「……正直、匡利が宮岸とペアになったんだから、そういう嫌がらせは下火になると思っていたんだけどね」
「むしろそれだよ、原因は」
誠史は目を丸くして雅樹を見つめる。雅樹はどこか不機嫌そうに目を細めた。
「匡利が宮岸とペアになることを認めたから、いい加減に優は身を引けって事らしい。……身を引くも何も最近あの2人、ほとんど話していないのにな」
「…………」
「あとな……どうも匡利、授業と合同練習以外でのペア練習を断っているらしい。合同練習も1回踊って終了。それ以上の練習は必要ないって言ってな。……それが気に食わないんだろう。それで優が何か言ったのかって、妙に勘ぐっているらしい」
「ペア練習を断っている……?」
眉を潜め、誠史は思考を巡らせた。
「……確かに合同練習は無理にペアで練習する必要はないし、授業だけでも十分な練習にはなる。何より、あのペアはすでに完璧に近い形で踊れているけど……」
「あまりにも匡利らしくない、だろ?」
「あぁ。強制じゃないとは言え1回踊って残り時間を放棄することも、その少ない練習だけで満足することも……そもそも、宮岸の誘いを受けたこと自体、全然匡利らしくない……っ」
苦々しげに誠史は捲し立てた。事情を知る慶人以外、誰もが感じている匡利への疑念が今の誠史の心を占めている。雅樹は小さく息を吐くと、気怠そうに頭を掻いた。
「匡利の事だ、何か裏があるんだろう。ただ、現実は匡利が思うようには進まなかった……皮肉だな」
「……葵が悲しむんだ、優が傷つくと」
「紗奈もだ。咲緒理も、俺も、お前も、皆同じだ。もちろん匡利も……でも、もしかしたら優と組んだ方が良かったのかもな」
「……やり方が不器用過ぎるんだよ、匡利は」
呆れ交じりのため息を吐き、誠史は頭を振った。雅樹も誰よりも人との関わりに不器用な家族を思い、苦笑した。
「……咲緒理の方も犯人に目星は付いているのに、それ以上何もできないのがもどかしいな」
「……嫌な予感がするんだ。対策は万全にしているけれど、僅かな隙をついて最悪の事態を招くんじゃないかって……」
「物騒だな。誠史のそう言う予感は当たるからな……それに否定もできない。相手はそういう事だけには頭が回るようだからな」
皮肉を込めた雅樹のセリフに、誠史は苦笑いを浮かべて頷いた。
話の区切りがついたところで2人は時計を見た。すっかり話し込んでしまい、練習が終わってから大分時間が経っていた。皆が待っていると、誠史と雅樹は急いで更衣室から出て行った。
少しでも自分たちの悪い予感が外れることを願いながら……
ここまで読んで下さりありがとうございます!
【読者の皆様へお願い】
この小説を「面白い」「続きが気になる」「他の人にも読んでほしい」と思って下さる読者様、
もしよろしければ、ブックマーク・感想・評価・レビューなどをぜひお願いいたします。
作者も嬉しいですし、とても励みになります!
また、この小説はアルファポリス様でも掲載しております。
よろしければ、各小説または目次の下部にあるバナーをクリックしてください。




