第53話 絆
数日後の夜、優梨は夕飯の後に地下の弓道場で自主練習をしていた。最近は考えることが多いせいか、あまり部活で集中できていなかった。今もいつもなら的の真ん中に当たる矢は、どれもずれた場所に刺さっている。
「(やっぱりずれるな……結構打ったのに真ん中に当たったのは3回か……)」
小さくため息を吐き、もう終わりにしようと矢と弓を片付け始めた。その間も考えるのは最近の事ばかりで、注意力が散漫になっている。そのせいで何度も矢の本数を数え直している。
「(……あぁ、もう。埒が明かない)」
優梨は数えるのを止め、矢をそのまま戻して弓道場を出た。同時にすぐ側のトレーニングルームから佳穂が出てきて、鉢合わせた。
「佳穂……」
「優梨……」
2人とも口を閉ざして沈黙が流れた。しばらく2人は見つめ合っていたが、佳穂の方から視線を逸らして地下から出ようした。
「っ……ま、待って!」
優梨は思わず呼び止めてしまった。佳穂は立ち止まって優梨の方を振り返った。
優梨は声を掛けたものの、なかなか言葉が見つからなかった。一瞬だけ視線を巡らせてから佳穂を見つめ、ギュッと拳を握った。
「あの、どうして私たちの事避けるの……?」
「…………」
「最近の佳穂、嫌なこと言ったりやったり……何で、そんなことするの?」
「…………」
「何かあったの? 私たち、気付かない間に佳穂に何かしちゃったのかな? それとも、何か悩んでいるの……?」
「…………」
「……佳穂、お願い……答えて……」
佳穂は何も言わず、ただ一方的に優梨が言葉を掛ける。優梨の言葉に佳穂は無言のまま表情だけをしかめた。それに不安を覚えた優梨は懇願するように言葉を続けた。すると、やっと佳穂が口を開いた。
「……別に。関係ないでしょう、優梨には」
冷たく言い放たれる言葉に優梨はズキッと胸が痛んだ。怖気そうになるのを堪え、次に言う言葉を考えた。
「……っ、関係なくなんかないでしょう? だって、私たち“家族”なんだよ……!」
「家族?」
佳穂は眉をひそめ、怪訝そうに聞き返した。優梨は涙が零れそうになるのをグッと我慢して、言葉を続けた。
「そうだよ。佳穂と私たちは“家族”なんだよ……? それに約束したじゃない」
「約束……?」
「……最初、この家で暮らし始めた時にした約束だよ。何か悩んだり困ったりした時や悲しいことがあった時は、お互い遠慮しないで相談しようって、そう皆で約束したじゃない」
この家で暮らし始めた時、喜びと戸惑いばかりだった優梨たち。誰かと一緒に、自分たちを罵倒する言葉も悲しみも痛みもない、平穏な暮らしをすることに慣れていない優梨たちは、どうしていいか分からなかった。お互い遠慮ばかりしていて、とてもぎこちなかった。
誰かを頼ったり誰かに甘えたりすることは決して迷惑じゃなくて、家族なら遠慮をすることはないのだからと考えた優梨たちは、しばらくしてからそう約束をした。そのおかげで少しずつ皆は自分たちの気持ちを言葉にして、行動に移すことができるようになった。その約束は今でも支えであり、優梨たちにとって大切な思い出だった。
「……っ、忘れちゃったの? それでも関係ないって、言えるの……?」
震えそうになる声を抑え、佳穂に訴えかけた。
しかし、佳穂は顔をしかめたまま鬱陶しそうにため息を吐いた。
「言えるわよ」
「っ……!?」
「だってそうじゃない。私たちは“家族”って言ったって、血の繋がりもなければ俊哉さんの養子になったわけでもない。ただ、同じ境遇の人たちが寄り集まって暮らしているだけじゃない」
「っ…………」
「所詮、赤の他人なのよ。ただ傷の舐め合いをしているだけ……それをいつまでも“家族”って思っているなんて、虚しいだけじゃない」
優梨は握りしめた拳が震え、目頭がどんどん熱くなるのを感じた。これまでにないくらい、胸が張り裂けそうなくらい痛かった。
「……っ、虚しくなんか、ない……」
「どこが? どう考えたって、私たちの“家族”だって言う関係は“偽物”で、結局は“まやかし”に過ぎないのよ。……虚しい以外に何があるって言うのよ」
そう言う佳穂の声には、優梨に対する呆れが入り混じっていた。一方の優梨は堪え切れなかった涙がポロリと一粒零れた。
その脳裏に浮かぶのは遠い昔の記憶だった。あんなにも自分を愛してくれた両親を、大好きだった両親の顔も声も、すでに朧気になって殆ど覚えていない。僅かな記憶とその愛情を糧に生き続け、やっとの思いで見つけた仲間と新たな“家族”を築き上げた。
嬉しかった。言葉にならないほど喜んだ。これでもう自分は独りじゃなくなったのだと思った。自分はやっと誰かと“家族”になれたのだと、幸せなんだと思えた。
そのはずだったのに、佳穂の言葉はその全てを否定した。優梨の心の中で、パラパラと何かが崩れていくのを感じた。
「……っ、何で、そんなこと言うの……? それの何が悪いの……?」
「…………」
「っ、確かに……私たちの関係は、本物じゃないけど……一緒にいて安らげれば、幸せならそれでいいじゃない……っ!!」
「…………」
「それじゃ、ダメなの……?」
堪えられなくなった涙がボロボロと零れ、佳穂へ訴えかける言葉は弱弱しかった。縋るような声色と表情に、佳穂は眉をひそめた。そして、また呆れたようにため息を吐いた。
「だから、いつまで経っても弱いのよ」
「っ…………!」
「私たちは異能者として生まれた時点で、独りになることが決まっているの。だって異能者にはそれだけの強さがあるもの」
「…………」
「たとえそうじゃなくても、どうにかすれば人は独りでも生きていけるものなのよ。……私はもう、誰にも頼るつもりはないの」
そう言うと、佳穂は優梨に背を向けた。
「っ、佳穂……!」
「話はそれだけ? 私、忙しいのよ。じゃあね」
無意識に伸ばされた優梨の手を無視し、佳穂は《瞬間移動》でその場からいなくなってしまった。1人残された優梨は、呆然と佳穂が立っていた場所を見つめていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《瞬間移動》で移動した佳穂は、3階の踊り場にいた。扉を開けて3階のフロアに移動しようと思った時、扉の側の床に何かが落ちているのに気付いた。
「(何かしら、これ……お守り?)」
手に取って見ると、それは大分古くなったお守りだった。元は赤かったであろう色は褪せ、所々が少しほつれて糸が見えている。心なしか、普通のお守りよりも少しだけ厚みがあるようにも感じた。鞄か何かにつけていたのか、紐が擦り切れたように真っ二つになっている。
「(誰のかしら……こんなの付けているの、あまり見たことないけれど……)」
《鑑定》でもして持ち主を探そうかと思っていると、誰かが階段を駆け下りてくる音がした。振り返ると、葵が焦ったように辺りを見回しながら下りてきていた。
「あっ、佳穂!」
「葵……どうしたの?」
「それが、大事な物を落としちゃって……学校から帰ってきた時はあったから家の中だと思うんだけれど、どこにもなくて……あぁ、どうしよう……」
佳穂は葵のあまり見ない様子につい声を掛けてしまった。葵の方も最近は佳穂と気まずくなっているのを忘れ、普通に言葉を交わすほど気が動転していた。
辺りを見回しながら半泣きになっている葵に、佳穂は自分の手の中にある物を思い出した。
「(もしかして……)」
チラッと手の中のお守りを一瞥し、葵に近づいた。
「葵。探しているのって、これかしら?」
掌に乗せて見せると、葵は目を見開いて頷いた。
「これ、これなの! どこにあったの?」
「ちょうど、ここに落ちていたわよ」
「そっかぁ。あぁでも、良かった。……紐が切れちゃったのか……紐だけ新しいのに変えようかな」
葵は大事そうに受け取り、心底安心したように言った。そして、落ち着いてくると急に気まずい気持ちになり、内心少し焦っていた。一方で佳穂は、葵が大事そうにするそのお守りに、何やら違和感を覚えた。
「……ねぇ。そのお守り、大分古そうだけれど、どうしたの?」
最近の事で気まずい気持ちになっている葵の気も知らずに佳穂はそう聞いてきた。
「えっ? あー……佳穂には見せたことなかったんだっけ?」
「そうね、初めて見るわ。……でも、つけているのも見たことがない気がするけれど」
「いつもは鞄につけて、さらに見えないように鞄の脇ポケットに入れているからねぇ……」
そう言って葵は少し考えてから、お守りの口を慎重に開けた。中から幾重にも折りたためられた紙を取り出した。葵はそれを、そっと壊れ物を扱うようにして開いた。開くと、掌に乗せて佳穂に見せた。
それは、色褪せた1枚の写真だった。何度も折ったり開いたりしていたのか、所々擦り切れて小さな穴が開いている。写っているのは、1人の若い女性だった。
「これは……」
「……私のお母さんだよ」
聞いた瞬間、佳穂は勢いよく写真から顔を上げ、葵を見つめた。葵はそんな佳穂に苦笑しつつ、どこか嬉しそうに写真を見つめた。
「正確には、お母さんだと思う人……。確証はないの。実は全然関係ない人かもしれないし」
「どうして、これを……?」
葵の出生を僅かながら知っている佳穂は疑問だった。
葵は孤児院育ちだ。いつだったか聞いた葵の話では、赤ん坊の頃に孤児院の前に捨てられ、両親の事は何も知らないのだと言っていた。それなのに、どうして母親だと思われる人の写真があるのかと、佳穂には不思議でならなかった。
「……まだ赤ちゃんの時、孤児院の前に捨てられていた私と一緒にあったんだって。多分、捨てた時に一緒に持たせてくれたんじゃないかな? このお守りも私が握っていたらしいよ。……あとね、これを見てみて」
葵はそう言って、そっと写真を裏返した。裏側の端の方に「葵へ」と書かれていた。それを目にした佳穂は葵の方を振り向いた。思った通りの反応に葵は微笑んだ。
「……これ、本当はお母さんの名前なのかもしれないだけれど……他に私の名前とかが分かる物がなかったから、そのまま私の名前になったの」
葵は愛おしむような眼差しで写真を見た。
「いつもお守りに入れていて、何かあるといつもこの写真を眺めていたの。いつか、この人が私の事を迎えに来てくれるんだって思いながら……。そんなこと、あるわけないのにね」
苦笑しながら丁寧に写真を折りたたみ、またお守りの中に入れた。もう一度大事そうにお守りを見ると、とりあえずは自分の《無限収納》の中に葵は仕舞った。
その一連を見ていた佳穂は顔をしかめ、無意識に拳を強く握り締めていた。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、ずっと持っているの……? その人が本当にお母さんなんだったとしても、結局は捨てられたんじゃない」
葵はそれまでの微笑みをスッと消し、佳穂を見つめた。
「捨てられて、それからの葵は色んな目に遭ったんでしょう? それなのに、どうして……」
困惑気味の佳穂の問いかけに、葵はしばらく考え込んだ。そのうち、クスッと小さく笑った。
「――だからだよ」
とても穏やかな笑みで葵はそう言った。そんな葵に佳穂は訳が分からないと、さらに戸惑った。
どういうことなのかと詳しく聞こうと佳穂は思ったが、葵はそのまま拾ってくれた礼を言って部屋に戻っていってしまった。残された佳穂は、眉をひそめて葵の背中を見つめていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
地下で佳穂と別れてから、優梨はずっと涙が止まらなかった。とりあえず部屋に戻ってシャワーと着替えを済ませた。それからベッドに横になってしばらくしてから、やっと涙が止まった。
佳穂の言葉をずっと考えていたが、時間が経つにつれて少しずつ怒りが込み上げてきた。思わずシーツを握りしめるが、それもすぐにやめた。
「(……私たちって、佳穂にあの程度にしか思われていなかったんだなぁ……家族だって思っていたのは私だけで、あっちは……)」
やっと落ち着いてきたのに、佳穂の言葉を思い出すだけでズキッと胸が痛み、ジワッと目尻が熱くなった。視界が滲んでくると、優梨は起き上がって目を抑えた。
「(……ホットミルクでも飲んで、落ち着こうかな……)」
そう考えた優梨は早速寝室を出て、自室のキッチンに向かった。折角なのでレンジは使わずに、鍋に牛乳を入れてコンロで温め始めた。
「(少し量が多かったかな……まぁ良いか)」
ボーッと鍋を見つめ、少し湯気が出てきたところで火から鍋を下ろした。マグカップに注ごうとした時、インターホンが鳴るのが聞こえてきた。咄嗟にキッチンに置いてある時計を見た。
「(誰だろう……?)」
割と遅めの時間で、この時間帯に訪ねてくる人はあまりいない。葵か咲緒理だろうかと思いながら、入口に向かった。
「はい……っ、匡利」
扉を開けてそこにいたのは、匡利だった。珍しい人の訪問に、優梨は少し驚いていた。
「ど、どうしたの?」
「……忘れ物だ」
そう言って何かを差し出してきた。優梨は咄嗟に両手を出してそれを受け取った。匡利が渡してきたのは、優梨が愛用しているカラーボールペンだった。
「えっ、これ……」
「さっき図書室で見つけた。夕飯前にそこにいただろう?」
「うん。落としていることに全然気づかなかった。……ありがとうね、匡利」
そう言って見上げると、匡利は軽く首を傾げながらジッと優梨を見ていた。何だろうかと思いつつ、見つめられていることに段々と優梨は照れくさくなってきた。
「な、なに……?」
「……その目、どうしたんだ」
「えっ……」
優梨の目元はたくさん泣いたのと、涙を止めようと無意識に何度も擦っていたせいで赤くなっている。優梨は佳穂とのことを匡利に話そうかと少し考えたが、うまく言葉にならず口籠るだけだった。
「……話せないなら、無理に話さなくて良い」
匡利はそう言いながらポンポンと軽く優梨の頭を撫でると、自分の部屋に戻ろうとした。すると、優梨は咄嗟に匡利の服の端を掴み、匡利を引き留めた。その反動で匡利の足は止まり、振り返った。
「ん? どうした?」
表情は何も変わらないが、優しく聞いてくる匡利の姿に、優梨は抑えていた涙がまた零れそうになった。泣いてしまわないようにグッと唇を噛み締め、掴んでいた手を放した。
「あの、ね……ホットミルクを作ったら、多くなっちゃって……良かったら、飲んでいかない……?」
突然の誘いに匡利は無言のまま優梨を見下ろした。
咄嗟に出た言葉だったが、優梨は内心「しまった」と思っていた。暗黙のルールで余程の用事がなければ、部屋で異性と2人きりにならないというのがあった。匡利が今の言葉でそのルールを破るとは思えない。
やっぱり止めようと優梨が言おうとしたところで、匡利が小さく息を吐くのが聞こえてきた。
「1杯だけだからな」
「う、うん……!」
予想外の返事をされて優梨は驚きつつ、嬉しく思っていた。
部屋に入ってダイニングに匡利を案内すると、優梨は急いでキッチンに戻った。少し冷めてしまった鍋に少し牛乳を足して温め直した。でき上がるとマグカップに注ぎ、ダイニングまで運んだ。
「はい。少し熱いかもしれないから気を付けてね」
「あぁ」
マグカップをテーブルに置いて渡すと、優梨は匡利の正面の椅子に座った。チラッとだけ匡利を一瞥すると、無言のままホットミルクを飲んでいる。その様子に優梨は小さく笑みを浮かべて視線をマグカップに落とした。
それからしばらくの間、お互いに何も言わずにホットミルクを飲み続けた。マグカップの中身が空になると、優梨は匡利からカップを貰ってキッチンに持って行った。《清浄》をかけて綺麗にし。棚に仕舞ってからキッチンを出た。
優梨が戻ると、匡利は立ち上がった。
「俺は部屋に戻るぞ」
「あっ、うん……」
折角だからと、部屋の入り口まで見送ることにした。
「匡利、急に誘ってごめんね。ありがとう」
部屋を出ようとする匡利の背中に、優梨はそう声を掛けた。すると、匡利は何やら少し考えてから、部屋を出ずに優梨の方を振り返った。
「……優梨」
「うん? どうしたの?」
優梨は微笑みながら聞き返した。その表情を見つめ、匡利は少しだけ眉をひそめた。
「何か、俺に言いたいことがあったんじゃないのか?」
「……えっ?」
優梨は笑みを無くし、目を見開いて匡利を見つめた。
「な、んで……?」
「……ずっと、泣きそうな顔をしている。何かあったんじゃないのか?」
「それは……」
何とかうまく取り繕ったはずだった。それをすっかり見透かされていることに動揺した
「さっきも言ったが、話せないのなら無理しなくて良い。だが、俺が聞けることなら、いくらでも聞くぞ」
そう言われ、優梨はクシャッと表情を崩した。同時に収まったはずの涙が込み上げてくるのを感じた。色んな想いが複雑に混ざり合って、何から話せばいいのか分からなかった。それでも何とか震える唇を必死に動かして、言葉を紡ごうとした。
「……っ、匡利は」
「ん?」
「匡利は……私たちの関係を、どう思っている……?」
「どう、とは……」
質問の意図が掴めず、匡利は少し困惑した。ふと、視線を落とすと優梨の握りしめた手が震えていることに気付いた。視線を戻し、優梨の次の言葉を待った。
「……っ、さっき地下で……佳穂に会って話をしたの」
「…………」
「そうしたら、佳穂……わ、私たちの事、家族じゃないって、赤の他人だって……そんなの偽物で、まやかしだって……」
言葉を続ければ続けるほど悲しくなり、優梨の目にはじわじわと涙が滲んだ。
「ただの傷の舐め合いだって……そんなの、虚しいだけって……」
「…………」
「そんな風に、思っていたなんて……っ、ずっと“家族”だと、思っていたのに……それなのに……っ」
ボロボロと涙が零れ落ち、嗚咽が漏れてそれ以上は言葉にならなかった。優梨は両手で顔を覆い、さめざめと泣いた。
匡利は眉をひそめながら、泣く優梨の姿を見つめた。しばらく思案すると、優梨に近づいて手を伸ばした。その手はそっと優梨の頭に触れると、そのままゆっくりと自分の胸に引き寄せた。
匡利の行動に驚き、優梨は涙が止まった。匡利を見上げようとしたが、頭を押さえられているせいで動けなかった。
「匡利……?」
静かに呼びかけると、抱き寄せる手に少し力が入ったような気がした。そして、匡利が何か言おうとしているのを優梨は感じた。
「……偽物でも、ただの傷の舐め合いでも……たとえそれが虚しい関係なのだとしても、俺たちが互いに“家族”だと思っているのなら、それで構わないと思う」
「…………」
「傍から見たら奇妙でおかしい関係なのかもしれないが、誰が何と言おうと俺たちは“家族”だ」
「っ…………」
「俺は、そう思っている……」
また涙が流れ出し、止まらなかった。匡利の言葉で傷ついた心が少しずつ癒えていくのを優梨は感じた。
それから匡利は優梨の涙が止まるまでずっと側にいた。泣き止むと、抱き寄せていた手をそっと放し、部屋へ戻って行った。
「……佳穂が何故、そんな風に言ったのかは俺には分からない。だが、それが佳穂の本心なのだとしたら……俺たちは話し合う必要があるのかもしれない」
優梨の部屋から出る直前、匡利は呟くように言った。その言葉に優梨は無言で頷いた。
匡利が去った後、寝る支度を整えてベッドへ入った。眠る直前、優梨はひとつの決心をしていた。
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