第36話 衣裳係は大忙し!
翌日、優梨たちは考えた衣装デザインを他の衣裳係のメンバーにも見せて意見を聞いた。概ね好印象な意見を貰い、多少手直しをするくらいでほぼ優梨たちが考えたデザインで決定した。その後は他のクラスメイトのウエイター・ウエイトレスも含めてどのくらいの布が必要になりそうか、皆で計算をした。
更に翌日には布の見本が届いた。デザインにあった布をいくつか選び、必要なサイズと値段を比較して何を発注するか話し合った。ウエイター・ウエイトレスはすぐに決まり、エプロンの色も定番の黒の他に、暗い色合いの赤・青・緑の3色を入れた計4色で用意することにした。エプロンはその日のうちに全員から希望の色を聞き、予備を加えた枚数を用意することにした。次の日には生徒会に発注書を提出して、週明けには届くことになっている。
そして週明け。この日から3日間は授業が午前の半日だけとなり、午後は学園祭の準備となる。そして、残りの学園祭当日までは終日で準備をすることになる。
半日準備期間の初日は、採寸から始まった。準備は教室と当日に使用する第3会議室、割り当てられた調理実習室に分かれて行われている。優梨たち衣裳係は教室で作業をすることになっている。教室の一角を机や暗幕などを駆使していくつかに区切り、当日は着替えのスペースとして使えるようにしていた。今は、それぞれ分かれてスペースに入り、分担でクラスメイトの採寸をしている。誰を担当するかは事前に決められていて、当然慶人たち6人と佳穂と紗奈を優梨・葵・咲緒理が担当している。
「――で、佳穂と紗奈ちゃんは3人の中で空いている人がやるとして……慶人たちはどうしようか」
優梨は担当する生徒の名前が書かれた紙を見ながら、葵と咲緒理に聞いた。2人も眉をひそめて肩を竦めた。
「とりあえず、慶人君たちから始めちゃった方がいいよね……」
「そうだね。……とりあえず、誠史はアオに任せようかな」
「いいよ。じゃあ、匡利くんは優だね」
「ありがとう……。あと、一番怒ってそうな慶人もやるね」
「朔夜君は私がやろうかな。ちょっと話したいこともあるし……玲君も私がやろうかな」
「じゃあ、雅樹くんは私がやるね」
相談の結果、優梨が匡利と慶人を、葵が誠史と雅樹を、咲緒理が朔夜と玲を担当することが決まった。それぞれ割り当てられたスペースに入り、最初に採寸する人を呼んだ。準備期間中は、連絡を取り合うことを考慮してスマホの使用が許されている。
優梨が最初に呼んだのは、慶人だ。
「あっ、来た」
「……早く済ませるぞ」
少々ムスッとした表情で慶人はスペースに入ってきた。優梨は苦笑しながら籠を差し出した。
「この籠にポケットの中身を入れてね。あと、上着は脱いで……できたらワイシャツも脱いでもらおうかな」
慶人は言われた通り、ポケットに入っていたスマホや財布を取り出して籠に入れた。上着とワイシャツも脱いでTシャツ姿になった。
「じゃあ、測るよ」
「あぁ」
優梨はメジャーを手に、決められた部位のサイズを測っていく。測ったら、事前に用意していた表に書き込んでいった。測るのは胸囲、ウエスト、ヒップ、肩幅、袖丈、裄丈、首廻り、股上、股下、太ももの付け根廻り、着丈の11か所でいくつかは左右両方測っている。
「――はい。これでおしまいだよ」
「やっとか……」
測る箇所が多いため少々時間がかかったが、滞りなく済ませられた。
「次は誰だ」
上着とワイシャツを着ながら慶人は聞いてきた。
「次は匡利だけど……」
「呼んできてやる」
一言そう言って慶人はスペースを出て行った。呆然としていると、数分もたたないうちに匡利がやってきた。途端に、優梨は自分の胸がドキッと鳴るのを感じた。
「どうすればいい」
「えっと、ポケットの中身をこの籠に入れて、上着とワイシャツも脱いで……」
そう言われると、匡利はすぐにポケットの中身を出して籠に入れた。中身は慶人とあまり変わらずスマホと財布、それからハンカチだった。上着とワイシャツの下も慶人とあまり変わらずシンプルなTシャツだった。
「じゃあ、測るね」
「あぁ」
匡利の側に寄り、メジャーで同じように測っていく。平静を装っているが、心臓がいつまでもドキドキと鳴っていた。
「(うぅ~、全然治まらない。この音、聞こえていないよね……?)」
こんなに側に寄って何かをすることが滅多にないせいか、ますます胸が高鳴る。匡利にまで聞こえてしまいそうで気が気じゃなかった。
じっくりとこの時間を味わいたい気もするが、心臓が持たなくなりそうだと考えた優梨はササッと作業を進めた。心なしか、慶人の時よりだいぶ早く終えたような気もする。
「はい、終わったよ」
そう告げると、匡利はワイシャツを手にして袖を通した。優梨は籠に入れられている上着を手にし、匡利がワイシャツのボタンを留め終えるのを待った。
「はい」
「ありがとう」
上着を渡し、今度は籠を手にして匡利を見つめた。そうしているうちに少し胸のドキドキが治まったような気がした。
「次は誰なんだ」
「佳穂か紗奈ちゃんかな」
「呼ぶか?」
「ん~、アオとサオの進み具合を聞いてからにするから大丈夫だよ。ありがとう」
微笑みながら言うと、匡利は軽く頷いてから籠の中身を手にしてスペースを出て行った。その後姿がカーテンの向こうに見えなくなると、優梨は深呼吸をした。
「(し、心臓がおかしくなるかと思った……)」
気持ちが少し落ち着くのを待ち、それから葵と咲緒理に《念話》で話しかけた。
「【アオ、サオ。そっちの進み具合はどう?】」
「【私は誠史くんが終わって、今雅樹くんを測っているよ】」
「【私は朔夜君が終わって、もうすぐ玲君も終わるよ】」
「【じゃあ私は慶人も匡利も終わったから、紗奈ちゃんを測っちゃうね】」
確認が終わると、優梨はスマホを手にして紗奈にメッセージを送った。しばらくして、紗奈がスペースにやってきた。
「よろしくね、優」
「うん!」
優梨は紗奈に慶人と匡利と同じように説明しつつ、テーブルにある表をチラッと目にした。そこにはまだ名前が並んでいる。
「(今日中に全員できるといいなぁ……)」
そう思いつつ、上着を脱いだ紗奈の背中側に回り、メジャーで測り始めた。
初日終了間際で中断し、衣裳係で集まって進み具合を確認した。全員、残り1人を測れば終わるところまで進んでいた。2日目の予定を確認し、話し合いが終わったところで終了時間となった。
この日は部活に参加する人は向かい、それ以外の人は残って作業を進めたり帰宅したりしている。優梨たちは軽く部活に顔を出し、学園祭に関する話し合いを少ししてから帰宅をした。
半日準備期間2日目。この日は残りの採寸を終えた後、型紙の作成になった。
ウエイター・ウエイトレスの衣裳は、さすがに全員それぞれのサイズで作るのは大変ということになった。そのため同じ様な体型の人で分け、男女それぞれ3つか4つのサイズで作ることになった。慶人たち女装の衣裳だけはそれぞれ違うデザインのため、各々で型紙を作成することになっている。
この型紙作成はなかなか時間がかかり、半日準備の最終日である翌日にも作業をすることになった。ギリギリまでかかってしまったが、なんとか予定していた分をすべて作り終えることができた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして、ついに終日の準備期間に突入し、本格的な準備が始まった。
「やっぱりこの期間が一番盛り上がるよね!」
布の裁断を終え、布と針を手に葵が笑顔でそう言った。
「元気だね、アオ。……やっとここまで来たって感じだよ。色々大変だったなぁ」
優梨の脳裏にはこの半月ほどの様々なことが浮かんでは消えていた。
「感慨深いよねー」
教室の一角で衣裳を縫いながら2人が話していると、その背後に咲緒理が音もなく立った。
「優、アオちゃん。話すのもいいけど、手は止めないでね!」
「あ、サオちゃん」
「見回りはどんな感じ?」
「調理実習室が終わって、これから第3会議室まで行くところ。だから、もうしばらく待っててね」
咲緒理はそう告げると慌ただしく2人のもとを去った。その背を見送り、優梨と葵は手を動かし始めた。
「……それにしてもさ、アオ」
「ん? どうしたの?」
手の動きは止めず、声をかけてきた優梨に葵は返事をした。
「ちょっとね……匡利たちの女装に関して、まず初めにデザインを全面的に任されたじゃない?」
「そうだねぇ」
「それで、他の皆のウエイター・ウエイトレスの衣裳を任せる代わりに、作るのも任されたじゃない?」
「うん」
「さらに女装の衣裳を作る流れで、匡利たちのウエイターの衣裳を作るのも任されたじゃない?」
「うん……」
「それから、何故か私・アオ・サオ・佳穂・紗奈ちゃんのウエイトレスの衣裳も私たちが作るじゃない?」
「う、うん……」
「でも《裁縫》のレベルと作る数の関係で、他の子たちにミシンを譲って私たちは手縫いじゃない?」
「…………」
「……ハード過ぎるにもほどがあるよね」
「そ、そうだね」
無表情のまま淡々と現実を述べる優梨に、葵は冷や汗を流しながら苦笑した。
「……レベル的には問題ないし、断らなかったのは私たちだけどねぇ」
「結構ギリギリになりそうだよね」
「うん……衣装合わせもあるし、徹夜にならないように頑張ろうか」
そう話した後、2人は黙々と衣裳を縫う手を動かしていた。
1時間後、キリの良いところまで進んだ優梨と葵は休憩を取っていた。そこへ、紗奈がやってきた。
「2人とも、そっちはどう?」
「紗奈ちゃん!」
「結構順調だよ。そのエプロン、可愛いね」
優梨が着ているエプロンを褒めると、紗奈は照れたように笑った。
「もし時間があったら、メニューの試作を作ったから食べてほしいんだけれど」
「本当?」
「嬉しい!」
紗奈の提案に優梨と葵は喜んで承諾した。紗奈の後について2人は調理実習室へと向かった。
調理実習室では他のクラスの人もいて、それぞれが学園祭当日に出すものを試作していた。紗奈が使っていたのは、実習室で一番奥の実習台で、その上には色々な料理が並んでいる。
「うわぁ、すごいね」
「色々試したくなっちゃってね」
椅子を用意してそれぞれ座り、目の前の料理に手を伸ばした。
「うん、美味しい!」
「本当? 嬉しい。こっちも食べてみて」
少しずつ皿に取り分けて、優梨と葵は堪能した。どれもこれも美味しく、その度に褒めると紗奈はどこか安心したように笑った。
「それにしても、いっぱいメニューがあるね」
葵が手元にある作る予定の料理やお菓子類が書かれた紙を見て言った。優梨も隣からその紙を覗き込んだ。
「サンドイッチや焼きそばとかの軽食系、ケーキやアイスとかのデザート系、さらにはコーヒー・紅茶・ジュースとか飲み物まで多種多様だよね」
「でも、作るのが大変じゃない?」
優梨がそう聞くと、紗奈は軽く首を振った。
「今週は試作をして、来週から分担でどんどん作る予定なの。アイスみたいなのは買ってこようかなって思っているし。食材も朔夜くんが効率の良い使い方とか考えてくれているし……」
「朔夜?」
「朔夜君も調理係なの?」
意外な人物の名に優梨と葵は驚いていた。準備班を決める時に実行委員として前にいた朔夜が、何をやるのかずっと曖昧なままだった。一方で紗奈はキョトンとしたように2人を見た。
「あれ? 知らなかった?」
「うん。朔夜って別に料理下手じゃないのに、たまに色んな意味ですごいのを作るから、調理係はやらないかと……」
「なんでも、調理係は衣裳係の次に大変になる係だから、スケジュール管理や食材管理なんかをした方が良いと思ったらしいよ」
「なるほど……」
何とも朔夜らしい理由だと優梨と葵は思った。
「そう言えば、誠史くんと玲くんは内装係のインテリア・小道具班だったよね?」
ついでとばかりに紗奈が聞いてきた。
「うん。あと、匡利と雅樹が内装係の大道具班になったみたい。何気にあの2人、そういう作業が得意みたい」
「慶人くんは内装係の総合リーダーらしいね。そう言えば、エリカは内装係の音響班になったって聞いたけど……」
葵は何か知っているかと聞きたそうに優梨の方を振り向いた。
「そうらしいよ。最初は誠史と同じインテリア・小道具班を希望していたらしいんだけど、慶人がうまく言って音響班になったみたいだよ」
「……どうりでエリカが文句ひとつ言わないで張り切ってやっているんだ。すごいね、慶人くん」
慶人のその行動が、葵と誠史を考えてのものだということに葵は気付いていない。それが分かった優梨と紗奈は顔を見合わせつつ苦笑した。
「ところで、慶人くんたちのデザインって決まったの?」
紗奈が聞いているのは、もちろん女装の衣裳のことだ。
「うん。ウエイターの衣裳ができ上がったら、そっちを作り始める予定」
「どんな感じになったの?」
少し身を乗り出し、興味津々な目で紗奈が聞いてきた。それを見て、優梨はニッと口元に笑みを浮かべた。
「見る? ちょうどコピーを持っているよ」
優梨と葵は持ってきていたトートバッグからいそいそとクリアファイルを出した。その中にある6人分のデザイン画の紙を紗奈に見せた。
「……わぁ、皆すっごく可愛いね」
「でしょう? 特に匡利なんて力作だよ」
「いやぁ、誠史くんの方が可愛いよ~」
「可愛いって言ったら、慶人くんも負けていないね」
デザイン画を手に3人はキャッキャッと盛り上がっていた。そんな3人に近づく人影があることに気が付いていなかった。
「優、葵」
声がして振り返ると、そこには匡利が立っていた。優梨は思わず手にしていたデザイン画を背に隠した。
「匡利」
「どうしたの? 匡利くん」
葵が聞くと、匡利は僅かに肩を竦めた。
「生徒会の見回りが終わって教室に戻ったら、咲緒理が2人を探していたぞ。それで呼びに来た」
「そうなんだ……」
チラッと時計を見ると、意外と時間が経っていた。戻ったら、さすがに咲緒理に怒られるだろうなと優梨は冷や汗を流した。
「……ところで、何をそんなに盛り上がっていたんだ?」
「えっ? えっと、その……」
さすがに女装のことだとは言えず、優梨の視線が泳いだ。その様子に匡利は首を傾げた。
「いやぁ、あの……」
「匡利くんたちの衣裳のことだよ」
何とか誤魔化そうと言葉を濁す優梨をよそに、葵が正直に答えてしまった。優梨と紗奈はギョッとしながら葵を見て、匡利は眉をひそめた。
「俺たちの衣裳、だと……?」
「うん。ほら、これ」
葵は手にしていたデザイン画を匡利に差し出した。よりによって、それは匡利の衣裳だった。
「ちょっ、アオ……!」
「えっ?」
慌てて葵を止めようとするが、一歩早く匡利が葵の手からデザイン画を取った。デザイン画に目を向け、次の瞬間には匡利の表情は固まった。そのまま少しも表情は変わっていないが、雰囲気がどんどん変わっていく。その変化に気付かず葵はニコニコと笑い、優梨と紗奈は冷や汗を流しながら狼狽した。
「【あわわわ……どうしよう、紗奈ちゃん。匡利の雰囲気がどんどん怖くなってる!】」
「【と、とりあえずアオちゃんを止めるしか……】」
思わず《念話》で話し合うが、事態は好転しなかった。
「可愛いでしょ? それ、匡利くんの衣裳だよ」
「……なに?」
それまで表情を変えなかったのが、今度は眉間に深くしわを寄せた。
「【ひぃっ! 火に油、火に油! あわわわ……紗奈ちゃんどうしよう、どうしよう、どうしよう!】」
「【ゆ、優、落ち着いて!】」
匡利の怒りを感じ取り、優梨と紗奈は最早パニックになっていた。しかし、それでも葵は気付いていないのか、どんどん墓穴を掘り続ける。
「絶対匡利くんに似合うと思うんだよね、それ。楽しみだなぁ」
「っ!?」
無邪気な笑顔を浮かべる葵とは裏腹に、ついには匡利の額に青筋が浮かんだ。
「アオ!」
「アオちゃん!」
無邪気にとどめの一言を言い放つ葵を、優梨と紗奈は慌てて止めようとした。しかし時すでに遅く、匡利は一瞬にして手にしていたデザイン画を握り潰した。
「【怒りMAX! 怒りMAX!】」
「【も、もしかして、私まずいこと言っちゃった!?】」
「【わぁ~ん! 匡利くんが怖い~!】」
3人は身を寄せ合い、珍しく怒りに燃える匡利を遠巻きに見つめた。匡利は無言のまま握り潰したデザイン画を丸め、そのまま側にあったゴミ箱に思い切り投げ入れた。投げ入れた瞬間「ドゴォッ!」というすごい音がし、ゴミ箱の形が少し歪んだのは決して気のせいではない。
幸い、そのデザイン画はコピーで原本は別で優梨たちが持っている。ただ、匡利の様子からそれは秘密にしていようと優梨と葵は心に誓った。
匡利の怒りは実習室中に伝わっているのか、他のクラスの人たちは遠巻きにその様子を眺めているか、視界に入れないようにしている。匡利がゆっくりと振り返ると、皆は視線を逸らして自分たちの作業に没頭し始めた。それをしばらく見つめ、匡利は優梨たちの方を振り向いた。
「……優梨、葵」
「「は、はい……」」
「……咲緒理が待っている。早く教室に戻れ」
「「はいっ!」」
匡利はチラッと優梨と葵の後ろにある他のデザイン画を見たが、気付かないフリのまま実習室を出て行った。匡利がいなくなると、教室のあちこちからため息が聞こえてきた。
「こ、怖かった……匡利くんがあんなに怒るの初めて見た……」と葵。
「この感じだと、他の皆にも内緒にする方がいいかもね……」と紗奈。
「……いっそのこと、衣裳自体を衣装合わせまで隠した方がいい気がする」
優梨の最後の言葉に、葵と紗奈は顔を見合わせ、脱力したように頷いていた。
その後、優梨と葵は咲緒理が探していたことを思い出し、慌てて教室に戻った。咲緒理は1人で作業を進めており、2人が戻ると笑顔でしっかりと雷を落としたのは、言わずもがなであった。




