第13話 波乱の始まり
7月に入ってからは授業と部活に加え、藤永高等学校は3学期制なので学期末テストも行われた。テスト結果が伝えられ、終業式も終わった。7月末には部活の大会もあったが、それも無事に終わった。
数日後、優梨たちは双子島への出発を翌日に控えていた。それぞれの部屋では出発のための準備が行われている。
優梨は衣裳部屋で持っていく服などを選んでいる。10泊11日の予定なのでそれなりに荷物は多いが、優梨が用意しているのは旅行向けの大きめの鞄1つで済んでいる。
「本当に便利だよね。アイテムバッグって……」
すっかり鞄に収まった自分の周りを見て呟く。優梨が用意した鞄は容量が大きめのアイテムバッグだ。それも魔物の革製の上等な物だ。もちろん、これは俊哉が買ってくれた物の1つだ。
「《鑑定》」
アイテムバッグに向けて唱えると、鞄の中身がチェックできる。改めて確認するが入れ忘れはない。もちろん、海水浴に行った時のための水着と日差し除けにつばの広い帽子も入っている。
本当なら《無限収納》があるのでそれに入れてしまえばいいのだが、紗奈がいる手前それは不自然すぎるので止めようということになった。アイテムバッグは決して安い物じゃないが、お金を貯めれば買えない物ではないから使っても問題ないだろうと慶人たちとの話し合いで決まった。
最後に島に行くまでの靴を持って玄関ホールまで《瞬間移動》をする。玄関扉の両脇に小部屋があるのだが、そこには皆の普段使いの靴が数足ずつと傘が置いてある。優梨がいるのは女子用の小部屋で壁際に棚が並び、それぞれの通学用の靴と運動靴、普段の休日によく使う靴が置いてある。棚のスペースには十分に余裕があり、そこに優梨は手に持っていた靴を置いた。すでに佳穂と咲緒理は置きに来たのか、2人の靴がある。
小部屋から出ると、同じように葵が靴を置きに《瞬間移動》で現れた。
「優! 準備は終わったの?」
「うん、やっとね」
「楽しみだねー」
「そうだね。明日って結構早いんだよね?」
「うん。朔夜くんと玲くんが言うには、島までの定期船がお昼前に出るからそれに乗るって言っていたよ」
「じゃあ、もうそろそろ寝ようかな……用意も丁度終わったことだし」
「私は靴を置いてきちゃうね。おやすみ、優」
「おやすみ、アオ」
お互いに手を振りあい、優梨は《瞬間移動》で自分の部屋に戻った。明日着る服も用意し、もう一度アイテムバッグの中を確かめてから寝る支度を整えて早々にベッドの中へ入った。なかなか寝付けないかとも思ったが、気付かないうちに優梨は小さく寝息を立てて眠っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、優梨たちは港で紗奈と待ち合わせ、予定通り出港した。幸い天気にも恵まれ、幸先のいい出発となった。
「わぁ! すごいよ、魚がいっぱい!」
「本当だ! すっごく見えるよ、佳穂!」
「本当ねっ」
優梨・葵・咲緒理・紗奈・佳穂は船のデッキに出てそこから海を眺めた。透明度が高く、水面のすぐ下で泳ぐ魚の姿が船の上からでもよく見えた。これには普段は物静かな佳穂までもはしゃぎ、優梨たちの周りはたいそう賑やかだった。
「おい、はしゃぎ過ぎて落ちるなよ!」
5人が心配になったのか、気付くと慶人もデッキに出て5人に声をかけた。
「この辺の海は海魔も出るし魚も危険なのが多いんだ。外からの攻撃は結界が張られているが、落ちたら即やられるぞ」
「はしゃぎたくなる気持ちも分かるけど、気を付けて」
いつの間にか誠史も慶人の横に並び5人にそう言う。優梨たち5人は声を揃えて返事をし、さっきよりも大人しくキャッキャッと声をあげていた。
「大丈夫かよ、あれで……」
「まぁ、万が一を考えてこっそり5人の周りには転落防止の結界もかけたけどね」
「……用意が良いな、誠史」
「フフッ、だって可愛いじゃないか。あんなにはしゃいで」
いったい誰のことを言っているのか、それが分かる慶人は肩を落とした。
「ダンジョンに行くとは言え、旅行らしい旅行は初めてだからな……ハァ、しょうがねぇな」
そう言って、慶人はそのまま優梨たち5人を見守ることにしたのか、デッキにあるベンチに座った。誠史はそのまま5人に近づいて会話に加わっていた。
港を出てから数時間後、夕方になる頃に双子島に着いた。西側寄りの港に停泊し、乗客は次々と下船をする。東側の島へ行く人向けにバスが出ていた。
冒険者であることを証明するため、バスの入り口でギルドカードを見せてから大きい荷物を渡して1人ずつ乗車する。バスは魔道バスで中は広々としていてゆったりと座れた。最後の一人が乗ると、バスは出発する。
優梨たち11人の他、乗客は少数だった。大学生らしき青年が1人、男女混合の4人組パーティーが2組だ。優梨たちはバスの後方に固まり、窓からの眺めを楽しんでいた。
バスに揺られること30分、ようやく停車した。前の方から順に下りていき、優梨たちは最後に下りた。
「わぁ、綺麗な建物」
優梨たちが下りたのはギルドとギルドに併設されている宿泊施設の前だ。どちらも木造の建物で、白く塗られた壁が一見どこかのペンションやコテージに見える。先に下りた冒険者たちはさっそく宿泊施設の方へと向かっている。
「楽しくなりそうだね」
「ねー!」
船の時から優梨たちのテンションは高いまま、会話に花を咲かせている。
「おいっ! はしゃぐのは後にして荷物!」
慶人の声に振り返ると、会話に夢中で荷物のことを忘れている優梨たちの荷物を慶人たちが持っていた。気付けば、乗客もいなくなり荷物も下ろしたバスはいなくなっている。
「あれ? バスは?」
「もう行った。お前らが荷物を受け取らねぇから、代わりに受け取ったんだよ」
優梨が聞くと慶人が心底呆れたように答えた。他の男子も何人かは苦笑いを浮かべている。
「お前ら、そんなでダンジョンは大丈夫なのか?」
あまりにもはしゃぐので今度は心底心配したように聞く慶人。
「大丈夫だよ、きっと」
「……とりあえず、荷物を持て」
優梨の返事をちっとも信用していない様子だが、これ以上は無駄だと判断したのか慶人は持っていた荷物を咲緒理に渡す。それから優梨は匡利から、葵は誠史から、佳穂は朔夜から、紗奈は雅樹から荷物を受け取った。
そろそろ中に入ろうか、と思っていると宿泊施設の入り口のドアが開いた。中から黒髪を結い上げた大変美人な女性が出てきた。あたりを見回し、優梨たちに目を止めた。
「あぁ、良かった。なかなか来ないから船にでも乗り遅れたのかと思ったわ」
「(わぁ、すっごく綺麗な人)」
優しく微笑む姿に優梨は思わず見惚れた。優梨の横で葵・咲緒理・紗奈も同じように見惚れている。
「さぁ、中に入って」
女性にそう言われ、優梨たちは次々と中に入っていった。宿泊施設の中は、やはり外から見るよりもずっと広々としている。まるでどこかのホテルの様だ。フロントのカウンターの傍らにはラウンジがあり、優梨たちはそこに案内された。
「私はこの施設のオーナーの静香です。元はAランクの冒険者をしていたから、あなたたちの先輩でもあるわ。何か宿泊中に困ったことがあったら頼ってね」
そうにっこりと笑いながら言うと、オーナーは部屋の鍵を何本か出した。部屋番号が刻まれた細長い棒の先に鍵が1つずつ付いている。
「外出の際は必ずフロントに鍵を預けてね。オートロックだから鍵の置忘れにも注意してね」
部屋割りはすでに決まっていて2人部屋は匡利と慶人、朔夜と玲、誠史と雅樹、佳穂と紗奈で、優梨と葵と咲緒理だけが3人部屋だ。それぞれ代表がオーナーから鍵を受け取る。
ひとまず各部屋に荷物を置いて一度ギルドに行ってみようとなった。それぞれ立ち上がり、荷物を持ち始める。紗奈が足元の荷物を持とうと手を伸ばすと、その荷物がヒョイッと視界から消えた。驚いて顔を上げると、バスで一緒になった青年が立っていた。優梨たち女子の中では一番背の高い紗奈よりも背が高い青年は、にこりと笑いながら紗奈を見ていた。
「大丈夫? 部屋まで持ってあげるよ」
「えっ……」
「名前はなんていうの? 大人っぽいけど大学生?」
青年はにこやかにそう紗奈に話しかける。一方の紗奈は戸惑いが強く言葉が出ず、自分の荷物と青年の顔を交互に見た。
何事かと優梨たちが振り返り、オーナーがあっと声を上げた。
「ちょっと蒔田くん! 何しているの!」
「あっ、オーナー。久しぶりです。またお世話になります」
「『お世話になります』じゃないでしょう!」
オーナーはその青年と親しいのか、青年の言動に抗議する。そして、大きくため息をついた。
「あのね、将来有望な冒険者の子をナンパするのもほどほどにしなさい。しかも、その子は高校生よ」
「高校生? へぇ。ソロで来たなら、俺と組まない?」
「話を聞きなさいって。ソロどころか結構な人数のパーティーよ」
「パーティー?」
青年はそこで初めて気付いたように紗奈の後ろにいた優梨たちに目を向けた。優梨たち女子は唖然としたように青年とオーナーを見つめ、慶人たち男子は警戒気味に見ていた。
いつの間にか雅樹は紗奈の側まで来て隠すように立ち、青年を睨んでいる。その視線に気圧されたのか、青年は手にしていた紗奈の荷物を雅樹に渡した。
「えーっとね、皆。彼は蒔田くん。これでも優秀な冒険者で長期の休みのたびにこの島のダンジョンに来ているの」
「蒔田孝己、19歳です。Dランクだけど、20歳になったらCランクに上がることが決まっています」
主に優梨たち女子に視線を向けながら蒔田が自己紹介をすると、優梨たちは互いを一瞥した。
「……天宮慶人」
「佐塚匡利です」
「石井朔夜といいます」
「大和玲といいます」
「加村誠史です」
「汐崎優梨です」
「大野葵です」
「日向咲緒理です」
「久乃木佳穂です」
「須藤雅樹……」
「松川紗奈です」
全員が自己紹介を返すと、蒔田は最後の紗奈に目を向ける。それを遮るように雅樹が立った。互いに見つめあい一触即発かと思ったが、蒔田が意味深な笑みを浮かべた。
「しばらくこの施設にはいるし、ダンジョンも行くから何かと会うと思うよ。会った時はよろしく」
そう言って蒔田はその場を離れた。オーナーは肩を竦めつつ改めて優梨たちに部屋を案内すると言い、皆それについて行った。唯一、雅樹だけは訝し気に離れた蒔田の背に目を向けた。
「雅樹くーん」
「……今行く」
葵に呼ばれ、雅樹はそこから移動することにした。雅樹が背を向けると、それまでそっぽを向いていた蒔田はもう一度紗奈を一瞥し、ニッと口元に笑みを浮かべた。
「決めた。今回はあの紗奈って子にしよう」
「(な、なに……っ!?)」
普通の人ならば聞こえない小さなその呟きはしっかりと雅樹には聞こえた。勢いよく振り返るが、どこかへ行くのか蒔田は宿泊施設の入り口から出て行くところだった。追いかけるわけにもいかず、雅樹はその場に立ち尽くした。蒔田の言葉は雅樹に驚きと困惑を与えた。
「……させてたまるか」
雅樹は力強くそう言った。そして蒔田が出て行った扉を一度鋭く睨み、踵を返して自分を待つ優梨たちの元へと向かった。




