第12話 発端
6月に入り、梅雨の時期が始まった。雨が降る日が続き、室内で過ごすことが増えてきた。
ある日、慶人は図書室で真剣に何かを読んでいた。古い本が数冊と比較的新しいがやっぱり古い本が1冊だ。そこへ誠史がやってきた。
「慶人、優がもうすぐ夕飯だって」
「あぁ……」
どこか上の空な返事に違和感を覚えたのか、誠史は慶人に近づいた。側に立ち、慶人が読む本に目を向けた。
「ずいぶん古そうな本だね」
「……俺の一族に伝わる本だ」
「えっ?」
誠史は目を見開いて驚き、慶人を見た。普段慶人の口から彼の一族に関する話は滅多にされない。ある意味禁句でありご法度で、同じ一族である俊哉もこの家では一族に関する話は一切しない。それが、慶人自身の口から話題となって出てきた。
「正確には、歴代の“天使”に伝わる本だ」
「歴代……?」
慶人は手にしていた比較的新しい本を閉じ、一番古そうな本を取り出した。
「最初は数百年前、当時の“天使”だった奴が書いた。そいつが死んだら次の天使へ、そいつも死んだらまた次へ……。そうやって本の数を増やしても変わらず伝わった。解析はまだできてねぇけど、かなり複雑な魔法を付与して敵意を持った奴から破壊されねぇように、なおかつ次代が12歳になった時に現れるようにしてある」
誠史は戸惑いの眼差しを慶人と彼の持つ本に向けた。
「待って、慶人。今“歴代”って言った……? まさか“天使”は何代も生まれているの……?」
「……天使だけじゃねぇよ。お前らの種族も何代も生まれている。それも代を重ねるごとに力を増している。俺の推理と勘でしかねぇが……恐らく種族と大半のスキル、そのレベルと魔力を受け継いで“転生”している」
誠史の顔はますます険しくなった。重い足取りで窓際のソファまで行って力なく座った。
「……確かに人間も魔物も異種族も、皆等しく死んだらその魂は天に昇り、次の命に生まれ変わるとされている。でも、力や種族が受け継がれるなんて聞いたことはない」
「俺も最近まではそう思っていた。だが、この本を読み進めているうちに“俺らだけ”違うんだと思わざるを得なくなった……どこまでも“異質”なんだ、俺たちは……」
「…………」
慶人も誠史もすっかり言葉を失ってしまった。図書室の壁にかかる時計の針が動く音だけが室内に響いた。
しばらくして2人とも落ち着きを取り戻し、誠史は慶人の隣の椅子に座り直した。
「それで、他には何が分かったんだい?」
「……この本は基本、歴代の天使の日記であり記録だ。日常的なでき事や心情以外に、力の使い方なんかも書いてある。あと、それぞれが出逢った仲間に関してだ」
「それぞれっていうことは、必ず全員には会っていないってことかい?」
「あぁ。何しろ異能者だからな。そう易々と外の世界には出してもらえねぇから、探すのもやっとだったんだろうよ。それに、年代も生まれた国もバラバラなことが多い。ある意味、年齢も生まれた場所もほぼ一緒の俺らが珍しいんだ」
「そう……」
「それで、だ……」
トンッと慶人は一番新しいであろう本を指で叩いた。
「俺が今まで言ったことは確実性がねぇ。ただ、1つだけ確実なことが分かった……俺らの仲間のことだ」
「えっ……?」
「歴代の奴が会った仲間を総合して考えると、俺らの仲間はあと1人だ」
「っ!?」
「やっと先代の分まで読んで確信が持てた。俺らの仲間は全部で11人。最後は、白い鳥の獣人だ」
そういう慶人を誠史は息を呑んで見つめた。
「それは確かなこと?」
「あぁ。それ以外の種族は歴代も何度か会っている。俺らの種族以外で俺らが見つけていねぇのは、その鳥人族だけだ」
誠史はそこで初めて本以外に慶人の手元に1枚の紙があることに気付いた。そこには各種族の名前と恐らく本に出てきた回数が記録されている。種族名は慶人たち10人の種族と一致していて、最後の白の鳥人族だけがいない。歴代の天使たちもほとんど会えていないのか、記録されている回数もほんの3回だけだ。
「……慶人、このことを他の皆には?」
「いや、言ってねぇ。分かったのもついさっきだしな」
「そう……最後の仲間に関して、どう考えている?」
「さぁな。そうであってほしいと思う奴はいるにはいるが……」
「……紗奈だね」
誠史が出した名に慶人は無言で頷いた。実際、そのことが慶人たちの話題に上がったこともある。
「ぬか喜びはさせられねぇから、あいつらには言うな」
「分かっている」
誠史がそう返事をしたところで、図書室の扉がノックされた。誠史は驚いたように扉の方を振り返り、慶人は本とメモ書きした紙をすべて《無限収納》にしまった。ちょうどそこに葵が入ってきた。
「2人とも、どうしたの? 皆が待っているよ」
「あぁ、ごめんね、葵。今行くよ」
慶人と誠史は互いに目を合わせ小さく頷いた。
それから2人は何事もなかったかのように過ごした。そして、2人が最後の仲間について話をすることはなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時は流れ、事の発端となったのは6月中旬の休みの日だ。その日、優梨は昼過ぎからずっと1階のリビングルームのソファで1つのファイルを眺めていた。ギルドから借りたであろうそのファイルの中身が何か、優梨の向かい側のソファで本を読んでいた玲は気にしていなかった。
そこへ出かけていた葵が帰ってきた。
「ただいまー」
「アオ、お帰りー。欲しいものはあった?」
「うん、ちょっと探したけどあったよ。……優、何見ているの?」
葵の視線は優梨の手元のファイルに向けられた。
「あぁ、これ? 関東周辺のダンジョンの資料だよ」
「「ダンジョン?」」
葵と玲の声が重なった。2人は一瞬目を合わせ、再び優梨に目を向けた。
「なんで?」
「あと1か月もすれば夏休みじゃない? 7月の大会が終わったら8月の前半まで部活も何もない完全オフだから、何かしたいなぁって思って……」
「でも、どうしてダンジョン?」
「ほら冒険者ギルドのランク、17歳になればEランクに上がる年齢制限が解除じゃない? でも、依頼数はこなしていないからこの休み中にしたいなぁって思って。後、いろいろ素材も欲しいしなぁって。ダンジョンなら入口でランクを確認されるだけで中級以上の階層は自己責任で行けるから一石二鳥かなって」
「確かに……」
葵と話しつつ優梨は次々とページを捲る。葵も隣に座り、優梨の持つファイルを覗き込んだ。
優梨たちは全員、もっと高ランクでもおかしくない実力を持っているが、ギルドの規則で年齢制限があるため未だFランクだ。なので中級以上の禁止区域やダンジョンには入れない。ただ、ダンジョンは階層ごとにレベルが上がっていき、高ランク推奨の階層へ行くかどうかは基本自己責任とされている。優梨たちは今までも最初は初級レベルで、中で中級以上に上がるダンジョンによく行き、そのまま中級以上の階層に行っていた。
「ちなみに関東周辺なのは?」
「近場のダンジョンはいつも行っているから少し遠出したいなって。あまり遠くても行けないから、関東周辺なら行けるかなぁって。あと、純粋に観光もしたいから」
「それなら海に行きたい!」
「海かぁ……」
いつの間にか2人の会話が一緒に行く前提の会話になっていることに玲は気付いた。なんとなくこの後の展開が予想できたが口には出さなかった。
「――あっ、ここ良さそう」
しばらくして優梨が声を上げた。それにつられるように玲も優梨が持つファイルを覗き込んだ。
「……双子島?」
「八丈島から少し離れた場所にある島で、双子のように2つの丸い島がくっついているからそのような名になったらしい」
「さすが玲。東側の島はダンジョンがあるから冒険者向けの施設ばかりだけど、西側は観光地になっているみたいだよ。それに、ダンジョンは『陸ダンジョン』と『海ダンジョン』の2つがあるんだって」
基本ダンジョンは地名がそのままダンジョンの名前となるが、その特色によって地名以外の名前で呼ばれることがある。例えば、肉がよく採れるなら肉ダンジョン、薬草なら薬草ダンジョン、木材ダンジョン、沼地ばかりなら沼ダンジョン、遺跡タイプなら遺跡ダンジョンなどだ。今回の双子島のダンジョンは陸地の魔物ばかりが出るので『陸ダンジョン』、海や海周辺にいる魔物ばかりなので『海ダンジョン』と呼ばれている。
「離島だからギルドが経営する宿泊施設もあるみたいだな。パーティーも歓迎とある。西側は海水浴が有名みたいだ」
「…………」
玲の言葉を聞いた優梨と葵はしばらくお互いを見つめ、玲の方を向いた。
「ねぇ、玲。せっかくだから皆で行かない?」
「やっぱりか……。俺は構わないが、まずは皆に確認してからじゃないか?」
「それはもちろん。今日の夕飯の時に聞くね」
「ねぇ、優。せっかくだから紗奈ちゃんも誘わない?」
「いいね! 紗奈ちゃんにも連絡しようか」
優梨はいそいそとスマホを取り出して紗奈に連絡をし始めた。この後、咲緒理がやってきて優梨達3人は双子島のダンジョンと観光の話で盛り上がっていた。
その様子を見ながら、玲は夏休みの予定が1つは決まりそうだと思っていた。
その日の夕飯時、優梨たちは早速ダンジョンのことを他の皆に話した。
「双子島のダンジョンだと?」
「そう! おまけに近くに海水浴場がある観光地でもあるの」
この世界では海水浴は限られた場所でしかできない。というのも、この世界の海には「海魔」と呼ばれる海の魔物が多く生息し、それ以外の生物たちも大型で獰猛なのが多く、冒険者や経験の豊富な漁師以外が海に入るのは危険とされている。そのため、海水浴は一部の地域及びある程度の沖合に海魔や一部の魚が入れないように特別な結界が張られている場所以外では禁止されている。
「中々皆で旅行とかできないし、ギルドの依頼もこなしたいし、ここなら両方できそうだから良いなって。ちなみに、10日間くらいを予定しているんだけど、その間満月の心配はなさそうだよ」
「あとは慶人君たちの返事を聞くだけなんだよね」
優梨・葵・咲緒理の3人はそう言って、慶人たちを見た。その期待に満ちた目に慶人たちはチラチラと互いを見る。どう返事をしようかと慶人たちが考えていると、優梨はチラッと雅樹を見た。
「そういえば、紗奈ちゃんも誘うつもりだよ」
「……紗奈?」
それまで面倒くさそうに聞いていた雅樹は紗奈の名前が出て初めて反応をした。
実は優梨は最近、雅樹が紗奈を気にし始めていることに気付いた。紗奈もまんざらじゃなさそうで密かに2人を後押ししようと考えていた。
雅樹が反応を示し、優梨はニッと口元に笑みを浮かべた。
「まだ返事がないから確定じゃないけど、紗奈ちゃんも冒険者ギルドに登録しているって聞いたから、きっと良い返事がもらえると思うんだよね」
「…………」
「どうかな、雅樹」
「…………」
「皆で行ったら楽しいと思うよ。ねっ?」
「……行ってもいい」
小さな声で雅樹はそう言った。雅樹を落とすのに成功した優梨は小さくガッツポーズをし、葵と咲緒理も小さく拍手をした。こうなってはほぼ決定したも同然で、最後の砦の慶人や匡利もこの提案に了承した。2人が承諾するならと、他のメンバーも提案にのった。
翌朝には紗奈からの返事が来て、紗奈も行くことになったと優梨が全員に伝えた。さらにその数日後には宿泊施設の予約も取れたと知らせが届いた。
こうして、優梨たちの夏休みの前半は双子島でダンジョンと観光が決定した。
それが、あんなことが起こるすべての始まりだったのだと、この時の優梨たちは予想だにしていなかった……




