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ヨシ坊と再会する魔術師になっていたじいちゃん

 

 ここへ来てまだ一週間だが、重光は諦めていた。

 何に対してかと言うと、演奏する度に誰かの怪我が治ったり、変わった生物が呼び出されたりそういう不思議な現象が起こることにだ。


 重光自身はそんなことはないと思っているのだが、周りの人間――主に治療してもらった人間がそう言い張るのでしぶしぶながら折れることにした。


 下町の住人たちはそんな重光を歓迎するとともに、警戒もしていた。重光の不思議な力が、お偉い貴族様に目を付けられたら面倒なことは目に見えている。のんびりして人の好い重光を、面倒に晒さないためにも大っぴらにしないほうが良かろう、と本人のいないところで話がまとまった。


「まあなあ……どこも悪くない人間が聴くと、ただの音楽じゃしなあ。いや、ただの音楽ではないな! 相当気分良く酒が飲める音楽じゃ」


 そう言ってもらえるのは素直に嬉しい。しかし、怪我が治るというのはいまだに受け容れられないのだ。もちろん治って不都合なことはなく、むしろ喜ばしいことなのだが。


 重光は、古書店の主人アンジェロが高らかに笑うのを、支払いをしながら聞いていた。今日はこの古書店に紙を買いに来ていたのだ。

 紙が一束五十枚ほどで銅貨三枚など破格ではないかと思う。


 銅貨が一枚十円ほどだろうか。それから銀が一割混ざった銅銀貨が百円。銀が半分の半銀貨が五百円、銀のみで出来ている銀貨が千円に相当するようだ。最近ようやくこちらのお金に慣れてきたところだ。


 とういうわけで、ノート一冊分の紙が三十円ほど、と考えれば破格ではないだろうか。因みに、一晩の演奏の収入は今のところ銀貨七枚から十枚だ。


「そんなにまけてくれなくても良いんじゃが、アンジェロじいさん……」


「この辺で紙なんて買うような奴はシゲじい以外おらんからな」


 実は、この店主も一昨年転んでから腰を痛めていたのだが、重光の演奏魔術――と商店街の人々はこっそり呼んでいる――で治ったくちだ。

 白い髪を後ろに撫で付け、白い口ひげを生やした好々爺然とした、重光と同年代のお年寄りだ。


 商店街の店主たちは、こうして重光が買い物をするときに値引きをしたり多めに持たせたりしている。


「助かるよ、アンジェロさん」


「おう、それよりコーヒーでも飲んでいかんか?」


 そして、重光とアンジェロは早くも茶飲み友達になっていた。

 

 店内にある小さな椅子に座り、コーヒーを飲みながら二人で話をする。

 ときにより、重光の故郷の話であったり店主の昔話であったり、くだらない話であったり。

 ちなみに今日のお題は、重光の住まいについてだ。いまだにカッシーニ家に世話になっており、すっかりカッシーニ家の住人になってしまっている。

 かなり心苦しい。


「坊主が良いって言ってんなら良いだろうよ」


 どうでも良いが、アンジェロはリーノのことを赤ん坊の頃から知っているせいか、大人になって所帯を持っても坊主と呼んでいる。その息子のジーノは小坊主だ。


「そうは言ってもなあ、アンジェロさん。生活費も払わないで居座っているのもどうかと思うのじゃがなあ……」


 演奏で稼いだ金で生活費を出そうとしたが、リーノに断られてしまったのだ。そうなると、悪いというより裏があるのでは、と気味が悪くなってきたのだ。


「あいつは悪ガキの代表みたいな坊主だが、根は優しい坊主だ。悪いことを企んでいるわけでもないだろうし、世話になっとけ」


「しかしのう……」


「それになにやら、貴族様たちの間でも噂になっちまったら大変じゃねえか。一人になって目を付けられたら、どうなるか分かったもんじゃないぜ」


 いずれにしても貴族に目を付けられると厄介だ、ということは分かった重光は素直に頷いておいた。

 だが、近いうちにリーノに相談してみるべきだろう、と内心呟いた。


 そうこうしているうちに昼も過ぎ、重光は長居したことを詫びて暇を告げた。

 

 どこかで昼を買っていこうか、と飲食店が並ぶ通りへ出てきた。最近ではいくつか馴染みの店もできてきた。当然だが和食がないのが非常に残念だが、たった一週間でここまで馴染めたことに重光は驚いていた。


「おい、そこのじじい


 今日の重光の昼食は、広場の屋台で買ったサンドイッチ二切れとホットコーヒーだ。コーヒーが入っているカップは木製で使い終わったら店に返す仕組みだ。


 重光は広場のベンチに座り、買ったばかりの紙に包まれたサンドイッチを膝に載せた。縦長のパンの真ん中に切れ目を入れ、そこに鶏肉を揚げたものがレタスや玉葱と一緒に挟まっている。

 そういえばこちらへ来てから、魚介類を食べていない。


「おい、じじい


 どうやら海からは離れているここでは高級品扱いになるとのことだ。

 あまり食に拘らない重光だが、死ぬ前にもう一度だけで良いから刺身が食べたい、と切に思う。

 それにしても、体調が良い良いというのは良い物だ。別世界に来たため、というより一度死んで体中がリセットされたのかもしれない。


「おい、じじい!」


 そこで漸く、誰かが爺と言っているのに気が付いて顔を上げた。

 見知らぬ顔の男――上等な服を着ているから下町の人間ではないのだろう――が立って重光を睥睨している。


「うん? ワシか?」


「お前以外にじじいはおらぬだろう」


「お前さんもじじいに見えるがの」


 爺さんまでは許容範囲だが、爺は頂けない。初老に達していそうな目の前の男も、見る人間によっては充分爺に見えるだろう。

 そんな重光に初老の男は顔を真っ赤にして、怒鳴った。


「こちらが忍耐強く接しておれば図に乗りおって! この、老いぼれが!」


「ほっほっほ。そんなに怒鳴ると血圧が上がるぞい」


「くぅっ……! 貴様のような訳の分からぬ爺をお呼びとは!」


「ほっほっほ。年を取ると短気になるかもしれんが、そんなに怒鳴らずとも聞こえてるわい」


「……くっ。貴様はシゲミツカワナカシマに相違あるまいな」


「おお、してお前さんは? 何の用じゃ?」


「心して聞くがよい。私は、ジェンナーロ侯爵家にお仕えする者だ。その方の噂を耳に挟んだ侯爵がサロンへお呼びだ。光栄に思うがよい」


「ふうむ……」


 なんたら侯爵とかいう貴族が、おそらく演奏させてやろう、という事なのだろうが重光には用事はない。

 尊大な態度の使いを寄越して演奏させてやろう、だなどいったい何様か。


「まあ、ワシの演奏する曲がお貴族様の耳に心地よいとは思えんがのう」


「ふん、自信がないのならそう言えばよかろう」


「うむ、そうじゃのう。この通り年寄りだしのう、間違えて演奏して偉い方達の耳汚しになったら大変じゃからのう。断らせて頂くよ」


 使いの者は勝ち誇ったように鼻で笑った。


「ふん、そうであろうな。だが、二度もお声が掛かるとは思わないことだ」


 望むところじゃ、と重光が呟いている間に使いの者とやらは鼻息も荒く去って行った。その姿がすっかり見えなくなると、重光は今度こそサンドイッチに齧り付いた。


「シゲさん!」


 ちょうどサンドイッチを食べ終わり、すっかり温くなったコーヒーを飲もうとしたところで名前を呼ばれた。


「お、おお……! ……博之、真一……ヨシ坊!」


「そうだ、ヨシ坊だ! じゃねぇ、ヨシュアだ!」


「そうじゃそうじゃ、元気だったかいのう?」


「おう、急にいなくなっちまってよぉ。シゲさんのこと、そこはかとなく探してたんだぜ」


 どうやら心配させてしまったようだが、それほど一生懸命探していたのでなければいい。


「書置きしておいたじゃろうが」


「これか?」


 ヨシュアが手帳の切れ端をひらひらさせると重光は頷いた。


「おお、それじゃ」


「こりゃあ、シゲさんの国の文字だろう? 読めねぇよ……暗号解読班総出でも解読できなかったんだけどよぉ」


 重光は書置きを受け取ると読み上げた。

 読み終えるとヨシュアは安心したのか呆れたのか、大きく息を吐いた。


「心配するに決まってるだろうよぉ。血圧とか、体調はどうだい?」


「それがなあ、不思議なことにすこぶる調子が良いんじゃよ」


「そうかい、でも、一度軍へ顔を出してくれ。コジモも心配してるからよぉ……」


「そうじゃのう、きちんと挨拶せねばならんな」


「ああ……それと、さっきの奴よぉジェンナーロ少将のとこの奴だろう?」


「うむ、なんとか侯爵とか言っておったのう」


「その話なんだがよぉ、ここで話すようなことじゃねえんだ。軍に一緒に行ってくれるかい?」


 軍まで歩くことに重光は少し難色を示した。ここへ来たときは必死だったために気が付かなかったが、結構歩かなければならない気がする。


「車で来てるから大丈夫だぜ」


 それなら良いか、どれ、と重光は立ち上がった。コップをコーヒー屋の屋台に返すと、ヨシュアの後をついて行き、車に乗り込んだ。




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