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出会いの季節 9

 その後、気づくとそれなりの時間が経過していた。

 食べかけの料理はすっかり冷めてしまっていたが、三人はしっかり責任もって食べきった。それから『ノワール』に向かうと、既に圭一達は部室に来ていた。昨日と同じく、メイド服に身を包んだ由貴の給仕で圭一が紅茶を楽しんでいる。

「あら。皆さんお揃いなんですね」

 はるか達が入室すると、振り返った由貴が『三人』に笑顔を作った。

 そう。昴も結局一緒に行くことになり、はるか達もまた昨日と同じく三人でカフェを訪れていた。

「……私が一緒ではいけませんか?」

「まさか。大歓迎ですよ」

 由貴達に対して相変わらずぶっきらぼうな昴だったが、その表情は多少柔らかくなっているようだった。見ようによっては素直になれず拗ねているようにも見えなくはない。


「もしかして、何かあったのかな?」

 そんな昴の態度に目ざとく気づいたらしく、圭一がはるか達の方を見て尋ねてくる。

「あ、はい。その、実は間宮さんとお友達になりました」

 お友達、とあらためて口にすると少し照れくさい。

「へえ? へー、そうなんですか。良かったですね、昴」

 はるかの言葉を聞いた由貴はより楽しげに表情を変え、昴を見つめていた。

(きっと、間宮さんがそういうの苦手だって知っててやってるんだろうな)

 お茶目な嫌がらせといった感じのそれを微笑ましく見守っていると、何故か昴に目で抗議された。

「小鳥遊さん、由貴を調子づかせるような言動は控えていただけると……」

「す、すみません」

「ふふ。すっかり仲良しみたいですね」

 はるかと昴のやりとりを見た由貴が再び呟く。昴の視線が由貴にも向くが、彼女は当然のようにそれを受け流していた。


「それじゃあ小鳥遊さん。とりあえずお着替えしちゃいましょうか」

「あ、はい。そうですね」

 そこで突然水を向けられる。思わず頷いてから、はるかははて、と首を傾げた。

(着替え?)

 思考が言葉の意味に辿り着く頃には、はるかは既に由貴に手を引かれていた。

「行ってらっしゃい」

 飛鳥もそれを止めてはくれず、すんなり見送られた。そうして昨日ぶりに隣の部屋へ。

 昨日の今日なので当然だが、部屋の様子は特に変わりなかった。

 なんとなく周囲を見渡しつつ、はるかは由貴に尋ねた。

「昨日着せていただいたメイド服、ですか?」

「はい。お嫌ですか?」

「いえ、そんなことないです」

 突然だったので驚きはしたが、別に嫌ということはない。

 はるかが首を振って答えると、由貴はにっこり微笑んだ。


「良かったです。……実は、このままほぼ寝かせたきりなのも可愛そうなので、この衣装は小鳥遊さん専用にしちゃおうかと思ってまして」

 クローゼットから昨日のメイド服を取り出しながら、彼女はそんなことを言う。

「え、でも。そんなの悪いです。結構高級そうな品ですし……」

 メイド服の相場なんて知る由もないが、生地や仕立ての感じを見れば安物でないことくらい、はるかでもわかる。繰り返し着る仕事着、と考えれば最低でも五桁の値段にはなるのではないか。

 しかし、由貴は特に気にした様子もなく平然と答えた。

「値段はお気になさらず。もともと圭一様のポケットマネーで買ったものですし」

「ああ、なるほど……?」

 お金持ちだからこの程度の出費は痛くない、という意味だろうか。だとすれば、主人に対する扱いがちょっと酷いような気もする。

 ただまあ、確かに圭一の金銭感覚ははるか達とは次元が違いそうな気がする。何しろ専属のメイドさんがいるくらいなのだから。

「ありがとうございます。……それじゃあ、お言葉に甘えさせてください」

「はい、是非そうしてください。……そうだ。今度、名札か何か作りましょうか。金属製のプレートにアルファベットで名前を入れるとか」

「あ、それ素敵です」

 由貴のセンスならきっとデザインも間違いないだろう。

 着替えのため、メイド服を由貴から手渡してもらう。


(専用、かぁ……)

 ふと、手にしたそれをそっと胸に抱いてみる。ついでに軽く匂いを嗅いでみると、まだそれほど使っていないせいか、清潔な布の香りがする。

「そのご様子なら、もうあんまり抵抗はなさそうですね」

「……っ。は、はい。それは大丈夫、かと」

 そこで由貴に声をかけられ、はっと我に返った。

(何やってたんだろ)

 雰囲気に飲まれたというか、なんというか。

 由貴と二人だけの空間はどこか不思議な空気があって、それにあてられてしまった感じだった。

「雰囲気とか、気分って大事ですよね」

 そんなはるかの思考を読んだかのように、由貴が囁いてくる。

 驚いて振り返ると、すぐ近くに優しげな微笑があった。

「私だってそうです。この衣装を纏うと、自然と気分が引き締まります。そうすると、不思議とそれが姿勢や、仕事の出来に現れたりするんですよ」

「まずは形から、ってことでしょうか」

 そうですね、と由貴が頷いた。そういうことなら、なんとなくわかる気がする。

 服装は環境の一つだ。環境が変われば当然、気分も変わってくる。慣れないスカートを履き、女子として生活するはるかには、それが実感として存在した。大仰に言うと分かりづらいが、例えばズボンとスカートでは当然身体の動かし方に差が出るのと同じようなことだ。

「そう、ですね」

 はるかの抱える事情を由貴は知らない。だからあくまではるかの行動をフォローする意図で言ってくれたのだろうが、彼女の言葉はより深い意味でもはるかの胸に響いた。


 由貴に頷いて、一度深く深呼吸してから着替えを始める。昨日一度着ているので着方がわからなくなるようなことはなく、ほとんど由貴の手を借りずに着替えを終えることができた。

 いったん全部身に着けた後、姿見に映してチェックする。ここは由貴が細かいバランスなどを直してくれた。

「うん、可愛くできましたね」

「ありがとうございます、姫宮先輩」

「いえいえ。これなら次あたりからはお一人でも大丈夫そうですね」

「はい、大丈夫だと思います」

 由貴の言葉に頷きつつ、これから何度もこの服を着ることになるのを再度実感した。

「そういえば、お昼はもう食べました?」

「はい。三人で学食に行ってきました」

「そうですか。それじゃあ、とりあえずお茶だけ用意しちゃいましょうか」

「あ、手伝います」

「ありがとうございます」

 由貴を手伝ってティーセットを運び、昨日と同じようにテーブルを囲む。座り方も昨日と同じ。由貴を立たせて自分だけ座るのはどうかと思ったが、当の由貴から気にしなくていいと言われてしまった。

「座っていいと僕も言ってるんだけどね。小鳥遊さんは気にしなくていいよ」

「そうですね。別に椅子は隣のテーブルから持ってきても良いですし。それでも立ったままでいるのなら、それは単にこだわりの問題でしょう」

 やっぱり圭一や昴は慣れっこのようで、涼しい顔でそんな風に言っていた。

「そういうことなので、お二人もお気になさらず」

 そう言われてしまえば、はるか達も頷くより他になかった。


「姫宮先輩は真面目なんですね」

「昴の言う通り、凝り性なだけですよ」

 代わりにそう言うと、由貴は笑顔のまま謙遜する。

 それから彼女は思い出した、というように胸の前で手を合わせ、はるか達に言った。

「……そうだ。そういえばお二人にお願いがあったんです」

「お願い、ですか?」

「はい。出来れば私としては折角できた後輩に名前で呼んで欲しいなと」

「名前で?」

 というと、下の名前で呼び捨てにしろということだろうか。

 そう思い、はるかは由貴を呼び捨てにする自分を想像してみる。

『由貴、紅茶をお願い』

(……うん、ないかな)

 口に出すまでもなく、即座に却下。

「えっと、じゃあ。由貴先輩?」

「はい。それでお願いします」

 思いついた無難な呼称で呼ぶと、由貴の顔がぱっと輝いた。それで問題なかったらしい。

「じゃあ、あたしも由貴先輩って呼びますね」

 はるかと由貴のやり取りを見た飛鳥が続けてそう言った。

「あと、私たちのことも良ければ名前で呼んでください」

「ありがとうございます。それじゃあ、はるかちゃんって呼びますね」

「由貴先輩、あたしは?」

「んー……それじゃあ飛鳥さんで」

 ついでにこちらからもお願いすると、由貴もはるか達の呼び方を変えてくれた。それでも口調が敬語のままなのは素なのか、あるいは何かしら譲れない部分があるのかもしれない。

「あれ? あたしははるかと別なんですか?」

「ええ、飛鳥ちゃんだと、はるかちゃんからの呼び方と被るので」

「あ……なるほど。ありがとうございます」

(……? 被っちゃいけないのかな?)

 続けて飛鳥達はそんなやり取りを交わしていた。はるかにはその意味がよくわからなかった。

 もし機会があれば今度、飛鳥に聞いてみようと思い、いったん気にしないことにする。

 と。はるかはそこでふと、横手から視線を感じた。

「……?」


 振り返ると、昴と目が合った。

 どうしたのかと尋ねようとしたが、その前に視線を逸らされた。

「ところで由貴。紅茶の代金を払いたいのですが、いくらですか?」

 そのまま彼女は由貴に話しかけてしまったので、結局何だったかのかは聞けなかった。

「え? ああ、そんなの別にいいですよ。ね、圭一様?」

「そうだね。そう高いものでもないし」

 昴の申し出は圭一達には意外だったらしく、軽く返される。

(この茶葉、結構高そうに見えるんだけどな……)

 彼女達のやりとりを見守りつつカップを傾けると、芳醇な香りが口の中に広がる。やはり詳しくはないが、安物だとこうはいかないのではないだろうか。

「駄目です。いつまでもゲスト扱いでは他に来客があった時、示しがつかないでしょう」

「はは。まあ、そんなにお客さんなんて来ないけどね」

「ですねー。始めた頃はともかく、今はほとんどお友達も来ませんし」

 しかし、圭一達はやはりどこ吹く風、といった調子だった。

「人手も少なかったから、って言ってましたもんね」

 昨日の出来事を思い出し、はるかも相槌を打つ。すると昴が深くため息をついた。その視線と、続けられた言葉からして、はるかではなく圭一達に呆れたらしい。

「せっかく二人も新入生が入ったじゃありませんか。今後はもう少し客を呼び込むなり、本格的な活動ができるかと思いますが」

 これからお客さんを呼べるように活動するなら、当然、その人達から多かれ少なかれ代金を貰うことになる。そうなった時、昴だけがゲストとして特別扱いしていたら彼らへの心象も悪いだろう。と、かいつまんで言えばそれが昴の主張だった。

「ふむ……それは確かにそうだね」

 これには圭一達も納得したようで、結局、昴からも代金を貰うことに決まる。そうして圭一から提示された料金は紅茶一杯につき百円(ただしお代わりは無料)というものだった。

「あれ。結構安いんですね」

「前も言った通り、儲けるのが目的でもないしね」

 この料金は特に友達料金とかではなく、他のお客さんにも同じ額を請求するつもりらしい。また、サービス料を加味しない、茶葉代だけなら指定額でも十分元は取れるということだった。それなら、と昴も納得していた。


 その後は、昴の提案を受けて「これからどんなことをしたいか」皆で話し合いを設けた。

 まあ、話し合い、といっても実質、ただのお茶会ではあったが。

 それでも、紅茶の淹れ方や料理の仕方を少しずつレッスンしようとか、飛鳥にも何か衣装を用意しようとか……淹れてくれた紅茶を飲みつつ、いくつもの案が皆から飛び出た。

 飛鳥や由貴がぽんぽんと意見を出し、昴が突っ込みを入れ、はるかが仲裁して圭一が纏める。大体そんな感じで時が流れ、解散したのは陽が暮れかけた頃だった。

 ひどくのんびりとした時間だったが、はるかはその時間を楽しいと感じた。

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