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11杯目 逆にエッチとかいう無敵の論法

 その後も、我々は順調にダンジョンを進んでいた、一応は。


 道中、《モウヤメテクレスライム》の命乞いを無視して倒そうとしたらコメントが炎上しかけたり、《ハレンチニュアンスナイト》によって我々が放つ言葉すべてがエロワードに変換され、危うく配信がBANされかけたりしたが……ともかく、順調に進んでいたのだ!


 ため息、ひとつ。


 ……いや、順調ではあるのだ。実際、本当に。

 ミルティの判断力や立ち回りは本当に参考になるし、ウメワリィの突飛な発想には毎度感心させられる。


 ただ不思議なことにと言うべきか、神の悪戯と言うべきか、コイツらといると変な現象が起こり続けるだけで……。


 またひとつ、ため息を吐きながら、我はさっき履いたばかりのスカートの裾を引っ張る。


 アメスク──。

 そう呼ばれる品性下劣な痴女ギャルしか着ない服のスカートが、どうにも短すぎてケツがはみ出そうになっていた。


 思い出したくないので仔細は省くが、『どうしてもそうせざるを得ない状況』が発生し、こんな服を着る羽目になってしまったのである。

 当然全員。


 ……いや、ふたりは可愛いし似合っているからいい。

 ウメワリィは元から多少ギャルっぽい見た目をしているから違和感なく受け入れられる……というか本当に似合っていて可愛いし、ミルティは普段の真面目クールな恰好とのギャップで、ハッキリ言って配信BAN致し方なしのエロ空気を身に纏っている。


 本当に似合っているのだ。

 そもそも我には黒ギャル姉メイド好きという隠れ設定があるのだ。

 でも、なんで我まで……。


 愚痴を喉の奥で噛み殺した直後、視界の端で、空間がぐにゃりと歪んだ。

 黒いもやが、部屋の片隅で膨らんでいく。

 どうやらふざけている場合ではないらしい。

 無言で後退した。半歩。

 ここ数時間で学んだ、思考時間が勝利に直結するという思考のもと、反射的に距離を取る。


「……またロクでもないのが出てきたな」


 やがて、黒いもやが像を成す。あらわれたのは──真っ黒なゴブリンのような何か。

 しかも、数が多い。2体、3体、10体……どんどん湧いてくる。


 面倒ごとの気配を悟ったのか、ミルティが解説する。


「《ゴツゴウゴブリン》ね。大した敵じゃないのだけれども……相手の性欲に応じて数が増えるのが特徴なの。数が多いだけで1体1体は弱いから、普通に殴って全滅させるのが手っ取り早いわ」

「流石に有名なので聞いたことがあるな」

「不思議な敵もいるんですねぇ……」

「まあね、ダンジョンってそういうものよ。さっきはああ言ったけど、見た目じゃ分からないモンスターも多いから……分からないことが分かったら、情報を集めながら様子を見て、撤退して、対策を立ててから再挑戦するのが基本。安全第一ね」

「こんなふざけたモンスターにやられて怪我するの、ぜったい嫌ですもんねぇ」


 ウメワリィが納得したように頷き……徐々にその顔が引きつっていく。


 止まらないのだ、《ゴツゴウゴブリン》の増殖が。


「なんか……多くないですか⁉」

「3人もいるからかしら……いつもなら30体程度で済むんだけど」


 ウメワリィの驚愕にミルティが疑問を浮かべ──一方、我はミルティの言葉に引っかかりを覚えていた。


「……な、なぁミルティよ、今30体程度と言ったか……? 我がネットで聞いていたのは普通2、3体くらいだと」


 疑問が生まれる。

 インターネットが間違っているのか、ミルティがおかしいのか 。

 先ほどのかっこいい彼女を見るに、インターネットがおかしい方に1票を投じたい。投じさせてくれ。

 しかし、眼前に現れた《ゴツゴウゴブリン》の数は──無情にも視界を埋め尽くすほど。


「30体どころの騒ぎではなくないか⁉ 下手をすれば、その10倍はいるぞ!」


 足元から嫌な振動が伝わる。重い。粘つくような圧が這い上がってくる。

 どう考えてもロクでもないことが起きているのは明確だった。


「ハァ……この中にとびきり性欲が強い人がいるようね……反省しなさい、アンタたち」

「となると、我以外のふたりか」

「何言ってるんですかしんゆー、私以外のふたりでしょう」

「……」

「…………」

「………………」


「「「ああっ⁉」」」


 三重の叫びが洞窟に響いた。

 反響が残る中、ゴブリンたちが一斉に振り向く。空気が変わる。視線が刺さる。

 そして──群れが、動き出した。


「来るわよ! コイツら、パーティーでいちばん性欲の強い奴を狙うの! キンミヤ、気を付けなさい! たぶん貴方が狙われるけど! でも大丈夫! 一体一体は初心者でも倒せる程度だし、私がちゃんとサポートするからって────いやあああああああッ⁉ なんで全員こっちに向かってくるのよおおおおおおおおおおおおッ! 《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》ッ!」


「理由は今自分で言ったばかりだろうが」

「フリからオチまでひと息でやりましたよこの人」


 とりあえず、《ゴツゴウゴブリン》の群れは5秒間の超強化スキル《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》によって全滅したのだった。めでたしめでたし。なにもめでたくねえよ。




 数秒後、ダンジョンに静寂が戻る。

 ミルティはしばらく虚空を睨んだあと、手で顔を覆い、

「……困ったわね」

 そのまま、ずるずると頭を抱えた。


「この先に、見た目が良くて素材まで有用な人気モンスターがいるのよ。配信映えするし、本当はそこまで進みたかったのだけれど」

「だが、貴様の性欲が強すぎるがゆえに……」

「待ってちょうだい⁉ わたし一人のせいではないでしょう⁉ アンタたちの分も加算されているはずよ!」

「……うん、まぁ、それでいいぞ」

「なんなのよおおおおもおおおおお! だいたいキンミヤ、アンタがそんないやらしい格好をしているのがいけないんでしょう! 似合わない女装をさせられてる男が一番エロいんだから!」

「そんなものなのか、ウメワリィ?」

「いや、まぁ……一部そういったものを好む女性がいるのは事実ですが……ミルティさんの場合は、単に性欲が中学二年生寄りなだけな気も……」


 何の気を利かせたのかは分からないが、配信用ドローンカメラが移動し、我のアメスク尻を無駄にローアングルかつアップで映す。本当にやめて欲しい。

「け、結果的に配信は大盛り上がりですし! 視聴者の皆さんも喜んでいますし! 大成功じゃないですか! よっ、流石別格配信者! 盛り上げ上手!」


 あのウメワリィが珍しくフォローに回る。

 その事実が、余計にミルティを傷つけた。


 しかしというか、当然というか、コメント欄は大盛り上がり。



『ミルティさんってそうなんだ……』

『30体で済むって言い方がもうおかしいんだよな』

『これは清楚』

『ミルティさん、めちゃくちゃキンミヤのケツをガン見してて清楚』

『あんなに強力な我執顕現もギャグ墜ちするときは一瞬だな……』



 結局ここでまごついていても仕方がないし、ウメワリィが今後のケツ論を出す。


「……仕方ない。もう一度アイツに遭遇したら大変ですからね、ミルティさんの性欲を落ち着かせる方向で行きましょう」

「もういやよ、このアホ共と組んでいると、どんどん私の株が下がっていくわ……」


 我々を教え導いていた時は格好よかったのにな……同情するぞ。貴様の性欲が強いのが悪いが。


 とはいえ、方針は決まった。

 ミルティが興奮しない環境を整える。

 ──言葉にすれば簡単。

 だがこの時の我々は、それが地獄の始まりだとは気が付いていなかったのであった……。



 で、当然というか、なんというか。

 案の定、ミルティ沈静化作戦は難航していた。


「じゃーん! もういっそシンプルに肌の露出を極限まで抑えました!」

「うむ、どうだミルティ。肌面積はゼロ。流石にこれは性的ではないだろう」


 最初はまぁよかった。

 ジャージ、きぐるみ、バカボンのパパみたいな服。そして今は、肌を一切見せず、目元だけを覗かせた白ローブの姿になっている。恥ずかしがり屋の石油王みたいな恰好だ。


 様々な恰好をするのはちょっとしたファッションショー感覚で楽しかったし、最初のうちはコメントの反応もよかった。


 しかし──。

 ミルティがじっとこちらを見て、わずかな無言の後、目頭を押さえて天を仰いでから言う。


「……逆に、アリね」

「もうなんなのだ貴様は本当に!」

「……肌を見せないって、逆にエッチだと思うわ」

「ストライクゾーンがユーラシア大陸くらい広いですねこの人……」


 我は頭を抱えた。

 ミルティのヤツ、全部がぜんぶこの調子で我が何を着ようと逆にアリと乗り越えてくるのだ。

 ウメワリィなんか見たこともないくらい絶望的な顔をしている。


「……じゃあもういっそ、逆で行きましょう」

「逆?」

「ええ、《ゴツゴウゴブリン》だって無限に増殖できるはずがありません。彼らだって魔力を使って分身しているはず、なら」

「なるほど、キンミヤにドスケベな恰好をさせてエロのオーバーフローを起こすことで《ゴツゴウゴブリン》を爆発させる、ということね」

「ええ、完璧な作戦でしょう」

「あなた……天才ね」


 二人がグッと力を込め、握手を交わす。冒険を通じて奇妙な友情が芽生えていたようだった。


 ──それはそれとして。


「なぜ我に変な恰好をさせる前提で全ての話が進むのだ」

「「…………」」

「せめて何か言い返してくれ!」


 二人は無言で視線を逸らす。

 何かしらの邪念が混じっていることは確定的に明らかだった。


 しかし、打つ手がないのも、それはそれで事実。


「……分かった。どうせやるなら、いっそ我の一張羅を見せてやろう。男が着てエロいとされる恰好など知らんが、要するにかっこいい格好であればいいのだろう?」


 白ローブを脱ぎ捨て、我はインベントリから一着のスーツを取り出す。

 光沢を抑えた濃紺、シルエットは細め、ただしネクタイは緩めに。

 ジャケットは着ずにワイシャツのみ。

 そして、シャツの袖を一折り。

 さらにもう一折り。


「……ッ!」、ミルティの呼吸が止まった。

「しんゆー……それは……流石に……」、ウメワリィが浅い息で呆然と呟いた。


 シャツの下、うっすらと浮かび上がる血管と前腕の筋。

 無防備に剥き出しの首元と、形のいい顎のライン。

 我のひそかな夢、いつか『プロ配信者チップス』に収録されたときに着ようとオーダーメイドしていた、自慢のスーツ姿INワイシャツ腕まくりである。


「ふふん、どうだ我の一張羅は! あまりのイケメンっぷりに、メロメロになったであろう!」


 我は自信満々なドヤ顔で語り、さてミルティとウメワリィはどんな顔をするのか楽しみだと彼女らの表情を覗くと──

 まっ白に、燃え尽きていた。


 そして何故かコメント欄が一斉に噴きあがった。



『まずいですよ!』

『腕まくりって合法なんだっけ?』

『今日だけで性癖3個増えたわ』



 ミルティがその場に膝をつく。


「……くっ……これは……」

「どうした。今度は逆にナシとでも言う気か?」

「そんな訳ないじゃない……これはもう、完全にアリよ……! 私は今、順張りの鬼! というかスーツ姿がエッチだと理解って着るだなんて、どれだけあざといのよ……!」

「い、いや、我は別にそこまで考えていたわけでは……」


 しどろもどろ。

 予想以上のリアクションが返ってきてしまい、どう反応していいか分からず困っていると、どこからか爆発音が聞こえた。


「……! ミルティ! これは!」

「ええ、狙い通りね」


 ──オーバーフローしたのだ、《ゴツゴウゴブリン》が。


「再度出現しないうちにさっさと進んでしまおう」

「ええ、同意するわ……これ以上この階にいたら、私の株がどれだけ下がるかわかったものじゃないもの……」


 様々なものを喪ったふたりは強く決意を重ね、前を向く。

 大丈夫、ここさえ抜ければ元のまともなダンジョン配信に戻るはず。

 そう思った、その瞬間。


 ぶしゅっ。


「……っ」

 先ほどから無言を貫いていたウメワリィの鼻から血が吹き出て、ぐらりとよろめいていた。

「ウメワリィ⁉」

「すいません……計算外で……しんゆーの腕まくりが……チラリと見える傷痕があまりにもエッチすぎて、もう、わたしは……」


 言い終える前に崩れ落ちた。

 この場を支えていた性欲の化身、その片翼が堕ちたということは。

 つまり。


「《ゴツゴウゴブリン》が復活するわっ! 気を引き締めなさい!」


 黒いもやがあらわれ、像を成し、再度ヤツがやってくる。

 しかも先ほどよりも速く、濃く、暴力的に。


「流石にやりすぎなのよキンミヤ!」

「そ、そんな……そんなつもりでは……」


 ミルティが前に出た。ひとつ、深呼吸。


「──《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》ッ!」


 我執顕現の発動と共に《ゴツゴウゴブリン》たちが千々に乱れ飛び。


「それって再発動出来たのか」

「3分経てば出来るのよッ!」


 ──そして、誰もいなくなった。


 全てが終わり、一瞬の静寂ののち、ドローンカメラが無情な警告音を発する。


『あなたの配信はダンジョンの秩序を乱しています』

『性的な配信は禁止です、ご注意ください』


 今日はもう帰ろう。

 倒れたウメワリィ、積みあがった《ゴツゴウゴブリン》の山、そして悶えるミルティの姿を見て、後悔が思考に追いつく。


 ……こ、ここまでするつもりでは。


「我が……ただスーツを着ただけで……?」


 そう思いながら、戦場のド真ん中で、我はゆっくりとワイシャツの袖を下ろしたのだった。


 読んでいただきありがとうございました。

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