表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一年に一夜だけ、死んだ君が還ってくる  作者: 猪口 零都


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/4

01


 一年に一夜だけ、死者が還ってくる。


 昔から俺の住む町には「送り火祭り」という風習がある。


 生者は顔を隠すことで、黄泉の誘いに惑わされないようにーー

 死者は顔を隠すことで、生への未練を思い出さないようにーー


 此岸しがんと彼岸の境は薄い布1枚だけ。そのたった一枚の布が、生を守る命綱。

誘いに負けて明け方死者と共に送り出される者もいる。


 死者を想い、縋る生者のための祭り。

そして、生者を忘れられなかった死者のための祭り。


 恐ろしくも、どこか哀しい夜が、今年もやってくる。


「本当に大丈夫なの?」


 母さんからのこの問いも、もう何度目かになる。


「うん。今年は俺がやると決めたから」


 この祭りには、黄泉路よみじへの案内役が必要だ。

死者に最も引き込まれやすい、此岸と彼岸の境を閉じる役目。

 今年はその役目を俺が担う。


「……澪ちゃんが還ってきても、惑わされちゃ駄目よ?」


 去年の夏の終わりに亡くなった、幼馴染の澪。


「大丈夫だよ。……前に進むために、引き受けたんだから……」


 嘘じゃない。でも、それがすべてでもない。


 あの日、俺がついて行ってれば何かが変わっていたのか。

 もう一度、澪に会いたい。あの日から止まったままの自分の時間を動かすために。


ーーーー


 祭りの夜は、いつも満月だ。


 町の決まりで、その夜だけ町から全ての明かりが消える。

 砂浜を照らすのは、参列者が手に持つ提灯の火だけ。還ってくる死者の数だけ、提灯に火が灯る。橙色の光が波打ち際に並ぶ様子は、遠くから見ればさぞ綺麗だろう。


 だが今の俺には、綺麗だと思う余裕がない。


 顔を覆う白い布は、思っていた以上に薄くて頼りない。息をするたびに口元に張り付いて、自分の体温だけが確かに伝わってくる。

 この布には目の穴が開いていない。見えない。だから、感じるしかない。


 砂の感触。潮の匂い。提灯の熱。


そしてーー空気が、変わる瞬間。


 それは音ではない。体の奥の、どこか原始的な部分が感じ取るものだ。産毛が逆立つような、息が薄くなるような。此岸と彼岸の布が、ほんの少し揺れる。


 死者が、還ってきた。


 俺は波打ち際に立って、ただ待った。

案内役は動いてはいけない。呼んではいけない。


 灯台のように、ただここにいるだけでいい。


 黄泉路は、海蝕洞かいしょくどうの奥にある。

潮に削られた岩肌の向こう。夜の海より暗い場所だ。


 案内役の仕事は、その道の入り口で蓋をすることだ。夜が完全に明ける前に。死者が溢れ出て来ないように。全員が、戻るべき場所へ戻った後で蓋をする。


 波の音が、少し遠くなった気がした。

 

 隣に、誰かがいる。気配だけで分かる。


 澪だと、直感的に思った。


 匂いでも、音でもない。ただ、分かる。


 去年の夏まで、十八年間隣にいた人間の気配は、一年やそこらで忘れられるものじゃない。


「……来てくれたんだね」


 声に出していいのか、迷いながら言った。

案内役が死者に話しかけることは、禁じられていない。

ただ、誰もしないだけだ。引き込まれるから。


 澪は答えない。でも、気配は消えない。


 波が一つ、足元まで這い上がってきた。冷たい海水が、草履の裏から足裏に伝わる。


 黄泉路の水だ、と俺は思った。


「……澪」


 息を吸い込んで名前を呼んだ瞬間、潮騒が止んだような気がした。

 砂浜全体が息を飲んだような静寂。

提灯の火が、一斉に揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ