06とろける時間
食卓に並ぶは四人でも食べきれないほどの温かい料理たちだ。
いつもの野菜のスープにパイ、カルバンが持ってきた野菜たちの酢漬けや鶏肉のロースト、アリカがせっかくだからと作った果物とチーズの和え物、クリームたっぷりのフルーツサンド。
「あーん、もちょもちょもちょもちょ……」
口の周りを汚しながら次から次へと料理を口に運ぶミア。その隣には同じように食べるシアンの姿がある。
「今日はパーティーだね。こんなにたくさんのごはんとたくさんの人がいるんだもの」
言いつつ、カルバンの持ってきた野菜の酢漬けを口にするとミアは酸っぱさに顔をしかめた。
「あなたパーティーを知らないでしょう。パーティーっていうのはねもっと大勢でするものよ、まぁ小さなパーティーってところね」
「はいはい、シアちゃんはいっつも偉そうなの」
「ふんっ、いつかミアを私のパーティーにも呼んであげますわ」
「はは、賑やかなパーティーだ。どれ、一曲BGMでも流そう」
カルバンが手のひらを叩くと手元には一本のギターが現れる。
軽く音を鳴らすと、やがてリズムをとって歌を口ずさみはじめる。
「野菜を食べているだけ、果物を食べているだけ、だってこれは小さなパーティーだからさ♪」
「あら、カルバンさん音楽もできたの?」
グラスを持ってきたアリカが言いながらカルバンの元にグラスを置く。
中に注ぐは果実から作られた少し強めのお酒である。
「あったかいごはんが食べられて、好きな人たちに囲まれて、一緒にごはんを食べれるなんて幸せだねぇ、音楽までついているなんて言うことがないのだわ」
満腹感から幸せそうな表情をしたミアがそんなことをいう。
お腹いっぱいの合図なのか大きなゲップをかますと、幸福感に目を閉じる。
「ちょっと、あなたゲップしたでしょ! 品がないわよ」
「うるさいなぁシアちゃんは。獣人は野生に生きているのよ」
「きぃぃ、これだから獣人は嫌いよ!」
「そういうシアちゃんはよわっちぃ人間でしょ」
「私は魔族と人間のハーフよ! この赤い瞳が何よりの印よ!」
「へぇ。何と人間のハーフ?」
「ふふふ、私吸血鬼と人間のハーフですのよ!」
「じゃぁ日に当たれないじゃん」
「少しくらいなら当たれますわ! 人間といいところと吸血鬼のいいところを兼ね備えてますのよ!」
「種族も超えてこうやって集まってパーティーできるなんて最高だな、なぁ、アリカお嬢」
とカルバン。
「ふふ、その通りね。カルバンさんお酒もっとどう?」
「いただこう、今日は死ぬほど飲めそうだ」
◇
「きゃっほー」
衣類を脱いだミアが勢いよくジャンプして風呂へと飛び込んだ。
アリカの家には四人入ったとしてもあまりある大きな風呂があった。
食事も終わりミアが入浴するとシアンも共に浴室へと足を運んでいた。
「もう! お湯がかかるでしょ! 静かに入りなさいよ!」
「はぁー、気持ちええ。おなかいっぱいになってあったかいお風呂に入って。これ以上の幸せはないなぁ」
お湯に浮かびながら心地よさに目を閉じるミア。続いてシアンも風呂へと浸かると心地よさに空を見上げた。
「……久しぶりに誰かと食事しましたわ」
「よかったねぇ。これからもいっぱい来るといいよぉ。人がいっぱいいると楽しいねぇ」
「……そうね」
「私はとっても幸せだ。アリカ先生に拾われて、優しいカルさんがいて、友達のシアちゃんがいて」
「私、あなたの友達なの?」
「一緒にごはん食べて一緒に時間を過ごしたんだもん、友達だよ」
「友達……えぇ、私とあなたはお友達ですわね」
「このまま今日泊まっていきなよー」
「そうしたいですけれど……私おうちでお父様が帰るのを待たないと行けませんの」
「そうなんだ。パパさんは何時に帰るの?」
「わからない」
「そっかぁ、早く帰ってくるといいねぇ」
「えぇ、本当に……」
小さなパーティーは終わり、カルバンは荷馬車で自宅へ、シアンはアリカの召喚した扉で自宅へと帰っていった。
帰り際シアンはバスケットいっぱいになったパンや果物、野菜などをもらうと笑顔で別れを告げた。
「今日はなんだか楽しい一日でしたわ……」
両手で抱えていたバスケットをテーブルの上に置き、蠟燭に火を灯すシアン。
蝋燭を手にしながら、片手でもらった果実をかじった。
家にはシアン以外の姿はない。
写真立てにはシアンとその両親の姿が見られたが、現在シアンは一人きりでの生活をしている。
蝋燭を持ちながら写真立てを手にした。
「お父様、お母様、今日はとっても楽しかったのよ……お友達ができてパーティーをしてきましたの」
「……」
「きっとお母さまが生きていればもっとたくさんのお料理ができて、きっと皆さまもお喜びになったはずですわ」
「……」
「お父様がいたら、ミアの先生もカルバン様もきっと驚かれたと思いますわ」
「……」
先ほどのにぎやかさのせいか、余計に寂しさと孤独感を感じてしまう。
明かりが灯りあたたかだった空間は今はない。蝋燭の明かりだけが頼りでその心もとない火だけではすべてを照らすことはできない。
すぐそこにある暗闇が、なんだかいつもよりも怖く感じてしまう。
シアンが独り言を言わなければ、室内には静寂だけがある。
静寂を振り払うように、シアンは独り言を続けた。
「お父様は……いつ帰ってくるのかしら」
「……」
「死んでなんか……いませんわよね?」
「……」
「以前だってありましたもの! 遅くなってもちゃんと帰ってきてくれましたもの……」
「……」
「お父様は世界一の剣士ですもの」
写真立てがおいてあった傍にはこれまでシアンの父の功績を称える盾やトロフィーが飾られている。
剣士としての偉業を称えるもの、ギルド内で優秀な成績を収めたものに与えられるもの、王様より直々にいただいた勲章なんかもある。
「……」
「お父様、はやく帰ってきてくださいませ……」
ゴン、ゴン、ゴン……
何かが戸を叩くような音がして、シアンは体をビクつかせた。
「な、なんですの……!?」
ゴン、ゴン、ゴン……
音は玄関のほうからする。
恐る恐る玄関のほうへと近づくシアン。
ゴン、ゴン、ゴン……
「お父様、ですの?」
「シア……ン……」
かすれてはいるが、それは確かに父の声であった。
「お父様!」
扉を開けるとそこには鎧を纏った剣士の姿があった。
折れた剣を持ち、特徴的な赤い瞳をした銀髪の男の姿。それは間違いなく父の姿である。
間違いなく父の姿であるがーー身体中を血に染め、口からは茶色い液体があふれ出ている。
「……お父様!」
それでもシアンは父の帰宅に涙して飛びついた。
「シア……ン……」
「お父様、やっと帰ってきてくださったのね! もう、遅すぎますわ、お父様……」
「シアン……にげ……」
「お父様?」
「ニゲロ……」
剣を振り上げる父の姿に、シアンは目を丸くしたまま動かずにいる。
父が何をしているのかわからなかった。いや、動作から考えれば切りかかろうとしている。
しかし、何故父がそんなことをするのか、何故父が泣いているのか。
シアンにはわからなかった。
「お父様?」
「ニゲテ……クレ……」
蝋燭が地面に転がった。
その傍には涙を流しながら大きく斬られたシアンが倒れている。
「お父……様……?」
「シア……ン……」
シアンの目に映った最後の景色。
それは父が泣きながら剣の切っ先をシアンへ向ける姿であった。




