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03魔法使い

「アリカ先生~」

「んん……」

「魔法教えてぇ」

 まだ眠っていたアリカを幼い声が起こす。

瞳を閉じたままにいると布団の上に重みが加わる。うっすらと目を開けてみればミアが全体重をアリカの体の上に預けている。

「随分早起きなのね」

「もう目が覚めちゃった。魔法教えて」

「んん、そうね……ふわぁ」


 上半身だけ起こして背伸びするアリカ。

まだ少しだけ眠い目をこすり、甘えるように身体に乗りあがったミアの頭を撫でた。


 朝食も取らぬうちにアリカはまず本棚にあった古い本を一冊ミアに手渡した。

タイトルはない。ずいぶんと経年劣化した表紙をめくるとそこには手書きの呪文や魔法陣などの類が描かれている。

「読める?」

「うん、わかる。ふぁいやーぼーる、あいすばーん……はりけーん」

「じゃぁ、まずはそれを読みながら手にマナを宿せる?」

「やってみる」


 椅子に腰かけいわれたようにマナを宿しながら詠唱してみる。

ファイアーボールといえば蠟燭に灯る火のように小さな炎の球が指先から跳ねて床に落ちる。

アイスバーンといえば机の上に手のひらサイズほどの雪の結晶ができあがる。

ハリケーンといえば窓から入り込んでカーテンを少し揺らすほどの柔らかな風が舞う。

「できてる?」

「上手上手」

「うぅん、アリカ先生」

「なぁに?」

「こういうのじゃなくて傷を治したりする魔法はないの?」

「もう少しあとのページにあったはずよ」

ページをめくると攻撃魔法、防御魔法、続いて治癒魔法の呪文が一覧と解説付きで並んでいる。

「ひーる!」

 唱えるが何も起こらず。

「傷を治す魔法だから、傷がないと効果はないみたいね」

「傷……」

 あたりを見回し、傷がついていそうなものを探す。

キッチンにあった瓶に少しだけヒビが入っているのを見つけるとミアはそれをテーブルの上に置いて手のひらをかざした。

「ひーる!」

 縦にはいっていたヒビが少しだけ元通りの姿へと変化していく。

「ひーる!」

 さらに詠唱すると瓶に入ったヒビは完全に消えてなくなり、元通りの状態の瓶へと治った。

「できた!」

「すごいじゃない。すぐに魔法を習得するなんて。ミアちゃんは才能があるわ」

「これで生き物の傷も治せるかな?」

「えぇ、きっとできるわ」


 朝食を食べることも忘れ、ミアはページを開いてはひらすらに魔法の練習を続けた。

魔力の使い過ぎで手のひらから一切の魔法がでてこなくなるとやっと練習の時間が終わりを告げる。

そのタイミングを見計らい、アリカは朝食を提供した。


 パンをかじりながら野菜のスープで流し込むミア。

「ねぇ先生。先生はどんな魔法使えるの?」

「実はあんまり魔法は使えないのよ」

「そうなの?」

「私にできるのは限定召喚魔法、それに制限魔法がいくらか使えるだけなの」

「げんていしょうかん? せいげんまほう?」

「ふふ、この間オークさんたちを呼んだでしょう? 限定召喚はあの扉を召喚することしかできないの」

「そうなんだ。召喚魔法って妖精さんとか魔獣を呼べるものかと思ってた」

「一般的にはそういう使い方でしょうね」

「げんていまほうは?」

「ふふ、内緒。さ、ごはんを食べたら続きをしましょう」

「えー、アリカ先生、内緒ばっかり」

「そうかしら?」


 場所を庭へと移しミアの練習は続いた。

魔導書片手にし、もう片手を前に翳すと目の前に置いた粉々になった瓶に向かって詠唱を続ける。

「ひーる!」

粉々になった瓶が少しだけ元の形へ戻ろうと破片たちが集まる。

「ひーるっ!」

また少し元の状態へ。

「ひーる! ひーる! ひーる!」

少しずつ元の形へと戻るが完全になる形に戻るにはまだ詠唱が必要そうだ。

「ひーる!」

「ミアちゃん、お昼はなにが食べたい?」

「ぱい!」


 間違った詠唱を唱えたことで、せっかく元に戻りかけていた瓶が粉々になってしまう。

「えぇ! なんでぇ!」

「詠唱を間違えたことで魔力が行き場をなくして霧散しちゃったのね、そのせいでまた割れちゃったんだと思う」

「うぅ、集中しないとちゃんと治せないんだ……」

「そうね、集中力は大事ね」

「でも、まだまだ! ひーる!」

「ふふ、じゃぁ私はパイを焼いてこようかしら。今日はどんなパイを焼こうかしら」

「ぱ……ひーる!」



 口の中にまだ甘いパイの味が残っていて、ミアは唇をなめた。

唇に残っていたジャムの甘い味がする。

昼食後、アリカは買い物に町まで出るというのでミアを誘ったがミアはそのまま残って魔法を練習し続けた。

 場所は川辺に移した。

(この川の上のほうから……)

川を見ていると亡くなった仲間を思い出して辛い。なぜ仲間たちは死ななければいけなかったのか、何故自分は生き残れたのか、どうして記憶がないのか。

そんな想いたちが一気に押し寄せてきて胸をつぶしてしまいそうになる。

「ひーる」

手のひらから緑色の光が溢れて零れ落ちる。

足元にあった流木が元の形へと戻り、その場に根を下ろす。


 川辺を歩きながら、ほかにも練習になるようなものはないかと探した。

割れた陶器、千切れた紙、古いロープ、曲がったスプーン。様々なものを見つけてはヒールの魔法を使用してみる。

戻るものもあれば戻らないものもある。

「ちょっとずつ魔法使えてる。もっと練習したら……なんでも治せる魔法使いになれるかな?」


 バサバサと震えるような音が茂みのほうからするのが聞こえると、ミアは早足に茂みのほうをのぞき込んだ。

しげみには釣り糸が引っ掛かった小鳥が折れた羽を必死に羽ばたかせながら糸から逃れようとしていた。

「まってまって、治してあげる」

暴れる小鳥を両手の中に包む。緑色のオーラが手のひらからあふれ出すと、小鳥もその動きを静止している。

「ヒール」

 手のひらを開けば折れた羽が元通りになっている。

まだ絡まる糸も解くと、小鳥は手の中でチチチと鳴いたあとに空へと羽ばたいていった。

「ちっちゃい小鳥さんなら治せた……! これならほかの生き物も治せるかなぁ?」

 青空を見上げる。小鳥が自由に舞って、どこか遠くへ。


「ミアちゃーん、お菓子買ってきたからお茶にしましょー」


 遠くからアリカの声が聞こえてきてもミアはしばらく空をみあげていた。


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