第十七話 引き寄せてはいけないもの
広場から北の通りを進むと、古い宿屋があった。
《渡り鳥亭》と書かれた看板が、風に揺れていた。割れてはいない。中には入れそうだ。
「ここに何か?」
カイが聞く。
「情報があると聞いた」
ネオは扉を開ける。内部は薄暗い。窓に板が打ち付けられているためだ。しかし光が全くないわけではなく、ノイズの残滓がかすかな明かりを作っていた。
「……誰かいる」
リリィが小声で言う。
宿屋の隅に――影があった。人型の、輪郭が定まらない影。プレイヤーではない。NPCでもない。それとも全く別の何かか。
「(これは――)」
ネオは近づく。影の輪郭が、より鮮明になる。人型。女性のシルエットに近い。空気を消費しながらも、そこに在り続けている。
《ドロー》で引き寄せるか、と考えた瞬間――
```
「ダメだよ」
```
ログが走った。
「……なぜ」
```
「《ドロー》は、意志のある相手を引き寄せる。でもあれは――意志が、ない」
「引き寄せたら、壊れる」
```
ネオは手を止めた。
「意志がない、か」
影は揺れ続けている。ここにいることも、どこかへ行くことも――できない。どちらにも向かえず、ただ漂っている。
「……どうしてやればいい」
独り言のように呟く。
返事が来た。ログではなく――ヴェルナルの声が、後ろから。
「……その方は、ここの常連さんだったかもしれません」
「ヴェルナル、ここまで来たのか」
「ついてきてしまいました。申し訳ありません」
老人は影を見つめる。「……記憶が、残ってしまっているのでしょうか。帰れない、と思いながら――ここにいる」
「帰れない」
ネオは繰り返す。「ログアウトできなかったプレイヤーの、残骸か」
「……そうかもしれません」
しばらく、沈黙が続いた。
「ネオ」
リリィが、静かに言う。「今は、どうにもならない。でも――権限が戻ったら、できることがあるかもしれない」
「……そうだな」
ネオは影に向かって、一言だけ言った。
「待っててくれ」
影は、答えなかった。ただ――揺れ方が、少しだけ変わった気がした。
ネオは踵を返す。
「次へ行こう」




