第八話 ヒーラーは、最後に残る
夜。
森の中に、小さな焚き火があった。乾いた枝が爆ぜる音だけが、静かに繰り返される。
「交代で見張りな」
リリィが言う。
「必要か?」
「必要」
「はいはい」
ネオはその場に丸くなる。巨大な黒猫が丸まると、それだけで相当な存在感がある。男は少し離れた場所で座っている。膝を抱えて、どこか落ち着かない様子だ。
火の音だけが続く。三人とも、言葉を持たなかった。
そのとき。
「……昔さ」
リリィがぽつりと呟いた。独り言のような、それでいて誰かに届けようとしているような声。
ネオは目を開ける。閉じたままでいる。
「パーティ組んでたの」
「ほう」
「前衛二人と、魔法職一人。私はヒーラー」
淡々とした口調。感情は薄い。「よくある構成でしょ」
「まあな」
「強かったよ、あいつら」
一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、声の温度が変わる。「バカみたいに突っ込んで、でもちゃんと戻ってくる」
小さく笑う。その笑いは、少しだけ痛そうだった。
「で、私は後ろから回復して――」
言葉が止まる。火が揺れる。
「……ある日」
静かな声になった。「ボスに挑んだの。普通なら勝てる相手だった」
「普通なら?」
「うん」
リリィは焚き火を見つめたまま続ける。「でも、その日――スキルが、発動しなかった」
沈黙。
「回復も、防御も、全部」
「……バグか」
「そう。一瞬だけだったと思う。でも、それで十分だった」
火がはぜる。薪が崩れる音がした。
「前衛が一人、倒れた。もう一人が無理に突っ込んで――死んだ。魔法職も、巻き込まれて終わり」
「私は――」
少しだけ、間が空く。「最後に残った」
風が吹く。焚き火の炎が横に引かれた。
「ヒーラーってさ」
リリィが小さく笑う。「最後まで生き残るの。見てるだけ」
その言葉は、妙に重かった。軽く言ったのに、重かった。「助けられるはずだったのに。全部、見てた」
ネオはゆっくりと起き上がる。だが何も言わない。ただ聞いている。それだけでいいと、何かが告げていた。
リリィは続ける。「そのあと、ログが出た」
ネオの目が細くなる。「ログ?」
「うん。普通じゃないやつ」
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「それ、つまらないよ」
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空気が凍る。ネオの視線が鋭くなる。
「……それ」
「聞いたことあるでしょ。あなたも」
ネオは少しだけ黙る。「……ああ。あるな」
沈黙。焚き火だけが音を立て続ける。
「それで分かった。この世界、壊れてるだけじゃない。誰かがやってる」
火が揺れる。リリィが、ゆっくりと振り返る。
「信じないことにした。誰も」
その目は真っ直ぐだった。揺らいでいない。泣いてもいない。
ネオはその視線を、静かに受け止める。
「……そっか」
それだけ言った。
リリィは少しだけ眉をひそめる。「それだけ?」
「じゃあ何て言えばいいんだ?」
「否定するとか」
「無理だな。俺も、同じの見てる。で、今も聞こえてる」
そのとき。ログが浮かぶ。
```
「よく覚えてるね」
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ネオは笑った。「な?」
リリィは目を細める。「……最悪」
だが――ほんの少しだけ。張り詰めていた何かが、揺らいだ。
「でも」
ネオが言う。「助けられなかったのは、お前のせいじゃない」
リリィの目がわずかに動く。
「バグだろ、それ」
「……」
「なら責任は作った側だ」
ネオは軽く笑う。「つまり俺だな。元GMだし」
リリィが呆れる。「何それ」
「だからまあ」
ネオは再び丸くなる。「まとめて取り返すよ」
「……何を」
「全部」
軽い口調だった。だが――どこか、嘘のない本気だった。
リリィはしばらく黙って――小さく息を吐いた。「……バカ」
でも少しだけ。その言葉は、柔らかかった。
遠くで。ログが一つ、静かに流れた。
```
「……優しいね」
```
誰にも聞こえない声。だが――ほんのわずかに。寂しさが混じっていた。




