春風が運ぶ、約束の栞
八年の歳月を経て、プロの選手と、それをレンズ越しに見つめる存在として再会した二人。その「温かく凪いだ」空気が、日常のふとした隙間に揺らぎを見せるような、あるいは彼らの「約束」が少しずつ形を変えていくような、そんな続きの一案を考えてみました。
帰り道、颯一郎がふと足を止めた。
「そういえばさ、蓮ちゃん。まだあのノート、持ってたりする?」
彼が指したのは、八年前に二人で交わした、未来の夢を書き殴った古い手帳のことだった。
蓮は胸の奥で小さく鼓動が高鳴るのを感じた。もちろん、大切に持ち続けている。あの頃は夢物語だと思っていた「プロ野球選手」という肩書きを、今や彼は当たり前のように背負っている。
「……あるよ。ずっと、机の引き出しの奥に」
「……そっか。よかった」
颯一郎は少しだけ視線を逸らし、沈む夕陽を眺めた。その横顔には、さっきまでマウンドで見せていたエースの表情とはまた違う、年相応の青年の脆さと優しさが同居している。
「あのさ、もし。……もし、俺が今シーズン、目標としてた数字を残せたら」
彼は言葉を選びながら、ゆっくりと紡ぐ。
「その時、またあのノートの続きを書いてくれないかな。今度は、プロの先にある夢を」
清武の風が、二人の間を通り抜ける。
かつては少年のあどけなさを知る者同士として、今は戦う男とそれを支えるレンズの先にある存在として。
蓮はカメラを抱え直した。レンズ越しに見る世界は、決して夢の中の景色ではない。現実という確かな手応えが、今、確実な温度を持って自分の心に刻まれている。
「……うん。書くよ。……最高の瞬間を、撮り終えたらね」
颯一郎が少しだけ目を見開き、そして、あの頃と変わらない、少し照れくさそうな、でもどこか誇らしげな笑顔を見せた。
八年かけて積み上げた時間は、まだ終わらない。
春の陽気に誘われるように、二人の新しい物語が、今ここから動き出そうとしていた。




