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そうだ、オリュンポス行こう  作者: くらうでぃーれん
2.水と小麦と戦の女神
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2-4


 ソフィと視線を合わせて、覚悟を決めるように頷き合う。そうして僕らは足を踏み出し、神殿の入口へと踏み込んでいった。


 数段の石段を登ると、まず巨大な門扉が僕らを見下ろす。神の訪ねる聖地である以上開放的にしておくわけにはいかないのか、常に閉ざされている扉の重々しさはかなりのものだ。


 不安そうに僕の腕を掴むソフィに虚勢を見せつけるように、僕は内心でビビっているのを悟られないよう、勢いよく扉を押し開け‥‥開け、開けっ‥‥あっあっ、思ったより重い。あっ、ソフィが手伝ってくれてるカコワルイ。


 ヒィヒィと呼吸を乱しながら扉を開くと、中は一見倉庫のような開けた空間になっていた。外と同様、内側にも幾本もの柱が天井に向かって伸びており、外から視認できないからといって手を抜いているなどあり得ないというような完成度の高さだ。


 各所に彫刻が施されている他にも、奉納されたものなのか、あちこちに豪奢な彫像や絵画など芸術的な要素を含むものが多数配置されている。


 神殿の規模を考えると他にも部屋がありそうに思えるが、ここから確認できるのはこのひと部屋だけ。しかしその規模はハンパではなく、ボール遊びくらいなら余裕で出来そうな広さである。

 室内には数人の神官が警備のためにか立っており、見るからに高そーな服を着て偉そーな態度してるし、こんな場所の守護を任されているのだからかなり高位の人間なのだろう。


 だけど僕はそういった細部などほとんど目に入っておらず、その場にあるひとつのものに目を奪われていた。

 僕だけでなくソフィも、恐らくこの場を訪れたほとんどの人が、同じようにソレに意識を奪われることだろう。


 巨大な門扉をくぐった向こう、部屋の奥に安置されているのは――巨大な神の彫像。


 デカい、なんてものじゃない。その頭は天井に届きそうなほどで、見ているだけで押しつぶされてしまいそうな威圧感がある。心の中の僕が「ビビッてやがる‥‥デカすぎたんだ‥‥」と自身を揶揄してくるが、反論の言葉は出てこなかった。


 周囲に居る幾人もの巡礼者が像を見上げながら、祈り、歓喜し、涙を流す。

 それが何に対しての感情なのか、今の僕にはよく分からなくなってしまっていた。


 かつて僕の抱いていた信仰は、多分求めるものが曖昧だったから信じ続けることが出来なかったんだろう。幸せになりたいとか、争いを無くして欲しいとか、穏やかに暮らしたいとか。そんな具体性の無い願いばかりだったから、信仰そのものが曖昧だったんだろう。


 隣を見ると、ソフィも目の前の彫像に目を奪われている。口を半開きにして像を見上げる様は息を飲むほどに可愛くて、神の像とかどうでもいいくらいに目も心も奪われてしまう。ああ、今すぐその半開きの唇を押し割って僕のアレをナニしたい!


 ――カツーン。


 と、不意に静寂を打ち破る、場違いな音が鼓膜を揺さぶった。

 神殿内に響く、強く床を打つような硬質な音。神の居室の床を打つなど、信者からすればあまりにも酷い冒涜行為だ。これほどの信者が集まる中でこんなにも堂々と涜神的な行動を取るなど、命が惜しくないのだろうか。


 ――カツーン。


 もう一度、音が繰り返す。その音を聞いてようやく、僕は周囲の異変に気が付いた。


 ――音が消えている。


 歩く音、話し声、祈りの言葉。衣擦れ、息遣い、風の音、大地の音。

 どれだけ静寂を守ろうとしても、普通はそれらを完全に消し去ることは出来ない。にもかかわらず、人の音、自然の音、その全てが唐突な眠りに落ちてしまったように存在感を消してしまっていた。

 たったひとつ、その音を除いて。


「‥‥‥‥っ!?」


 気付くと僕らの正面、神の彫像に背を向けて一人の女性が立っていた。神に対する畏怖も礼賛も欠片も持ち合わせていないように、しかし清らかな立ち姿で。


 蒼天の色を映し込んだ宝玉のような瞳、金糸のようでありながら真鍮のようでもあり黒檀でもあるような、角度によって色を変える不思議な色の髪。黄金の鎧兜と、その手には剣呑でありながら美しい光を放つ長い槍。瞳は鋭く吊り上がり、恐ろしさ以上に凛々しさを感じさせ、艶やかな唇は一文字に引き結ばれている。


 ――大神殿パルテノン。大都市アテナイに建設された、世界的にも最高峰の神殿。それが僕らの訪れた神殿の名前だ。


 僕は神が存在することを知っている。そして今の状況を踏まえれば、目の前にいる女性が何者かなど考えるまでもなさそうだった。


「何か、不思議な雰囲気を感じるわ。貴女は、いったい何者かしら?」


 彼女はソフィを見て、厳かに口を開く。女性にしては低い声は、距離があるにも関わらず足元から響いてくるようで、まるで神殿そのものが声を発しているような錯覚に襲われる。

 訪ねる前に、断言しても良い。


 彼女の名は――アテナ。

 主神であるゼウスと並ぶ十二神の一人とされる、戦と知恵を司る女神。


 彼女こそが僕らがこの地を訪れた最大の目的なのだが、まさかこんなにも早く、向こうから顔を見せてくれるとは思いもしなかった。心の準備など全く整っておらす、要するに情けない話ではあるが、僕は彼女の放つ威光に竦み上がってしまっていた。


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