人間
夜空が黒から紫、そして濃い青へと変わりゆく頃――
多くの町の男、兵が・・・森の奥深く、魔女が住むという小屋へと集まった。
皆手に剣を持ち、険しい顔である。
「ケルヴィン・・・ここか?」
「はい、間違いありません。」
剣の無い鞘を腰に付け、見苦しいほど泣き怯えながら町に帰ったケルヴァンを町民は、怪訝に思い、問いただした。
昔、人を襲った竜がここに居る。魔女が竜を操り人を殺していた。
私は勇敢に魔女と戦い、魔女に一矢報いたが、剣を失い撤退した――そう、ケルヴィンは皆に説明した。
それを聞き町民は、討伐隊を結成し、夜道を進んできたのだ。
「では、皆・・・気をつけろよ。まだ、何処かに竜が居るかもしれない。」
リーダーと思われる、背の高い男が言うと皆ゴクッと息を呑む。
戦ったと聞く畑には、姿は無かったが・・・大量の血痕とケルヴィンの剣が落ちていた。
慎重に家の中も探すが、誰も居ない。
魔女も竜も逃げたかと・・・誰もが思った時、家の裏から物音がした。
勇敢なリーダーは、「行くぞ」と目で指示を出すと一斉に家の裏に向かい走った。
家の裏にたどり着くと同時に誰もが足を止めた。
今まさに空に広がる瑠璃色と同じ瞳、新雪のような白銀の長髪をした十歳程の娘が立っていた。
触れれば折れそうなほど細く伸びた手足、水も凍るほどの寒さの中、裸だが白く肌理こまやかな肌は、鳥肌も傷も一つも無い。
あまりに美しく、神秘的で誰もが息を呑んだ。
「お前が魔女か??」
リーダーが問いただす。
「人間よ。」
初めて開いた娘の声は、とても澄んで美しく、また男達は息を呑む。
「わたしは人間よ。私はお母さんの子よ。」
娘の後ろには2つの大きな石と、横たわる人影があった。
「ルーナティアナ!!!」
町民の中の一人が叫んだ。
それは、安らかな顔をして眠るルーナティアナ。
その体からは赤い血が流れていた。
「お母さんは、そこに居る男に斬られた。」
娘は、すっと指差す。
その先は・・・ケルヴィン。
「違う、オレが斬ったのは魔女。そうだ、オレは魔女を・・・違う、そう、お前が魔女でルーナティアナを殺したに違いない。オレは、誰も斬っていないっ魔女が悪い。」
もう、ケルヴィンの言葉につじつまが合っていない。
「彼女は・・・ルーナティアナの子だ。」
町民達の中から・・・すっと、一人の男が出てくる。
ジーナの父である。
「間違いない、この間、店に来た時に会った。
何なら娘、ジーナに聞いてもいいぜ。
それにルーナティアナの面影があるだろ。」
そう、皆に説明し、皆が、それに「そういえば顔付きが」「あの雰囲気は」等と頷き始める。
「おい、何処に行く!!!!」
急にケルヴィンが走り出す。
大勢の町民に追われケルヴィンは、捕まった。
ケルヴィンは、法の裁きを受ける事が決まる、罪状は”殺人”。
竜は、ケルヴィンの狂言であろうと、片付け町民は、一人またひとりと町に帰り始める。
娘は冷たい瞳でその様子を見続けた。
娘の裸を不憫に思った誰かが家から持ってきた毛布をかけてやる。
娘は、その間も顔色一つ変えていないず何も話さない。
ルーナティアナを慕っていた数少ない町民達は残り、偲びながら・・・穴を掘る。
ルーナティアナの為の。
手をクロスさせ祈った後、ルーナティアナは土に返された。
娘は冷たい目でその様子を見続けた。
「その・・・おい。」
数少ない町民の中の一人、ジーナの父が娘に話しかけた。
「何?」
冷たい瞳に負けない、冷たい声で返す娘。
「そ・・・その、お前・・・・スノーラティアナはどうするんだ?」
歯切れ悪く、ジーナの父が聞く。
「何が?」
変わらぬ口調で娘は返した。
「ルーナティアナが・・・お母さん死んだじゃねぇか・・・。
これからどうするんだ?」
一呼吸間を空けて・・・
「俺んち来ねぇか?子供多いし騒がしいけど、住めば賑やかで楽しいぞ。それにジーナも喜ぶ。」
娘の方を見ていない、全然違う、斜め上を向いているので娘には、ジーナの父の表情がわからない。
「ありがとう、親父さん。」
その一言に、ジーナの父は初めて視線を合わせ、顔をほころばせ歓喜の声を上げようとする。
「けど、しばらくはここに住む。」
先ほど埋葬された場所、石が三つ並べられたそこを見ながら・・・
「お母さんが寂しがるから。」
そうか、小さくジーナの父は呟いた。
「だけど、あの・・・ジーナの赤ちゃん抱っこしに行ってもいい?」
「もちろんだとも!!」
いつでも来いっと、付け加えると娘を抱きしめる。
彼らの上に雪が舞う。
強く冷たい風が吹き、遠くから粉雪を運んできた。
もうすぐ、長い冬がやってくる。
この娘が母の様な恋するのは・・・それはまた、別のお話である。
END