エピローグ
乾燥した空気。
白けた土レンガの壁で作られた街を強い陽射しが照らしている。
市が立つ路上には、通り沿いに軒の天幕を張り出した常店が並び、籠一杯に入れられた果実や、色とりどりの反物が並んでいる。
そこかしこで、客を呼び込む声が響き、交渉のやりとりが聞こえてくる。
その市場を一人の女性が歩いている。
ひしめき合う路上の物売りの天幕と人々。その中を涼しげに、一定の歩調で軽やかに歩いていく。
白金色の長い髪と白い肌。羽織った真っ白いローブは、黒髪、褐色の人がひしめく中では浮いているように見えるが、道行く人や、通行人に声をかける物売り達がそれを気にする様子はない。
まるで、見えていないかのように、変わりない日常が続けられている。
長い睫毛に縁取られたエメラルドグリーンの瞳が、市場の様子を慈しむように眺め、ふと一人の物売りへと目を留めた。
黄土色の天幕の下。本を平積みにした露店の老人が売り物の本の一冊を開き、うつらうつらと微睡んでいる。
女性がきらめく髪をゆっくりとたなびかせ、その店の前でしゃがみ込む。
人の気配を感じた老人が顔を上げる。やはり、この老人も周囲とは雰囲気を異にする女性の風貌には、一片も気を留めない。
通り一遍の売り文句をもごもごと口にする。
「どれも綴じが綺麗な掘り出し物だよ。チビ向けの絵本から武人好みの英雄譚、奥方好みの恋愛譚まで、一通りは揃えてる。しっかり探して買っていっておくれ。中身の確認はほどほどにしてくれよ。あんまりひどいと衛兵に突き出すぞ」
一息に言い終わって、店主は再び手元の本へ目を落とす。
店主の口上を微笑みを浮かべて聞いていた女性がゆっくりと頷き、並べられた本から、青い表紙の本を一冊抜き取った。
店主がそれをちらりと見て、少し相好を崩す。
「それは、子ども向けの訳本だな。儂も餓鬼の時分に読んで、西方にはこんな不思議な世界があるのかと興奮したもんだ。はて……いつの間に仕入れたんだったか……よく見つけたな。おすすめだよ」
老人の言葉に耳を傾けながら、女性は懐から小銭を出して、老人へと渡す。
「毎度あり。本との出会いは、かけがえのないものだ。あんたは今日、良い出会いをした」
決まり文句を呟く老人から、釣りを受け取り女性は白金色の髪を揺らして、また歩きはじめる。
そして、立ち止まり、手にした本の表紙へと目をやる。
表紙絵には、妖精の導きに従う、棒を肩に乗せた旅装の男、背景には大きな木がそびえ、男の後を二人の女と一人の女の子が追うようについて行っている。
女性は表紙に描かれた女の子を愛おしげにそっと撫でた。
そして、作者名を口の中で確かめるように呟くと、うっすらと目尻を光らせ、微笑んだ。
「またあえましたね、リンド──」
西からの風が女性の頬を優しく撫で、薄い雲がたなびく青い空へと溶けていった。
おわり
『悠々異世界漫遊譚 〜引退してもいいですか? そうして始まった旅路は、世界の根幹に触れる〜』をご愛読いただき、本当にありがとうございました。
本エピローグを持ちまして、本編が完結いたしました。
ブクマいただいた方、評価を入れてくださった方、また最後まで読み支えてくださった皆様に、心より感謝を申し上げます。
また別の作品でお会いできましたら幸いです!




