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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜【旧題:LV99のゆるっと最強異世界漫遊記 〜スローライフは世界の安寧の後で〜】  作者: かたか那由他
第2章

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第19話「龍の願い」

 洞窟の入口へ近づくと、青白く光る蛍のような光の玉が洞窟の奥からふわりとこちらへ飛んできて、誘うように揺れた。


「案内かな?」


 ゆっくり進む光の玉を追いながら洞窟へと進む。


 迷うような道ではないが足元を照らす光のおかげで進みやすい。


 道の先から光が漏れている。


 たどり着くと、洞窟内は広くなっており、天井の一部に天窓のような穴があるのか、一部には日の光が差し込んでいる。


 その広場の脇には小さな木製の小屋があり、水瓶と薪が積んである。こんな所に小屋? 人がいるのか?


 その小屋の奥。昨晩見た燐光が淡く光をたたえている。


 龍だ。


「よく来てくれた」


 昨晩と同じ、威厳を十二分に感じさせる落ち着いた声だ。


「直々のお願いですからね」


 明るいところで改めてその姿を見ると、なるほどドラゴンとは違う。


 大蛇のような長い身体は淡く輝く鱗に覆われ、たてがみは白金色に輝き、風もない中を柔らかくたなびいている。


 知性を感じる目の周りを長い睫毛が彩り、瞳の深い緑青はエメラルドグリーンに輝く海を思わせる。


 落ち着いて見ればその美しい姿に圧倒される。


「昨晩は突然のことでご挨拶ができず、お詫びいたします。エルフの里、ミーファの子、ノルと申します。お会いできて光栄です」


 ノルが礼儀正しくお辞儀をする。


 次に、シェルダが胸に拳を当てて直立する。


「魔族領ミディガル、魔王直属第一近衛師団団長シェルダ・イングウェルと申します」


「ふふ」


 龍が目を細める。


「古い生き物というだけのことだ。今を生きるそなたらが、そうかしこまらないでくれ」


 昔話のとおりなら、神様みたいなものなのだろうが、妙に謙遜してらっしゃる。


「それで、頼みたいことというのは……」


 一体俺たちに何ができるのだろう。


「ああ、本題に入ろう」


 龍はそういうと、頭を上げて小屋の方を向いた。


 先ほどから気になってた小屋だ。


「リンド、いいよ。出ておいで」


 小屋の扉が開き、中から女の子が姿を見せた。


 年の頃は12、3歳位だろうか。龍のたてがみに似た白金色の長い髪。色白の肌で顔にはそばかすがあり、あどけない印象を与えている。町娘風の格好に革のブーツ。エメラルドグリーンの瞳が物怖じせずに俺たちを見つめている。


「はじめまして。リンドです」


 近寄ってきて挨拶をする。どういうことかわからないまま、それぞれに名前を伝える。


 その様子を見ていた龍が口を開く。


「この子を……任せたい」


 ◆


「事情を教えてくれますか?」


 予想外の申し出を受けて、改めて説明を求める。


 龍は頷く。


「無論だ。だがもう昼食の時間だろう。まずは腹ごしらえをしてきてくれないか」


 確かに日は直上に来ている。


「リンド、支度をしてやってくれ」


「はい」


 リンドは小屋へと戻っていった。その背中を見送って龍に問う。


「失礼ですが……あの子は……」


「ああ、ここではないが山に捨てられていたのを私が見つけ、育てた。10年ほど前になるか」


「そうでしたか……」


 親とはぐれたか、口減らしか……事情があるようだが俺には見当がつかない。


 今見た様子では、目には溌剌とした光があり、声も張りがあり、普通の子に見える。


「つかぬことを伺いますが……子育て的には……大丈夫だったんですか?あの、大きさ的に、こう……気をつかいそうな感じですけど……」


 シェルダが「おい!」と俺を肘で小突く。


「ふふ」


 龍が楽しげに笑った。


「なに、長く生きていると色々とできるようになる。人の姿をとることもできるし、人里に下りることもある。不便はないよ」


「なるほど」


 人の姿にもなれて、神のような力を持つ。


 そんな龍が、まだあどけなさの残るあの子を、俺たちに託す理由がまだ見えない。


 少なくともリンドの背中を見送る龍の眼差しは、親の愛情深いそれに見えた。


「それでは何故……」


「長い話になる。そなたらもひとまず食事をとってひと休みしてくれ」


 龍がそう言うと、間もなく小屋の戸を開けてリンドが顔を出した。


「食事の準備ができました」


「では、お言葉に甘えて」


 そう言って、小屋へと向かう俺に龍が声をかける。


「ああ、ユキオ。『枝』……いや、アノンとちょっと話させてくれるか?食事の間だけでいい」


「ええ、勿論」


 手に持っていた棒を龍の前に置くとアノンが姿を現した。何を話すのか気になるが、ここはそっとしておこう。


 小屋の中へ入ると、床には所狭しと本が積まれており、中央の空いたスペースに台が置かれ、食事が置かれている。


 どこか和風な雰囲気のする小屋の中、床に座って用意された豆のスープを食べる。


 食べ終わり、リンドに礼を言うと照れたようにはにかんだ。


 片付けの手伝いをノルが申し出たため、俺とシェルダは一足先に龍の元へ戻る。


 アノンとの会話は終わっているらしい。


「ご馳走さまでした」


 礼を言うと。龍はゆっくりと頷いた。


 ノルとリンドが遅れて出てきて、合流する。


「では、話の続きをしよう」


 と龍が切り出した。


「まず、私のことを少し話そう。そなたらが昨夜古い話をしていただろう?」


 ノルの話していたお伽話のことだろう。


「遥か大昔の話だが出来事としては、おおむねその通りだ。かつては人とこの身で交わりながら生きていたが、あの蜥蜴どもが跋扈するようになり、私は人との関わりを控えるようになった。そうすべきと思ったし、今後もそうするだろう」


 長い時を経てもその出来事が残る。語り継がれる中で変化もするだろうに……伝わっているだけで驚愕すべきだろう。


「そして、蜥蜴どもへの呪いのくだりだが、あれは正確でない。呪いではなく、私は蜥蜴どもの力を抑え続けているのだよ」


 抑え続けている?


「どうやって、は伝えようがない。語るには言葉では足りない」


 問う間もなく話は続く。


「しかし、抑え続けることには代償もある」


 そこで、龍は間を置いた。


「ここまでのこと、この後のことも、リンドには十分に言い聞かせてある。そうだね?リンド」


「はい、母様」


 リンドは真剣な表情で頷く。


「代償とは、私の死だ」


 死? ノルと、シェルダも俺と同じく息を飲んだ。


「死と言っても、生まれ変わりの準備のようなものだ。しばらく──と言っても人の身には長い時を虚空で漂い、再度龍として世界に戻る。元からの記憶を継いでね」


 仮初の死と誕生を繰り返しながら、気の遠くなるような時間を生きる──。一体どういう気持ちなのか、想像もつかない。


「私が一定周期でそうすることにより、切れ目なく蜥蜴どもの力を抑える」


「そういう──契約なのだ」


 龍はそこまで話してリンドを見た。やはり優しい、慈愛を感じる目だ。


「もう間もなくその時が来る。私を母と呼ぶその子を独り立ちさせるまでの猶予はなかった」


「だから──」


 ノルが思わず口を開く。


「ああ、その子を連れて行って欲しい。人と交わりながら、その子がいるべき人の世を知り、その子の生を全うして欲しい。定命の尊い生を無駄にして欲しくはない──」


 龍は俺の目をじっと見た。


「私は、そう願っている」


 光指す洞窟、燐光を映す龍の瞳には、我が子を思う願いと、その身を案じる不安をたたえているように見えた。

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