第17話「おっさんと燐光の夜」
少し開けた場所に出た。
標高が高くなってきたのだろう。植物は少なく、ゴツゴツとした岩が転がっている。
「今日はここで野営だ」
シェルダがそう言って、俺に荷物を出すよう指示した。
日は沈みかけて周囲の岩の影が伸びている。
「ここから先は、険しくない分モンスターが生息してる。注意してくれ」
「どんなのがいるんだ?」
収納空間から水の入った革袋を取り出し、シェルダに渡しながら聞く。
「岩トカゲが出る。あと、このあたりを根城にしてるオークの一団がいたはずだ」
「こんなところにオーク?もっと人里が近いところにいると思ってた」
「わたしもです」
ノルが火を熾すために石を組みながら同意する。
「奴らも住処は攻めにくいところを選ぶ。この山は立ち入る者も少なく、天然の岩陰が多い。お前のような冒険者に依頼があるのは遠征のため降りてきた一団だろうな」
「なるほど」
話しながら、テントを人数分取り出す。
そして、普通は持ち歩くことはないという、モンスター除けのデカい香炉を焚き火の側に置いて、熱源の魔法石に火をつける。
これがなければ、交代で見張りを立てないといけないところだ。
焚き火を熾し、食事をする。
「しかし、本当にお前の収納空間は反則だな。容量無制限なんて……お前一人で兵站問題が解決してしまう」
シェルダがつくづくそう言った。
ちなみに入れた物は時間も経過しないので、倒したモンスターも素材になりそうな物はそのまま突っ込んでしまって問題ないし、ホカホカの料理を入れておけばそのままだ。
……そういえば、そんな収納空間の中からでもアノンは外の様子が分かってると言っていた。どういうことだろう。ふいに気になって棒を取り出した。
「アノン」
「なに」
アノンは棒から出てきて首を傾げた。髪?の葉っぱが小さく揺れる。
「収納空間の中から外の様子わかるって言ってたよな?」
「ああ、いった」
「時も止まってるはずなのになんでこっちのことわかるんだ?」
「とき、とまる。わからない。中はここにちかいけど、もといたばしょにもちかい」
ん、どういうことだ?
「よくわかりませんね」
ノルも首を傾げる。
「少なくとも我々の知る理とは違うのだろうな」
シェルダが考えながら言った。
「それより。ユキオ」
珍しくアノンから話を振ってきた。
「おう、どうした?」
「このへん、りゅうのけはい、する」
「竜の気配?ドラゴンか?」
「ドラゴン、ちがう。ちゃんとした、りゅう」
ドラゴンではなく、ちゃんとした、竜?どういうことだ?
「なんにせよ、モンスターは寄ってこないようにしてるから、気にしなくていいんじゃないか?」
そう言って香炉を指さす。
「ちゃんとしたりゅう、モンスターじゃない」
疑問符だらけの俺に対して、シェルダとノルは何か気付いたようだ。
「ドラゴンと違う『龍』というと……」
ノルが言った。
「ああ、エルフにも伝わっているのか」
「口伝の寝物語ですから、違いがあるかもしれませんけど……」
二人で何やら通じ合っている。
「どういうこと?」
わからないのは俺だけのようなので、ここは素直に説明を求める。
「お伽話ですが……この世界には龍がいたそうです。その龍は天空にあり、強大な力で天候を操り、種族を問わず知恵を授け、次第に信仰を集めました」
「要は神様みたいなものだ」
ノルは頷き話を続ける。
「しかし、それを地に伏す蜥蜴が妬みます。蜥蜴はその姿を龍に似せ、あらゆる種族を憎み、騙し、傷つけ、殺し、悪意を振り撒きます」
「ひがむねぇ」
「口を挟むな」
シェルダが俺に注意する。
「龍はそれを知り、蜥蜴を殺しますが、蜥蜴の亡骸からは、百の蜥蜴が生まれ、生まれた百の蜥蜴を殺せば、その亡骸から千の蜥蜴が生まれ……龍は蜥蜴を滅ぼすことができませんでした」
突風が吹いて、焚き火を大きく揺らした。
「自らの力が妬みを生み、地上を害する蜥蜴を生んだ事を悲しみ、龍は蜥蜴に呪いをかけ、蜥蜴の力を弱めて姿を消します。残された地上の者は蜥蜴をドラゴンと呼び、龍に代わり退治するようになった……というお話です」
「魔族でも話の筋は同じようなものだ」
「じゃあ、その神様みたいなのが、この山にいるってこと?」
シェルダもノルも難しい顔をしている。
「お伽話や神話だからな……正直見当もつかない」
シェルダが首を振る。まぁ、アノンがいう『りゅう』が神話にあるような存在だったにせよ、今深く考えることではない気がする。
「ま、今の状況で確認すべきことではないから、怪しいものには近づかないようにしよう」
俺がそういうと、二人も頷いた。
「アノンは、その『龍』の気配が近づいたら、教えてくれ。避けていきたいからさ」
そう言うと、アノンは俺を見上げて首を振った。
「おしえるけど、さけられない」
「何で?」
「もうきてる」
アノンがそう言った瞬間、先程まで闇が広がっていたはずの空間から、音もなく巨大な龍が現れていた。
淡い燐光を纏った長い身体がゆっくりとうねり、知性を感じさせる眼差しがこちらを見ている。
「ふむ……『枝』が渡ってくるのは、珍しいと見に来てみれば、人の手にあるとは……」
龍は興味深げにアノンを見ている。
あまりの事態にノルもシェルダも、俺も固まってしまっている。
「えーと、はじめまして……?」
何はなくとも挨拶だろう。
俺が言葉を絞り出すと、龍は横目で俺を見て、少し笑ったように見えた。




