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幼い王と2人の騎士  作者: 鯉コク


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9/9

貴族と平民の恋物語


貴族は、魔力を持つ『騎士』を生む特殊な血筋の家系だ。

魔力なくして魔獣から国を守ることは出来ない。

騎士は人の国が存続するために必須の人材である。

その騎士を生む血を持った貴族は、国民から大いに崇められた。




それは一目で目を奪われるほど光り輝き、そして美しかった。


貴族の名門・ドンデダルド家。

彼はその次男に生まれていた。


ネイト・ドンデダルド。


エイレンは一目見て彼に惚れた。

彼はこの世の誰よりも気高く、強く、そして瀟洒だ。

貴族は特別な出自である為に平民と交わることはなく、市街に出たとて尊大な態度であることが多い中で、ネイトは実に民と交わり、そして優しく接した。

だからこそ平民のエイレンが貴族たる彼を目にすることが出来たと言える。

否、彼がそういう人間だからこそ2人は出会った。

彼もエイレンに一目惚れした。

特に彼女が見目麗しい女だったわけでもなく、目に付く行動をしていたわけでもない。

それなのにネイトはエイレンに目が止まり、そして惚れた。

人はこれを運命という。


ネイトはエイレンに会うため頻繁に屋敷を出、市街へと赴いた。

エイレンは更にその郊外の農村で暮らしていたが、エイレンも彼に会うべく時間を作っては市街へと向かった。

2人は市街の外れで逢瀬を交わした。

特に何をするでもない。

ただ寄り添い、互いに互いのことを話す。

周囲を暫し並んで散策する。

それだけのことが幸せだった。

当然である。貴族たる彼に平民のエイレンが何を望もう。

高貴な身分である彼が下賤な自分に目を向けてくれただけで嬉しい。

それなのに彼はわざわざ自分に会いに貴族という世界からこちらへ出てきてくれ、そしてエイレンの傍に居てくれるのだ。

これほど幸せなことはない。

いつも彼と会う時は胸が高鳴った。

彼を見ているだけで時間が過ぎていく。

見目麗しい彼の一挙手一投足は美しく、目を奪われる。

少しでも彼に見合う女になりたくて彼の所作を見様見真似で模倣したら、彼は優しくこうするのだと作法を教えてくれる。

彼と会えることも、彼の話を聞くことも、貴族の所作を覚えて彼に見合う女になれることも、全てが楽しかった。


そうして遂にその時が来た。


「エイレン。私の妻になってくれ」

「ネイト様…しかし、私はただの農民です…

 貴方様のような高貴な血に、私のような醜い血が混ざるのは…」

「良い。其方以外の女は愛せぬのだ」

「ネイト様…!」


下賤たる草の民が、高貴な貴族の妻になるなどと分相応にも程がある。

断るべきだ。

高貴な貴族の血は同じく高貴な貴族同士で交わらなければならない。

しかし、エイレンはネイトの求婚を断れなかった。

彼の傍に居たい。

エイレンは平民が貴族に嫁げばどういう扱いを受けるか知っている。

例え彼が良しとしようと、他の家族や別の貴族たちが良い顔をしない。

麗しい貴族の中に自分のような醜い身分が混ざることは嫌悪されるだろう。

それでも、自分のような者と共に居たいと、自分のような身分の低い者を受け入れてくれた彼に少しでも応えたい。

貴族の世界に入り、どの様な扱いを受けようとも、彼の為に決して挫けない。

彼の選んだ女は、彼に見合う強い女なのだ。

彼女は並々ならぬ覚悟を持って彼の申し入れを受けた。


こうしてエイレンはドンデダルド家の次男ネイト・ドンデダルドに嫁ぎ、その優美な世界へと足を踏み入れたのだった。




















「ちょっと……俺とガンガジアみたいでドキドキする……」


フレイは本の頁を開いたままそっと手を置いてほうと溜息を吐いた。

巷で人気の、昔の貴族と平民の恋愛譚の一つだ。

魔力は血統に因らないと判明し、血統を保つ意味無しと貴族制が廃止されて長いが、今では有り得ない身分差の恋物語は尚色褪せず多くの民衆に読まれている。

弱者が強者に見初められるという夢物語はいつの時代も人々の心を掴むものだ。

貴族制が廃止されると共に結婚や家族という制度や単位もなくなったため、作中にある『高貴な貴族の血は同じく高貴な貴族同士で交わらなければならない』、つまり『貴族は貴族と結婚し子を成す』という感覚がフレイにはよく判らないが、過去にはそういう風習もあったのだと興味深い部分でもある。

貴族の血を守る為に”家族”という単位があったため、昔の人には名前の他にも”苗字”というものがあったことも面白い。

名前があれば個人を識別出来るのに、何故苗字というものまであったのか不思議でならない。

とてもこの国で昔あったこととは思えず、まるで別世界のお話のようだ。

更に加えれば、昔は『騎士』と魔力を持たない人たちが普通に接して生きていたらしい。

厳密に言えば騎士は昔から今に至るまで変わらず市井とは離れて生きていたが、それでも昔は屋敷の中で騎士と騎士でない者が共に生活していたというのだから驚きだ。

現代に生きるフレイにはよく判らないが、貴族とは騎士を生む家系として民衆から崇められていた人たちだったそうで、その貴族を大切にする意味で以て貴族の世話をする平民が多く居たそうだ。今の宮廷人のようなものだろう。

しかし、彼らは僅かも魔力を持たない者たちだったらしい。

それにも関わらず彼らは、一応『騎士』に触れてはならないという規則があったらしいが、常に騎士の魔力に侵されそれにより死んだとしても、”貴族様のお世話を出来て光栄だ”と喜んでいたという。

今の平民たちは騎士に触れることを恐れるというのに。

時代によって価値観は変わる。

実に面白い。


そして何よりフレイがこの話に心惹かれる理由は、登場人物の立場と状況が自分とガンガジアに似ているからだ。

フレイは元平民。

魔力を持ってはいたがそれが発現しなかったため宮殿に取り立てられることもなく、城壁近くの田舎で平民として暮らしていた。

そして普通に生活している中、ある日突然魔力が覚醒した。

そうしてそれを感知したガンガジアによって宮殿へと連れて来られ、騎士として生きることとなった。

ずっと平民として生きてきたフレイは、ある日突然宮殿へと連れて来られて騎士ガンガジアと共に生きることになったのだ。

その巨大な魔力で以て国を守る騎士は、平民にとって英雄であり憧れの存在だ。

そんな憧れの騎士と共に生きられるということに否応など無く、フレイはすぐさまそれを受け入れた。

ガンガジアが当時国唯一の騎士であったことをその時初めて知ったが、その事実は尚のことフレイにガンガジアへの畏敬の念を深め、長らく一人で国を守り続けてきた彼の偉大さに更なる憧れを抱いたものだ。

そしてそれは今も変わらず、フレイは強く気高いガンガジアに胸高鳴らせる日々だ。

作中のエイレンがネイトに恋焦がれる気持ちがよく判る。


「また小説を読んでいるのか」


低い男の声が届く。

フレイは驚いて顔を上げた。

ガンガジア。

どうやらまたうっかり空想の世界に入って彼の気配に気付かなかったらしい。

フレイも今では眠っていても魔獣の魔力を感知出来るが、如何せんガンガジアの魔力は大きく、抑えていてもそれは常に宮殿を包み込んでおり、その濃度で彼の位置を判別しているわけだが、今回のように思考の海に沈むと彼の魔力の濃度の動きに気付かないことがある。

まして今はスティクスが居る。

王たる少年の桁外れの魔力は、例え抑え込んでいても重く濃厚に宮殿を包み込み、自分やガンガジアの魔力でさえ希薄にする程だ。

殊更ガンガジアの魔力を感じにくくなっている。


見上げた彼の顔は呆れたような顔をしていた。

どうも彼は小説を読んだことがないらしく、創作物であるそれを快く思っていないようだ。

そんな空想を読んで何になるのか、と。


「ごめん…でも、面白いんだよ?

 話そのものが面白いのもそうなんだけどさ、彼らの立場が俺とガンガジアに似てて

 ほら、俺は平民でガンガジアは騎士だったでしょ?

 俺たちみたいな平民はさ、やっぱり国を守ってくれてるガンガジアみたいな騎士様に憧れてるんだよ。

 平民からすると、城壁を超えて見える大魔法は本当に凄いんだ。

 それでいてガンガジアは凄く強いし、いつでも冷静だし、格好良いし…

 それが今はこうして一緒に居られてさ。俺、今でも君と居るとドキドキするよ。

 この小説もさ、平民が貴族と結ばれて一緒に暮らすようになるんだ。

 何だか俺たちと似てない?」

「……さあな」


つい如何にこの小説が面白いかの説明に熱が入ってしまった。

両手を握り締めて長々と説明するフレイを、ガンガジアが普段と変わらない表情のまま冷たい視線で見ている。

彼からの視線は冷たいがフレイの顔は熱くなった。

恥ずかしくて顔を隠すように両手で頬を押さえる。


「ごめんっ…つい力説しちゃった…」

「そうだな」

「でもでもっ、本当に面白いんだよっ!ガンガジアも読んでみたらっ?

 たまには息抜きになるんじゃないかなっ?」

「いや、いい」


ガンガジアの視線は冷たいままだ。一切の興味が無いらしい。

判ってはいたことだが、この自分たちの状況に酷似した面白い物語を彼にも知ってほしい。

無理とは判っていても、そろりと控えめに彼を上目に見上げて聞く。


「そう…?」

「………」


彼は一つ溜息を吐いて小さく頷いた。


「少しだけなら」

「本当?はい、これ!これね、ネイトって貴族の人とエイレンって平民の恋物語なんだけどね、エイレンがネイトの高貴で高潔で誇り高くて優しいところを好きになるんだ。ね、ね、ガンガジアに似てない?高貴で高潔で誇り高くて優しいところ!俺もね、ガンガジアの国を守る騎士として誇り高いところや、俺が困ってるとさらっと助けてくれる優しいところとか好きだよ。それでね、2人は結婚して一緒に暮らすんだけど俺たちもさ 」

「………」


ガンガジアの視線は依然冷たいままだったが、彼が僅かでも興味を持ってくれたことが嬉しくて、フレイは再度饒舌に講釈を始めた。




フレイがよく判らないことを言いながら、しかし嬉しそうに笑う。

今でこそ当たり前の光景だが、ガンガジアは彼が来るまではこれほどに華やかな世界があるなどと知りもしない、色褪せた世界に生きていた。


ガンガジアは他の騎士同様、生まれた時からこの宮殿で暮らしていた。

当時ここに居たのはまだ存命であった先の王と、他に騎士が2人。

この広い宮殿に4人で暮らしていた。

しかし、先の王と当時の第一騎士は既に老齢であり、ガンガジアがまだ少年であった頃に相次いで亡くなった。

ガンガジアは幼い時分で残ったもう一人の騎士との二人生活になった。

その翌年だった。

もう一人の騎士が魔獣と戦い、死んだのは。

魔力の強いガンガジアが討伐に出ていれば彼女は死ななかっただろう。

しかし、「お前はまだ子供だから」とガンガジアを宮殿に残し、自身より強い魔力を持つ魔獣の討伐に出たその騎士は殺された。相討ちにすらならなかった。

それに気付いたガンガジアが結局は出向き、無事に魔獣を倒したが、そこに横たわる朝方は生きていた亡骸を見て、ガンガジアは「騎士に子供も大人も関係無い」と悟った。

この世は魔力が全てであり、より強い魔力を持つ者ほど偉いという風潮があるにも関わらず、「子供だから」と下に見られていた。

これは先に逝去した元第一騎士も同様であった。

そのどちらもがガンガジアよりも弱かったが、2人共ガンガジアを「子供だから」と対等に扱わなかった。

強い魔力を持つ者が偉い。

真理だと悟る。

歳など関係無い。

全ては魔力だ。

それから長らく、ガンガジアは一人だった。

生来の性格で宮廷人とは最低限の会話しかせず、あとはただ魔獣の討伐と図書館で本を読むか日記をつけるか写本をする日々。

何の変わり映えもしない、ただ惰性のみの生活。

そこへある日、突然降って湧いた2人目の騎士誕生。

それも生まれたての赤子ではなく、平民として生きていた者が突然魔力に覚醒した。

自分が一から育てなくてはならないのではなく、既にある程度育っている者が騎士となったのだ。

ガンガジアの生活が一変した。

今まで一人で暮らしていた宮殿にもう一人増え、宮殿内での騎士の特殊な生活を教え、魔力に目覚めたばかりで何も判らないそれに魔力の使い方を教え、そして新しく生まれたその騎士と媾った。

一日の内にすることが増えた。

就中なかんずくその新しい騎士フレイは元平民で多くの人と交わって生きてきたため、突然ガンガジア以外誰も居ない宮殿で生きることになり、寂しいようで頻繁に接触を図ってきた。

それを煩わしいと思うこともあったが、存外悪くないと感じている自分に気が付いた。

先の王。前の第一騎士。そして前の第二騎士。

彼らと笑って暮らしていた頃の記憶が甦る。

幼い時分で一人になり、長く誰とも関わらずに生きてきた。

恐らく、己も寂しかったのだ。


フレイが自分を見て笑う。

惰性で生きていた世界が変わる。

積極的に国を守ろうという気になった。

彼の前で無様な姿は見せられない。

己は王国の第一騎士。

彼よりも遥かに強い、最強の騎士なのだ。

王が生まれるまで、己が彼を、国を守る。


この笑顔は失わない。

















貴族同士の実りの無い集まり。王隴院おうろういんとの癒着。方向性の狂った貴族としての誇りを語る父と母。それに迎合する兄弟姉妹たち。

色褪せた世界。

ネイトは、自分の方が狂っているのだろうかと思う。

民に重税を課し、私腹を肥やし、贅沢な生活を送る事しか考えない彼らの方が正しく

民が笑って暮らせる国にしたいと願う己の方が間違っているのか。

全く色が無い。

灰色の世界。


「ネイト様!」


それが、色付いた。

彼女が笑うと世界中が美しく色に溢れる。

世界がこれほどに荘厳だったとは。

そして、色付いた世界より

楽しそうに、嬉しそうに笑う彼女が最も美しい。


「エイレン」

「ネイト様」


狂った貴族社会も、色褪せた灰色の世界も

彼女さえ居れば、生きていける。








成程。自分たちの立場と何処か似ている気がする。

この小説の男も、この世界に価値を見出せていなかったのだろう。

それが、一人の人間によって全て変わった。


フレイ。


ガンガジアの世界を劇的に変えた人間。

宮殿の中庭のように石が転がるだけの殺風景なガンガジアの人生に

花が咲き、色も匂いも柔らかな空気も、今まで存在しなかったものを全て与えた人間。

失いたくない、大切なもの。













「あ、本当に読んでくれてる!ね?面白いでしょ?ちょっと俺たちに似てない??」

「そうだな」

「でしょでしょっ?ガンガジアは強くて格好良くって今でも俺の憧れの騎士様なんだ。

 そんな君が平民だった俺をここに連れてきてくれたのが、凄くこのお話の内容と被ってドキドキするんだ」

「そうか」

「エイレンが強くて優しいネイトに恋焦がれる気持ちがすごくわかるんだよ!」

「お前はこの女に感情移入しているのか」

「え、うん。だって俺も平民だったし、騎士の君を慕ってるし、俺はこっち側でしょ?」

「そうだな」

「俺ね、あと『ファルシンドラ』っていうお話も好きなんだ。ここにはないんだけど…」

「無いのか」

「うん…フリージにお願いして持って来てもらってもいい?」

「いいぞ」

「やったあ!このお話はね、ちょっと悲恋なんだけど主役の2人が凄く固い絆で結ばれてて、どんな困難も2人で乗り越えていくお話なんだよ!

 次のご飯の時にでもお願いしてみるね!」

「それも俺たちに似ているのか」

「他に頼る人もなくずっと2人で頑張ってるとこ、俺たちに似てない?

 そりゃ今はスティクスが居るけど、あの子はまだ小さいし…

 俺たちもずっと2人で国を守ってきたでしょ…?」

「成程。そうだな」

「ね!」


ガンガジアもハマった。





王隴院とは謂わば行政機関のようなもの。

現在も残っていて、犯罪者を裁いたり地方自治体の監督したりしている。


第一騎士、第二騎士の順序は単純に年齢。強さではない。

先の第一騎士は当時の騎士の中で最弱だったが、最も早く騎士になった者なので第一騎士だった。

経験が多いため、必然的にリーダー格となる。

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