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幼い王と2人の騎士  作者: 鯉コク


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1/7

幼い王様



この世は魔力が全て。



魔力を持つものが強く、魔力は大きければ大きい程より強い。

魔力を持たないものは、魔力を持つものの善意と気紛れで生かされているに過ぎない。





人々は安住の地を求めて世界を転々とした。

この世には数多の魔力を持つ魔獣たちが存在する。

魔力を持たないただの獣はあちらが群れであってもこちらも徒労を組めば対処出来たが、魔獣だけは無理だった。

気の立った魔獣は常に魔力を放出するため刃を通さない。

まして魔力のない者が近付くと、それだけで体調を崩す。

中には魔力の放出だけで殺されるほど強い魔獣もいた。


獣の中に魔力を持つものがいるならば、当然人にも魔力を持つ者が居た。

人々は魔力を持つ者を崇め、一段上の身分、貴族として崇拝した。

一生懸命働き、生産したものを貴族へ献上する代わりに、貴族に魔獣を倒してもらう。

そうすることで人は固定された国という土地を得、定住し、歴史と文化を育んだ。

そして長い年月が流れ、科学や医療の発達と共に、魔力を持つ者は血筋に関係なく完全に無作為に生まれると断定され、長く続いた貴族制は廃止された。



現在、魔力を持って生まれてきた者はすぐさま宮殿に取り上げられ、魔獣から国を守る『騎士』として育てられる。

とりわけ比肩する者のない魔力を有する者は『王』として崇められ、彼らは生涯国を守るため魔獣たちと戦った。











スティクリオン紀3年。


国を南北に貫く大河シテリアス川。

人の国を潤すその雄大な流れは国境を超えて尚その先を延ばし、どこまで続いているのか誰にも判らない。

国境を超えて、遠く離れたその穏やかな流れの川のほとり。

川岸から少し離れた所にぽつんと建つ石造りの小屋。

無造作に石を積み上げて作られたような洞穴のような人工物。

草木は勿論、虫すら見当たらない荒廃した大地に、若い男と幼い子供が住んでいた。


「頑張れ、スティクス…!ぎゅってして!」

「ぎゅっ」


長い三つ編みを腰まで垂らした青年が腰を屈めて目の前の幼子を見下ろし、両手を胸の辺りで握り締め、ぐっと力を入れる。

青年とは対照的にまだ髪が生えてきたばかりと思われる短い黒髪の幼子は、それを真似して小さな手を胸の前で握り締め、ついでに体も縮めるようにして踏ん張る。


「そう!そんな感じ!もっとぎゅーってして!」

「ぎゅー」

「そうそうそう!スティクス、上手!お前は凄いなぁ!」


青年の意図することを少年が出来て、青年は手放しで少年を褒める。

青年に褒められると嬉しそうにする少年は、しかし何故かこの時は喜ばなかった。

ぎゅーっとする体勢のままじっとしている。

青年は怪訝に思い、少年と同じ目線の高さに屈んで顔を覗き込んだ。


「スティクス、どうした?」

「でた」

「え」


青年が問うと、少年は真剣な表情のまま簡潔に一言返す。

それを聞いて青年は一瞬目を見開いたが、次いですぐに思い至ると優しく笑った。


「ああ、力入れたから出ちゃったか」


異物が出た尻が気持ち悪いのだろう。少年はへっぴり腰のまま神妙な面持ちだ。


「おいで。綺麗にしよう」



近くを流れる川にまで出向き、そこで汚れた少年の下半身と服を洗う。

綺麗さっぱり整え、少年もご満悦だ。

尻や股倉の辺りを新しい服の上から小さな手でぽんぽんと叩き、気持ち悪さがなくなったことで得意げな顔をする少年に青年も優しく微笑む。

そこへ、少年がある方角へと興味を示し、そちらへ体ごと向ける。

青年も少年に倣ってそちらを見上げ、俄かに喜色を滲ませた。


「がぁあ?」

「うん。おもちゃでも持って来てくれたのかな?」

「おもちゃ!おもちゃいう!」

「うん。行ってみよう」

「いう!」


草木一本生えない荒れた地を歩く。

まだ歩き方が安定しない幼子と手を繋ぎ、転べば草のクッションがなく直に砂利で皮膚を切ってしまう地を、少年が転ばないよう慎重に歩く。

凄まじい速さで近付くそれは、2人が幾らも歩かないうちに辿り着いた。

轟音を立てて飛んでいたそれは2人の上空で爆音を立てて止まり、今度はゆっくりと音もなく舞い降りてくる。


「あ」


飛んで来たそれ、男が地に足を付くと同時に、彼の纏められていた長い髪がばさりと解け、青年が小さく声を上げる。

簪一本で留められているそれは意外と解けにくいが、どうも今回は解けてしまったようだ。

この解けた髪を彼が煩わしく思っていることを青年は知っている。

案の定男は眉を顰めて舌打ちをし、髪を結っている襟足に手を伸ばし、手早く髪を纏め上げると簪を刺し直す。

青年は笑って彼にキスをした。


「ガンガジア」

「ああ」


男は寄り添う青年の腰を抱き止め、自らも青年に口付ける。

青年はこの男が来るといつも少し調子が変わる。

まだ物を知らない少年にはどう表現して良いのか判らないが、彼が自分と居る時とこの男が居る時で様子が変わることだけは判る。


「ほら」

「わあ、車のおもちゃだ!ありがとう!」


男が手にしていた布袋から木製の小さな車の玩具を取り出し、青年に手渡す。

青年はそれを喜んで受け取ると、しゃがんで幼い少年にそれを渡した。


「スティクス、車のおもちゃだよ」


玩具を受け取った少年はそれを暫し見つめ、それから腕を大きく上下し一生懸命振り始めた。

その勢いは中々に強く、少年の小さな手から玩具がすっぽ抜ける。


「あ!」


咄嗟に青年が手を伸ばして空飛ぶそれを受け止めるのと、上手く玩具を掴んだ青年の手を玩具ごと男の手が掴んだのは同時だった。


「あっ…」


思わず互いに互いの顔を見合わせ、青年は男に手を力強く握られて頬を染める。


「あ!あ!おえの!おえ!」


少年は折角もらった玩具を取り戻そうと小さな両手を頭上に上げてよたよたと青年に近付く。

しかし砂利とごつごつした石ばかりの地面に足を取られ、転びそうになって頭上に上げた両手を前に付き、何とか難を逃れる。


「わ、あぶなっ!スティクス、大丈夫?怪我してない?」

「う!」


転びはしなかったが、それを防ぐため地面に付いた小さな両手を砂利で擦ってはいないか。青年は少年を支え起こしてその両手を確かめる。

上手に手を付いたらしく、その手に怪我はなく砂が付いているだけだった。

青年はほっと胸を撫で下ろす。


「ほら、おもちゃだよ」

「う!おもちゃ!」


少年は無事玩具を取り戻し、再度得意げにそれを振り始めた。

本来の遊び方とは違うが、楽しそうな少年の様子を微笑ましく見つめる青年へ男の声が落ちる。


「思ったより早く覚えそうだな」

「やっぱり?スティクスは魔法の天才かな?」

「いや、そこまでではない」

「んんっ!でも、ぎゅーってしてって言ったら、それだけで魔力の放出が少し収まったんだよ?才能があるよね!」

「どうだろうな」

「褒めてあげて!子供は褒めて伸ばすものだよ!」

「そうか」


大人たちが会話する中、少年はくるくる回る輪っか、車輪を如何に速く回せるかに挑戦中だ。

一度指で動かしただけでは大して回らないが、回っている時に更に指で動かすと速く長く回る。

それに気付いた少年は車輪をぐんぐんぐんぐん回していく。

気分が乗ってきた。とても楽しい。

青年は男が来た方を仰ぎ見て、視線を男に戻すと笑って誘う。


「国は大丈夫そうだし、少しゆっくりしていかないかい?」


青年の提案に男は頷いた。


「ああ、そうしよう」


そうして暫し、離れて暮らす2人(と1人)はひと時の逢瀬を交わした。



「ガンガジア、毎日来てくれてありがとうね。

 毎日1オーラも掛けて来てくれて、帰る時も同じだけ時間掛かるし

 ご飯持って来てくれるだけじゃなくて、こうやっておもちゃ持って会いに来てくれるし

 俺、凄く嬉しい」

「寂しいんだろう?」

「うん…

 スティクスが居るけど、ここは見渡す限り荒野で…何もないから…

 尚更寂しいんだ…」

「構わん。魔獣が来ん限り俺も手は空いている」

「うん…ありがとう。大好き」

「ああ…」



後日。


「スティクス、ぎゅってして」

「や!」

「え、何で?」

「うんちでう!や!」

「!!!」


本題とは違うことを覚えてしまい、難儀した。










この人の国は『王』を擁する。

人の中に生まれてきた、超々強大な魔力を持つ者のことだ。

魔力とは、殆ど何も解明されていないが、この国の人々はエネルギーの一種だと捕えている。

その証拠に、強い魔力は生物に害を与える。

小さな火は温かいが、大きな火は火傷をし、全てを燃やし尽くす。

少ない水は喉を潤すが、大量の水は生き物を溺れさせ、あらゆるものを押し流す。

少ない魔力は傷を早く癒し病気になりにくく肉体を強く保つが、強い魔力は魔力を持たないものの生体活動を極限化させ死に至らしめる。

強い魔力を持つ『騎士』たちは街の中に居ると他の魔力を持たない人々に様々な不具合をもたらし、最終的に死を迎えさせる。

故に『騎士』たちは一般人から離れた丘陵にある宮殿で暮らし、国を守る。

魔力は全ての生物に存在し、人に強い魔力を持つ者が現れるなら、当然他の種にも強い魔力を持つ個体が現れる。

人々は強い魔力を持った獣を『魔獣』と呼び、恐れている。

普通の獣ですら人を殺せるのに、更に魔力が加われば狙われた人だけでなく広範囲に渡って被害をもたらす。

『魔獣』の魔力がより強ければ、外敵から国民を守るための分厚い城壁すら破壊されてしまう。

『魔獣』は普通に暮らしている人々にとって恐るべき脅威だ。

その『魔獣』から国と人々を守っているのが、同じようにして強い魔力を持つ『王』や『騎士』だ。

彼らが長い城壁に囲われた国を『魔獣』から守っているので、人々は安心して暮らしていける。

『王』は『騎士』や『魔獣』を優に超える桁外れの魔力を持ち、その頂点に君臨する。


この幼い少年は、まさにその頂点に生まれた子だった。


王の魔力は騎士の数万倍に達する。

それは何の訓練もしなければ常に放出され続け、王の魔力は広大な国土を超えて尚更にその先まで影響を及ぼすほどの範囲になる。

国を覆う王の魔力は、過去人々の寿命を奪ってきた。

遥か昔、人の寿命は30年程度だった。

既に現在の形に近い国土を得て、外敵から守られていたにも関わらず、30年生きられれば御の字。

原因は王の魔力であった。

国を覆う王の魔力が人々に影響を及ぼし、じわじわと寿命を奪って死に絶えさせていたのだ。

魔力はその放出を抑えることが出来ると判ってから、人々の寿命は50年に伸びた。

現在は医療技術も進んできたため、概ね60年程度は生きられる。


この荒野は、歴代の王たちが幼少期を過ごす場所だ。

ここは元々緑覆い茂る地であった。

今では見る影もないが、遥か昔は森すらもあった。

植物は魔力を持たずとも他の動物より魔力に対する抵抗力が強い生物であるが、その植物ですら生き残れない。

全て、王の魔力に侵され死に絶えた。

王たちは、ここで魔力の使い方を覚える。

国の中に居ても国民に害を及ぼさないよう、魔力の放出を抑える術をここで得て、それが意識せずとも出来るようになると宮殿へと戻り、生涯そこで生活する。

加えて、王はこの地で魔法の練習を行う。

元々幼い王の魔力で死の大地と化したこの地でなら、王の魔力を少々放ったとて精々地形が変わる程度だ。

過去何千年も歴代の、魔力を抑えるなどと考えもしない幼い王たちがここで過ごし、その膨大な魔力に長期間晒され続け、更には王の魔法の練習場として使われ、今はすっかり何の生き物も存在しない荒れた地となった。


「スティクス、こうするんだよ。

 ほら、今はもわ~ってあるだろ?これをね、こうする。わかる?」

「もわ~~」

「うんうん。俺とお前にもわ~っとしたのがあるね。

 これをね、ぎゅってするんだ。やってみて?」

「ぎゅっ!」

「あ!そうそう!上手!!もっとぎゅってして!」

「や!!」

「ああっ、違うぅ…お腹ぎゅってするんじゃないよ…魔力をぎゅってするんだよ~……」

「かあ、いこ!」

「川?お水ぱちゃぱちゃする?」

「すう!」

「いいよ」

「かわ!かあ!」








2年後-



「スティクス、見~つけた」


長い髪を三つ編みにした優しく笑う青年・フレイが、廊下の壁が窪んだ一角、恐らくは過去物置にでも使われていたであろう箇所に潜む布の塊を指先でつつく。

布の下に柔らかなものがあると判るそれは沈黙を保ったままだ。


「スティクス~。お勉強しよ~?」

「俺いない!!」

「えぇっ?」


声を掛け続けると返事があった。

しかし、それは己の不在を伝えるものだ。

彼はここに居るのに、見つかりたくないので「居ない」と豪語する。

子供は可愛いなぁとフレイは思う。


「じゃあスティクスはどこ行ったんだろ~?」


これは少し付き合ってやった方がいいだろう。

そう判断し、フレイは立ち上がると布の下の少年に聞こえるよう声を上げながらその場でうろうろする。

布がもそりと動き、裾からちらりと幼い目が覗く。

それを見ない振りをしてフレイは廊下を少し進む。


「スティクス~!出ておいで~!

 ん~、こっちかなぁ~?スティクス~?」


来た道を戻り、先程少年が隠れていたのと同じ窪みにこれまた同じようにある布の塊に手を伸ばす。

元々ここには何もなかった。この塊は恐らく少年が作った偽物だろう。

本物の居場所が判っていたので素通りしたが、思い直せば、これに引っ掛かる方が少年の気分も良くなるかもしれない。


「スティクス、見~つけた!」


そう言いながら布を剥ぐ。

そこには誰かのベッドシーツとフレイたちの服が山積みにされていた。

朝食からそれほど目を離していないのに、よくこれだけ集められたなぁ、と感心する。

そこへ先程の窪みから小さな子供が布をマントのようにはためかせ、勢いよく飛び出してきた。


「俺はこっちでしたー!!!」


勉強が嫌で隠れていたのだろうに、フレイが偽物に引っ掛かったので喜び勇んで姿を現し、得意げな顔をしている。


「ああっ!そっちだったあ!さっき見たのになぁ」


フレイはわあと驚いて見せ、したり顔をする少年・スティクスを抱き締めた。

捕獲完了。


「偽物を作って俺を騙すなんて、スティクスは賢い子だなぁ」

「ふふ~ん!フレイ、間違えたー!」

「間違えちゃった~」


スティクスをぎゅうぎゅう抱き締め、その柔らかな頬に頬擦りする。

少年からも頬を摺り寄せてくれるのが嬉しい。


とはいえ。

このまま今「お勉強しよう」と誘っても断られるだろう。

さて、どうしたものか。と思っていると。


「ガアラ、何してるの?」


スティクスが彼の居る方を見ながら問うた。

王国最強の第一騎士・ガンガジア。

幼いスティクスには”ガンガジア”が発音できず、”ガ、ガア”と発音していたのが次第に『ガアラ』となって彼のことをそう呼び続けている。

中庭から見て宮殿に対し垂直に聳える建物。図書館。

フレイにはよく判らないが、この宮殿と図書館は建てられた年代が違うらしく、建築様式が違う。

フレイの目には宮殿よりも図書館の方が豪華な建物に見えるが、図書館の方が古い建物だそうだ。

ガンガジアはよく図書館で本を読んだり日記を付けたり写本したりしている。

今日も朝食を取ってから籠っているらしく、彼の魔力はそこから動かない。

少年の方から誘導したい側へ興味を示したので、これ幸いとフレイは口を開く。


「図書館に居るよ。ガンガジアもいっぱいお勉強してるんだ」

「ふ~ん」


勉強が嫌いな少年は興味無さげに相槌を打つ。

そうなることは判っている。

ここは更に畳み掛けるべきだ。


「俺もお勉強しよ~」


フレイが笑って言うと、少年は意を得たりと頷いた。


「じゃあ俺は遊んでくる!!」


違う。そうじゃない。

フレイは今にも踵を返さんとするスティクスを慌てて抱き締めた。


「スティクスも俺たちと一緒にお勉強しよう?」


大の大人が情けなく子供に追い縋ると、少年は暫し考え、そして仕方がないとばかりに首を振る。


「少しだけならいいよ」


情けない大人は、それでも大いに安堵して笑った。


「ありがとう。流石スティクスは俺たちの王様だね」


大好きな人に褒められて、少年は得意げになって促されるまま彼と共に図書館へ向かった。




1オーラは1時間。

古代の時間区分を参考にしようと調べたら、紀元前から既に1日24時間で区切られてたヨ。すごい。

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