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6-2 黒魔女と悪魔と国取り

 



 悪魔との契約には、往々にして代償が付き纏う。この場合の代償は、召喚時のものとはまた違う。追加の、報酬としての代償。何が代償になるかは、その時の悪魔の気分次第で、視力だったり、手足だったり、臓器だったり……あるいは、魂だったりする。


 …ここで私には、一つ心配事があった。


「改めて願いを言う前に聞いておきたいのだけど、報酬は一体どうなるのかしら」


 そう。私が心配しているのは、この報酬の内容だ。


 例えば悪魔の力を借りて、私の願い……国、あるいは王家への復讐が叶ったとしよう。私は復讐を果たし、多分森の小さなお家で可愛い動物に囲まれて、のんびり第二の人生を過ごすはずだ。


 しかし。もしも、この代償とやらが『私の魂』だったりした時には、また話は違ってくる。だって復讐を果たしたとしても、結局私は死んでしまうのだから。いわば相手と共倒れ、相討ちになるのだ。


 そんなのはごめんだった。


 私は完全勝利Sで相手に勝利したい。

 前世でも人生途中退場だったのだ。今世こそ幸せに、余生を送りたいと言うのが本音である。


 つまり。今ここで悪魔が出してくる報酬によっては私は願いを変えなきゃいけないのだ。つまりは値切り交渉である。


「……例えば、例えばの話よ?私が国への復讐を願ったとして、それを果たした後の代償は?」


「まぁ、魂ですかね」


 悪魔はごくあっさりした口調で、そう答えた。


 っあああー……やっぱりそうだよなぁ、うん。

そんな気はしていた。


 悪魔の報酬は、大抵の場合願いが大きければ大きいほど、その内容も酷くなる。私の場合は対象が国だ。つまり、規模が大きすぎるのだ。


 過去にも、こういう系統の願い…つまりは国への復讐を、悪魔を使って叶えようとした奴が何人かいたが、その全員が悪魔に魂を奪われている。


 ……先人と同じ轍を踏むわけにはいかない。


 ここは何としてでも、報酬を値切って幸せな余生をゲットしなくちゃ……!


「じ、じゃあお父様とお母様の仇を取る、とかだったら?」


「魂になります」


「なら、アランとマリーを殺したいとかは?」


「魂ですね」


「お、王家に一発ずつビンタとか……」


「魂です」


「全部魂じゃないの!! ちょっと、ぼったくり過ぎじゃない!!?」


 ビンタだぞ?……ビンタだぞ??


 最初の国からだいぶオマケしたのに、それでも魂って。これはない。

 いくら悪魔といえど、ぼったくりにもほどがある。


「いくらなんでも高すぎるわ、他のにして頂戴!」


 あからさまにイライラした口調で、私はそう吠えた。すると、悪魔はそんな私のセリフを聞いてフ、と小さく笑みをこぼす。


 ……まるで、とんでもなく愚かな物を見ているような瞳で。


「お嬢様、貴女は一つ勘違いをしてらっしゃる」


 淡々と、冷たい口調で悪魔は続ける。


「そもそも、悪魔と人間はフェアな関係では無いのです。貴女は私を喚んだ。私はそれに応じて差し上げた。

 ……ほら、この時点で立場的には私の方が優位なんですよ。まぁ正式な契約を結べば、確かに私は貴女に隷属する身となりますが……今はまだそうではない」


「……だから?」


「人間如きの貴女に、報酬に関して文句をつける権利はないと言うことですよ、お嬢様」


 ああ、なるほど。

 つまり、コイツはこう言いたいのか。


『こっちは格下の人間なんかの呼び出しに応じてやって、しかも一時的に従ってやるのに報酬にまで口出しする気かこの傲慢女』と。



「じゃあ、報酬を負けてくれる気は……」


「一ミリも無いですね」


 清々しいほどの笑顔で、悪魔はそう答える。


 うーん…困った。とても困った。


 ……いや、確かに、言われてみれば、彼の話も分からないでも無い。


 明らかにこちらを見下した態度は癪だが、コイツの言う通り、実際に悪魔は人間の上位種。自分より下位の人間と契約してやるのに、報酬まで文句をつけられては堪ったものじゃないだろう。


 ……だが、このまま言うことを聞いていれば、幸せなセカンドライフは送れなくなってしまう。


「じゃあ……分かったわ。これならどう?私の代わりに、二本脚の魂10個、とか」


「それオチは人間じゃなくてニワトリの魂だったってアレでしょう?悪魔のマニュアルに載ってますからね、詐欺の常套句だって」


 バレたか。古い本には、悪魔相手に困ったらこう言えばいいって書いてあったんだけどな……。


「下手な交渉をしても無駄ですよ。私は貴女の魂しか興味はありません」


「……どうして、そこまで私の魂にこだわるの?」


 ふと、気になってそう問いかける。

 別に深い意味はなかった。

 ……ただ、彼の言葉の端々から『私』の魂への執着が感じ取れたから、少し聞いてみただけ。


 ……だけど悪魔の顔からは、まるで色が抜け落ちたみたいに、スゥッと笑顔が消えた。


 どうやら、地雷を踏み抜いたのだと気づいた時には、悪魔はその赤い瞳にギラギラした鋭い光を宿して、ブルブルと拳を握りしめていた。


「あ、悪魔?どうしたの……?」


「いえ、別に。……実はこの間、ある黒魔女の魂を喰い損ねましてね…?今、私はとても黒魔女の魂が食べたい気分なんです」


「そ、そう……」


 ……かなり根に持っているようだ。


 喰い損ねた、ってことはもしかして上手いこと逃げられたんだろうか。


「……あの女、絶対許さない……今度会ったら覚えてろ…八つ裂きにしてやる……」


 正解らしい。


 しかしすごいなその契約者。悪魔を出し抜いて逃げるなんて、よっぽど頭がキレるんだろう。……いやまぁ、そのおかげでこちらは魂を要求されているわけだから、いい迷惑なんだけどさ。


「と、言うわけで。どんな願いだろうと、私への報酬には貴女の魂をいただきます」


 コホン、と一つ咳払いをして、悪魔はそう言った。


「……そう。どんな願いだろうと、ね」


 どうやら、悪魔の決意は固いようだった。何を言おうと、彼は私の魂を諦めはしないだろう。


 ……かといって、ここで引き下がれば、召喚時の代償として支払った両親の魂を無駄にしてしまうことになる。

 ……それは、だめだ。

 それだけは、ダメだ。


「……分かったわ。代償は、私の魂でいい」


 けどね、と私は続ける。


「魂を奪うのは、私の死後にして頂戴」


「……ほう?それはまた何故?」


 私の言葉に、悪魔は不思議そうに首を傾げた。


「何故も何も、願いを叶えてすぐ死ぬなんてごめんだもの。いいでしょう、別に少しくらい待ってくれたって。貴方達悪魔にとっちゃ、私の寿命なんてすぐじゃない」


 ……部屋を沈黙が包む。

 悪魔は少し考えて、それからコクリと頷いた。


「いいでしょう、サービスです。貴女が死ぬまで…待って差し上げますよ」


 やれやれといった様子だが、どうやら納得してくれたらしい。


 よし、これで幸せな余生は約束された。


 ……まぁ、死んだ後は悪魔の胃袋の中なのだが。


 …そこは後でなんとかするとしよう。悪魔の手から逃れた女もいるようだし、きっと大人の私ならなんとかしてくれる。筈だ。




「で、貴女の願いは?」


 悪魔はそう、笑顔を浮かべながら分かりきった答えを待つ。


 ……どうせ、どんな願いを言ったって私は魂を奪われる。なら、どうせなら願いは大きい方がいい。それがこの数分の間で出した、私の結論だった。


 ……私は悪魔の目を真っ直ぐに見つめ…意を決して、口を開いた。



「私の願いは……王家に復讐し、この国を、エレミアを私のものにすること。貴方には、それを手伝って欲しいの」



 悪魔の赤い双眸が、大きく見開かれた。


 まるで時間が止まったのかと錯覚してしまうほど、長い沈黙。


 ……しばらくして、とうとう悪魔の目元が緩み出し……


「あっ、ははははははは!!!」


 まるで何かが弾けたように、爆笑した。悪魔の笑い声が、ボロボロの廃屋に響く。悪魔は心底可笑しそうに、お腹を抱えて笑っていた。


「ほ、本気ですか。国を追われた貴女が??国を乗っ取る??……何故ですか?貴女の本来の目的は復讐だけだった筈ですが?」


 まだニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら、彼はそう尋ねる。


 どうして、か。


 ……たしかに、私の第一の目的は王家への復讐。そして、両親の首を刎ねたアランと、私を投獄するきっかけを作ったマリーをこの手で殺すことだ。


 だが、思ったのだ。


 たとえ私が復讐を果たしたところで、結局はそれだけの話なのだと。アランとマリーが死んだって、どうせ次の奴が国を動かし、また黒魔術師を虐げ、悲劇を生む。王家を倒したとしても、それは同じだろう。結局黒魔術師は、いつまでも日陰で生きていかねばならないのだ。


 ……誰かが、この国の体制に終止符を打たない限りは。


 だから、私は国を取る。

 アラン達王家を倒し、黒魔女としてこの国の女王に君臨する。


 生まれて十八年、私は中途半端に生きてきた。黒魔女でありながら、白魔女のふりをしてきた。そんな私だからこそ、どちらの魔法も同じように優れていて、どちらの術師にもいい人が沢山いて、どちらの術師にも悪い人が沢山いることを知っている。


 ……どちらが優れているだとか、どちらが劣っているだとか、そんな事はないなだ。


 だから、私は両方が幸せになる国を作る。私がトップに立って、このエレミアを、白でも黒でもない、新しい色の国に変えてやる。


 ……その決意は、胸の中へとしまい込んだ。だって、こんな事を言えば、きっと悪魔はまた、バカにしたように笑うだろうから。「貴女らしくないですね」なんて。


 そうだ、こんなの私らしくない。こんな正義の味方じみたセリフは、私のキャラじゃない。私は悪役令嬢エレナ・ブラッディ。だから私は、あくまで傲慢に、自分の平和のために、この国を…殺すのだ。


 ……私は笑顔を浮かべて、口を開く。酷く、悪役じみた笑顔を。


「……どうしてかって、決まってるじゃない。私がそうしたいからよ。私は私の為に、この国の女王になって、都合のいいように作り変えるの。

……素敵でしょう?」


「…へぇ」


 飾り立てた私の言葉に、彼はギラリと赤い瞳を輝かせた。そしてその口元により一層、深い笑みをニタリと刻みつける。


 まるで、面白いおもちゃを見つけた、とでも言わんばかりの表情だった。


「なるほど。……そうですね。悪魔を使うなら、やはりそれくらいしていただかなくては」


 言って、悪魔は紙にペンを走らせる。

 そしてどこから取り出したのか、ポン、と悪魔の羽の形をしたスタンプを押すと、それを懐へとしまった。


「おめでとうございます。これで、契約は結ばれました」


 わざとらしく、パチパチと悪魔は手を鳴らした。…私も仕方なく、鈍い拍手を送る。彼はそれに満足そうに頷いた。


 そして、突然立ち上がり…恭しく頭を下げる。


「改めまして、名乗りましょう。私の名前はオルガ。…闇と復讐の悪魔。

 貴女は今度こそ、正真正銘私の主人。貴女が願いを叶え、そして死ぬまで。私は貴女にお仕えしましょう」


 そう言って、彼は私の隣に傅く。その姿は、まるで忠誠を誓う騎士のようだった。


 しかしその中身が、騎士とは正反対であることを私は知っている。


 こいつはどこまでいっても悪魔で、結局は、忠義深いフリをしているだけ。


 ……信用すれば、いつかは寝首をかかれるだろう。


「どうぞよろしくお願いします、お嬢様」


「……ええ、よろしく、オルガ」


 私は小さく微笑み、彼の忠誠のキスを受け入れた。


 ……私は、絶対に騙されない。

 そう心に誓いながら。



 さぁ、運命の歯車が、物語の歯車が、回り出す。


悪魔召喚と契約について。

悪魔の召喚には、代償が必要です。

呼び出した悪魔の力の強さはこれに応じて決まります。エレナは処刑場の時に、両親の魂を代償として、埃フォームのオルガを人間の形にするために、追加でこれを支払いました。この時点でまだ、契約は完了していません。オルガがキザなセリフを言うせいでややこしくなってますが…。


契約の時、正式に書類の上で、話し合って叶える願いの内容と、悪魔への報酬を決めます。願いの内容はできるだけ具体的に。合意してハンコを押せば、契約完了です。報酬は、願いを叶えた直後に支払います。

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