7-1 黒魔女、お買い物に行く
「安いよ安いよーー!! 今ならりんご4つ100ペレーネ!!さぁお姉さん方、買った買った!!」
飛び交う商人の声。
「ほらどいたどいた! 轢いちまうぞ!」
行き交う安馬車。
「うふふ、ヤダァおっかしい!」
そして、街に入り乱れる色とりどりの髪をした人々。
「…相変わらず、街は賑やかね」
喧騒の中、聞こえないような小さな声で私はそう呟いた。
……ここは、エレミア王国王都、ボルノワ。
…の端の端にある、小さな商業地区だ。
ここでは日常生活用品から、異国の珍品、さらにはちょっとアンダーグラウンドなお薬まで、様々な商品が売られている。勿論黒魔術師が愛用する黒魔法グッズなんかも、例外ではない。
「お嬢様、本当にこんなところにヴァニティの薬があるんですか?」
「そのはずよ。私も小さな頃に何回かしか行ったことないから、記憶は朧げだけど……」
隣で疑わしげな顔をするオルガにそう返して、私は石畳の上を足早に歩く。強い風で飛びそうになるローブを、しっかりと押さえつけながら。
ヴァニティの薬とは、人間の姿を変える、黒魔女秘伝の秘薬だ。
ブラッディ家に生まれた黒魔術師は、必ず赤い瞳と黒い髪を持っている。しかしそれは黒魔女の始祖の血を引く家のものの象徴。見られれば即投獄、即処刑である。私みたいに。
だから私達ブラッディ家は、それこそお祖母様のお祖母様のお祖母様のお祖母様の…とにかく大昔から、姿を変える魔法を使って周囲の目を欺いてきた。そしてこの魔法、というのがヴァニティの魔法。このヴァニティの魔法を使えば、私達はこの体をどんな形にも、色にも変えることができる。
ちなみに勿論こんな魔法、黒魔術で超違法だ。バレれば即死刑である。
……さて、しかしこのヴァニティの魔法は超上級黒魔法。何年も訓練を積んだ黒魔術師が、ようやくなんとか使いこなせるような魔法だ。私ごとき小娘が、それも長い間使うことなんてもちろん不可能。
そこで開発されたのが、ヴァニティの薬である。
これを一口飲めば、24時間思うままの姿でいられるのだ。まぁ魔法と違って、一度その姿になったら再び姿を変えるには、期限切れを待たなきゃいけないのだが、それに目を瞑ればとても便利な代物である。なにせ魔力消費も、面倒な修行もなく姿を変えることができるのだから。お陰で今では、ブラッディ家以外にも、自分の姿を美しく変えるために多くの魔法使いや魔女が使用している。黒魔女的人気商品の一つだ。
勿論私が使っていたのも薬の方。半分白魔術師みたいなものだった両親に、こんな高等技術は扱えなかったし、私も、それっぽいものは出来るが、とても一日なんて持たない。だから私はこの場所に、定期的に薬を買いに来ていた。
そして今回もまた、目的は同じだ。
私はこのヴァニティの薬を買うために、王都の反対側のスラム街から、はるばる歩いてこの地区を訪れた。
だって、私の容姿はあの糾弾イベントで魔法を解いたっきり、ずっと黒髪と赤目なのだ。街にも『この顔にピンと来たら警察へ!!』と私の写真がカラーで張り紙にされているし、この容姿のままでは流石に行動しづらい。だからまず、何をするにも第一に、薬を手に入れて姿を変える必要があった。
「この手首の封印がなければ、こんなフードなんか被らなくてもよかったのだけれどね。封印がなければ、魔法で姿を消せたもの」
「その刻印は魔除けがしてありますから、残念ながら私には消せませんしねぇ」
言葉の割に、オルガは特に残念でもなさそうだ。店の商品を興味深そうに物色しながら、ゆっくりと歩いている。
「……ちょっと、置いてくわよ」
「いいじゃないですか、少しぐらい。最後に召喚されたのはついこの間でしたが……やはりこの数百年の人間の進歩は凄まじい。面白いものがたくさんある」
オルガはすぐ近くにあった雑貨屋でランプを手に取ると、それをまじまじと眺めながら楽しそうにそう言った。
一体オルガの言うついこの間が一体いつのことかは知らないが、こちとら時間がないのだ。いや、時間はあるが、あまり長い間同じところに留まるのは避けたい。ローブを着ているとはいえ、万が一瞳と髪が見られてしまったら大変なことになるのだから。それに、顔を覚えられても厄介だし。
「ねぇお嬢様、これ買って下さいよ。火が付くんですよ。便利じゃないですか?お嬢様は幼稚園児レベルの魔法使えませんから、きっとこのガラクタも役に立ちますって」
…そう言って、マッチ箱を指差して全力でこちらを煽るオルガに、プツンと頭の中で何かが切れた。
「うるっさいわね、貴方だってほとんど魔法は使えないでしょう?! このポンコツ不良品悪魔!!」
大声でオルガを怒鳴りつける私の声が市場に響く。
……周りの目が痛い。
オルガはそんな私を見て、またケラケラと楽しげに笑った。私の口撃なんて屁でもないらしい。
……そう、実はコイツ。あれだけ大口を叩いたくせに、本当に大した魔法が使えないのだ。
オルガが言うに、実はあの処刑場での戦闘で、エヴァンに魔法で体を吹っ飛ばされた時、軽い魔法封印の呪をかけられてしまったらしく。
「実は私、今使えるのはちょっとした身体強化魔法と、後はちょっと貯めといた物を取り出す魔法くらいなんですよね」
そう言った彼に、私の罵詈雑言が飛んだのは言うまでもない。本当に使えない悪魔だ。
……まぁ、あのヘラヘラした笑顔が少し嘘くさくもあるが、そこは追求してもどうせ躱されるだろうから置いておくことにする。
というわけでまぁ、つまり私達二人とも魔法は使えない。
魔法が使えないのなんて、正当な教育を受けていない奴隷くらいである。
すなわち私達は、奴隷と同じレベルにまで成り下がったのだ。……屈辱的な話だ。やっぱり一刻も早くヴァニティの薬を手に入れて、店主に魔法を解いてもらおう。経験も知識も豊富な彼女なら、きっとこれくらいチョチョイのチョイのはずだ。
そんな事を思いながら、オルガを無視してツカツカ道を歩いていく。オルガはいつのまにか後ろをついてきていて「そう怒らないで下さいよ」なんていつもの調子で笑っている。
本当、気に障る奴だ。
そんな調子で道を真っ直ぐに行くと、しばらくして二人の男の姿が目に入った。
しかもなんだか、やけに周りの様子がおかしい。
目の前の光景に違和感を感じてよく見てみれば、この二人の男は、ローブを被ったおばあさんに、道のど真ん中で絡んでいるらしかった。
「おうおう婆さん、痛えじゃねぇかアァン?」
「っあー兄貴! こりゃあ折れてますよ!! 大変だ! おいババアどうすんだこれよぉ!!」
「いや、そんな……ちょっとぶつかっただけ……」
「ちょっとじゃねぇだろ!! お前のせいでこっちは骨が折れたんだ、どう落とし前つけてくれんだアァン!!?」
……うわぁ。
「なんか、いかにもって感じですね……」
「そうね、三下チンピラ感がすごいわ……」
完全に言葉が通じない相手に、おばあさんもほとほと困り果てているようだった。皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにして頭を下げている。
周りの人たちも、見て見ぬ振りだ。
賢い選択である。この辺りではこんなトラブルは日常茶飯事、一々仲裁に入っていたら身がもたないだろう。
……もちろん、私たちにだって彼女を助けている余裕はない。もし殴り合いにでもなって周りの目を引けば、私達の正体が露見するリスクも高まるのだから。こういうのは、放置して素通りが一番だ。
………………。
「オルガ、あの男達顔がムカつくわ。殴ってきて」
「ふふ、畏まりました」
オルガはそう言ってふ、と笑みを零し……ビュン、と、その場から飛び去った。
瞬きをパチリと一つ落とせば、もう既に、全て終わっていた。チンピラ共は地面に倒れ、キュウと伸びていて、オルガはそれを容赦なく踏みつけていた。
「すみませんねぇ。うちのお嬢様が、貴方がたの不細工な顔が気にくわないそうで。
……レディに手を挙げるのは、これ以降は控えたほうがよろしいですよ?」
そう冷たくチンピラを見下ろすオルガに「いいぞ! 兄ちゃん!!」と周りから歓声が沸き起こる。
……まぁ、そうなるよね。
「行くわよオルガ」
拍手の中心にいるオルガに向かって歩み寄り、私は彼の腕を引く。
これ以上注目を引く前に、さっさと立ち去らなければ。
足早に人混みを突っ切り、輪を抜ける。
……しかし。しばらく歩いたところで、突然、後ろからグイとローブの袖を引かれた。
何かと思って後ろを振り向けば、そこにいたのは先ほどのおばあさんだった。
彼女はそのギョロリとした瞳で、ローブの下の私の顔をジィッと覗き込んだ。
そして、言ったのだ。
「アンタ、ブラッディ家のエレナちゃんかえ?」
「……はえ?」
突然名前を呼ばれ、思わず間抜けな声が出る。
どうしてこの人、私の名前を知っているんだ?私、こんなお婆さんは知らないんだけど……。
頭にはてなマークを浮かべる私に、おばあさんはしばらく不思議そうな顔をして、それから得心がいったと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべた。
「ああ! アンタ、そうか。薬を飲んだ時のアタシの姿しか知らなかったねぇ。ほら、アタシだよ。メルーラ黒魔道具店の店主、クレアさ」
「え……えぇ!? クレアおばさん?!」
ふぇふぇふぇ、と特徴的な笑い声をあげ、クレアおばさんは「大きくなったねぇ」と私の頭を優しく撫でる。
……その優しい声に、手つきに、私は確かに覚えがあった。
テスト期間のため、明日からテスト終了まで二日に一回投稿になります。申し訳ない……。




