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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
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あいつは何だ?

「君は本当に、怪我するのが好きだな」

「そう重いもんでもないだろ」

 目を覚ましたのは、やはり白いベッドの上だった。

 今回は問題なく帰ってこれたらしい。ドクトルは渋い顔をしたが、快く僕を置いてくれるようだ。

 有難い。

「ちょっとは包帯巻く身にもなってよね」

 そういえば、ドクトルは物に触れないはずだ。なのに包帯を巻けるというのはどういうことだろう。コツがある、とは言っていたが。

 難しいことは考えても分からない。僕は頭が良くないのだ。

「なら、早く自力で治せるようにしないとな」

「じゃなくて……まぁ、いいや。確かに魔力には早く慣れた方がいいし」

 ドクトルはため息を零した。

 僕を背に、机に置いてあった器械で珈琲を淹れる。

 しばらくかかるか。質問を急ぐ理由は特にないが、こんな質問をする時に顔は見られたくない。

 少しの間後ろを向いてくれるなら、願ったりだ。

「…………知ってたんだな?」

「だから教えなかった」

 ドクトルは平然と答える。

 ため息をつくのは僕の番だった。

 怒りというか。そんなものより、呆れたという方が遥かに強い。僕自身、質問する直前まで、怒り狂ってもおかしくないと思っていたのに。

「危うく死ぬところだった」

 怒りを込めて言ったつもりが、どういうわけか、自分で聞いてもひねくれ者の言葉に聞こえる。

 返す言葉は分かりきっている、だからこそだろう。

「でも生きてるでしょ」

 そう、その通り。

 僕は生きているし、あの異形との邂逅――それから戦闘、勝利に至るまで――が、確かな経験となっているのだ。

 僕は少しずつ、本当に少しずつ魔力の扱い方を覚えている。あの異形もまた、僕にとっては一人の師と呼べるかも。

「どころか、君はさっき、自力で傷を、と言った」

「それは」

「僕は何も教えてないし、珈琲にも何も入れてない。なのになぜそんなことを言ったのか?」

 そう言って、ドクトルが振り返った。

 湯気を立てる珈琲に対して、その視線はあまりに冷たい。

「答えは一つ。君は相手に、回復を必要とするほどの傷を負わせたってこと」

 僕の前に珈琲を置いて。

「驚きだ。素直に驚きだ。君はまだ魔力を使えてない。なのに」

「腕には自信があるんだ」

「戦争のない世界にいたのにかい?」

 頷くと、ドクトルは「冗談キツいな」と笑った。

 珈琲を一口飲む。

 相変わらず美味い。

 しかし、怪しい混ぜ物をしていないとは。思わぬ所で思わぬ言質だ。

 カップを置く場所が無い。仕方が無いので、まだ熱い珈琲を、できる限り早く飲もうとする。

「…………あんなやつらがウロウロしてるんだよ」

 気に入らなかったか、ドクトルの言葉が飛んでくる。

「だから、使い方を習えと?」

 頷くドクトルを、僕は鼻で笑う。

 それを嫌いそうだと言ったのはどこのどいつか。僕は誰かに助けられるのを嫌うと。

「一つだけ教えてくれ」

「うん?」

「あの化物は、なんなんだ?」

 習うべきことがあるならば、一つだけだ。方舟での常識と言うべきか。

 ここにいる者達は一体何で、どんな生き方をしているのか? まずは、それ知らなければ。

「あれか……あれは……そうだな、元人間が、転生した先で、魂を暴走させた結果、成り果てたもの……かな」

「お前、歯切れの悪いことが多いぞ」

 わざとだろうか?

「質問の仕方が悪いでしょ? 化物って言ったし。それに相当する者を考えると、そうとしかならないよ」

「滅多にいないのか」

「いや、寿命を使い切るから。ここまでは滅多に来ないだけ」

 僕は一体どれだけ希少な目に遭えばいいのだ。

「なら、質問を変える」

 ドクトルの言葉を遡り。

「転生した人間がここにいるのか?」

「いるよ」

 平然と答えるとは。これからは質問の内容をもっと考えるべきかもしれない。

「じゃあ俺と同じようなのが――」

「あぁ、いや。君とは違うかな、君は死んでないし」

「どういうことだ」

「簡単なことだよ。ここで体を貰った魂は、人間になれないんだ」

 質問の仕方が悪いとドクトルは言うが、コイツの説明も酷いと思った。

 今しがた僕が、あの化物を……人間でないモノを見ていなければ、納得していなかった自信がある。

「じゃあ何になるんだ?」

 と、僕が聞き返すと。

「人型の生き物になる」

 と、ドクトルは続けた。

「名前はNS、ノアシード」

 人型、というのがひっかかる。わざわざ人間と呼ばないのは何故だろうか。

 自分とは違う存在。人間の転生先。

 ノアシードか。

「次の目標は決まりだな」ドクトルの言葉を借りよう。「俄然興味が湧いてきた」

「君ってやつは」

 腕を組んだドクトルは、部屋に置かれた機械の箱を見やる。

 それから彼はしばらく黙った。僕が珈琲を飲み干すのを待っていたのかもしれない。僕が立ち上がろうとすると、彼はそれを聞きつける。

「なぜ化物と遭遇したか分かるかい?」

「さあ? たまたまだろう」

「だといいんだけどね……」

 立ち上がる僕に背を向けたまま、機械の箱を撫でて言う。

「方舟における遭遇は、決して偶然足りえない。それだけは覚えておいて」

 頷いておく。

 それきり黙ると、僕に手の甲を向けて振る。

 そろそろ出よう。次の目標はNSに出会うこと。それから――

「しばらく席を開けると思う」

 ――何日でもいいから、ここから離れてみることだ。

 僕はドアノブに手をかけて。

「次帰ってくる時は、机が欲しいな」

 扉を開けて、もう一度だけドクトルを見る。

 彼は相変わらず背を向けたまま。

 なぜだか、不穏なことが起こる気がした。

 そんなわけはないと言い聞かせ、僕は目を閉じ一歩外へと踏み出す。

 ぐるりと何かが入れ替わる感覚――これで三度目か――世界が一回転したかと思うと、僕の目に飛び込んだのは、見慣れつつある真っ黒な世界だ。

 ノアの方舟に出た。

 さて、おさらいといこう。

 思いの強さで距離を縮める。

 前回は一歩踏み出した途端、誰かの思いに惹き込まれたのだろう。だからあの化け物の元へ移動できた。

 今度はこちらの番だ。

 誰の元に辿り着くだろうか、それは分からない。だがとにかく誰でもいい。

 再びあんな化物と相見えることになろうが関係ない。一体ずつなら相手に出来る。

 だがなるべく頭の中から締め出しておこうと思った。

 せめて今は。

 人の形をしたものに会いたい。

 ドクトルのような曖昧な存在ではなく、確固たる肉体を持った、誰かの元へ――

「一歩目だ」

 留めていた足を踏み出す。

 背後で世界がぐるりと回った気がして振り向くと、景色はやはり変わらない。

 空を見上げてみても黒いまま。どうやら前回よりもさらに慣れている。目標は達成できそうだ。

 ここで待っていても仕方なさそうだ。もう少し、歩いてみることにしよう。

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